『襲撃』
「陛下!このような時間に失礼します!」
「いい。俺も気付いている。この騒ぎは何だ?」
「他国の兵が攻め入ってきています!見張りの者が気付いてすぐ門を閉めようとしたのですが、テオドールと、奴に協力した五人ほどが見張りを斬った上で兵を招き入れたそうです!」
「?!」
明け方近く、ルディがそう報告をしにきた。混乱の中抜け出してきたのか、既に服に返り血が付いている。エーレンフリートの部屋の警護に就いているデュンバルト家の衛兵も「失礼します」と部屋に入ってきて、着替えて帯剣しようとしている王に目を向けた。
「陛下。いかがされるおつもりなのですか?」
「決まっている!俺も出てそいつらを追い出す!」
「その者達の対処はギルベルト様にお任せして、陛下は客人でいらっしゃるオルドリッジ大使と共に身を隠してください」
「バカを言うな!王たる俺が隠れてどうする?お前達はシルヴィアを隠し部屋に案内しろ!俺は何と言われても出る!」
「陛下、冷静におなりください!陛下にもしもの事があれば、誰がこの国を導くのですか!テオドールが加担している以上、また内乱の時と同じ事態になるかもしれません。あの時のようにまた王を失うわけにはいかないのです!」
「その通りです、陛下」
静かに言いつつ部屋に入ってきたのは、アルヴァナの騎士服を身にまとったシルヴィアであった。
「オルドリッジ大使。何故騎士服を?まさかとは思いますが……」
「たとえ他国であろうと、武器を持たぬ人々が傷つけられる可能性がある以上、黙って見ている事は騎士としてできません。なので陛下。私に城下の人々を、貴族やメイドの方達を守る許可をいただけませんか」
「オルドリッジ大使!貴女はアルヴァナ国との架け橋なのです!その身を守るのは我々の役目。貴女のお心は有難く存じますが、どうかここは我々に任せて、陛下と共に身を隠していてください!」
「申し訳ありません。ですがここは我を通させていただきます。ここで何もせずに隠れて、もしまた多くの無辜の民の亡骸を見る事にでもなれば……私は一生自分を許せなくなります。騎士になった事も無意味になります。どうか私に守らせてください。私一人であれば、巻き込まれた上での事として戦争協力という形は否定できます。なのでどうか……」
「しかし……」
渋る衛兵に対し、シルヴィアは一歩も引かないという様子で彼を見据えている。このままでは埒が明かないと見たエーレンフリートは、自身の事も含めてこう提案した。
「こうしている間にも犠牲者が出ているかもしれない。ルディ、ギルベルトにシルヴィアが協力を申し出ている旨と、シルヴィアと共に皆を城塞に避難誘導する者を寄越してくれと伝えろ。俺は万一に備え、城塞内で皆を守る事に徹する。これが精一杯の譲歩だ」
こちらも一歩も引かない様子の王を見て、衛兵は頭を下げて提案を受け入れる意を示した。
「分かりました。陛下は決して城塞から出ないようお願いします。大使、大変恐縮ですがご協力願えますか?」
「はい。シルヴィア・オルドリッジ、これよりノイエンドルフ騎士団長の指揮下に入ります」
「では私はその旨も団長に伝えてきます。シルヴィアさ……オルドリッジ大使。どうか無理をなさらないでください。ビアンカさんも心配しますから」
「ありがとう、ルディ殿。貴方も気を付けて」
「はい!では陛下、行って参ります!」
ルディが飛び出して行った後、続いてエーレンフリートの部屋を出た三人は、すぐに城内にいる者達を起こし、城塞へと避難するよう伝えてまわった。その途中、異常を察してシルヴィアを探し回っていたらしいビアンカとシルヴィアが遭遇した。
「シルヴィア様!良かった……ご無事で」
「ビアンカ!すまない。探させてしまったようだな。私はギルバート団長の指揮下にて避難誘導および護衛をするゆえ、貴女は他の皆さんと共に城塞へ避難してくれ」
「一体何が起きているのですか?何故シルヴィア様が……」
「今は詳しく話している時間がないんだ。だが貴女は……ノイエンドルフの民は必ず守り通してみせると約束する。だから貴女も早く」
「戦われるのですか?シルヴィア様はアルヴァナの方なのに何故」
「ノイエンドルフもアルヴァナもない。私は騎士だ。力なき人々を守る為に私は在る」
「でも……!」
「ビアンカ」
泣きそうになっているビアンカを安心させるように微笑み、シルヴィアはビアンカの手を握った。
「暖かくなったら一緒に出かけようって約束、覚えているよ。アルヴァナに遊びに来たら料理をふるまう約束も。私も楽しみにしているから、絶対に行こうね」
少し恥ずかしそうに笑いながらシルヴィアはそう言った。初めて聞く口調に驚きビアンカがシルヴィアを見ると、その顔はいつもの騎士シルヴィア・オルドリッジではなく、ただの21歳の女性のように見えた。
何も言えなくなったビアンカの手を一度強く握り、やがて離したシルヴィアは微笑みを残して走り去った。その後ろ姿からしばらく目を離せずに、祈るように両手を合わせその場に立ち尽くしていたビアンカの耳に、騒然となっている城内の音が遠くに聞こえた。
その時ギルベルトは団員達を指揮し、自らも城門付近で乱入してこようとする敵兵達を斬り捨てていた。その間もテオドールと彼に加担した者達は、他の団員達に「敵国と手を結ぼうという裏切り者達からこの国を守るんだ!こちらへ来い!」と呼びかけている。が、テオドールの知らない所でシルヴィアとの交流を深めていたため、彼らの言葉に耳を貸す団員はいなかった。そもそも“敵国と手を結ぼうとする裏切り者”は彼らでしかないと、まともな思考を持つ者であれば誰しも思ったから。
「ギルベルト団長!」
混乱の中戻ったルディが、エーレンフリートの指示を伝えた。シルヴィアが皆を守りたいと言っていた事も。
「……そうだろうな。あの方らしい」
ギルベルトとしてはシルヴィアにも隠れていてもらいたいのだが、この状況でそんな事が許容できる人物ではないと、もはやよく分かっている。何よりランズウィックの惨劇からはなんとか立ち直りつつあるが、ここで何も出来ないまま再び目の前で見知った誰かが犠牲になれば、今度こそ彼女の心が壊れてしまうかもしれない。そんな事になるくらいであれば、あくまでも避難誘導と城塞周辺の守備にあたってもらう方がいい。ギルベルトはそう判断した。
「ルディ、貴様はシルヴィア殿に師事していて最もあの方の動きが分かるだろう。ヴェルナーを見つけて、あいつとデュンバルト家の私兵に協力を仰ぎ、シルヴィア殿と共に守備にまわれ。それとマリウスを見つけ次第こちらに来るよう伝えろ」
「はっ!」
ギルベルトの弟であるヴェルナーは騎士ではないが、元騎士団長である父のデュンバルト公爵、その更に一代前の騎士団長であった祖父から剣の教えを受けた為、その実力は折り紙付きだ。マリウスは過日シルヴィアに質問を重ねていた騎士で、彼は自分が疑問に思った事には納得がいくまで追究しなければ気が済まない性格のようだったので、テオドールの呼びかけに対応させる為に呼ぶ事にした。
この決断が思わぬ形で功を奏する事になる。




