『白に咲く赤』
「国のあり方に絶対的な正解はない。この国もこれから変わる事もあるかもしれないが、エーレンフリート陛下のお考えの帰結するところはノイエンドルフの民の幸せなのだと思う。戦った上で言葉を交わしたからこそ分かる。……私はこの国に生まれたかった」
特に隠してはいないため、シルヴィアがランズウィック出身で、国が滅ぼされた後でアルヴァナに移った事はもはや誰もが知っている。だからこそ、このシルヴィアの言葉にどれほどの想いが込められているのか、その重さを感じて皆が言葉を失う。そんな中で、最初に質問をした若い騎士が問う。
「絶対的な正解がないとしたら、アルヴァナとマドラルの前の国王も、そしてこの国で内乱を起こした大臣や騎士達も、見方によっては正解だったかもしれないという事ですか?」
「内乱に関しては、私は詳しい事情を知らぬゆえ口を出せた立場ではないが、それでも言える事は、絶対的な正解はなくとも絶対的に間違っている事は存在するということだ」
「それは“シルヴィア様から見た間違い”という事ではないのですか?」
「アルヴァナやマドラルの前王は、自らの親族と、都合よく動かせる人間達のみを優遇し、それ以外の者は使い捨ての道具と同じで人間扱いすらしていなかった。ノイエンドルフの内乱では戦う意志も力もないメイドの方々までもが標的にされたと聞く。これらの行いを正しいと主張する者がいるなら、それを私は否定する。この考えを私個人の感傷によるものだと言うなら、それも否定する。道義的に間違っていると言えない世界こそが“間違って”いると思うからだ」
「つまりシルヴィア様は、ノイエンドルフ侵略戦に協力したのは道義的に間違っていたけど、国の事情でやむを得なかったという主張なんですよね。これは正しい事なんですか?」
「誤解しないでほしい。一個人が正しいかどうかを判断する事こそが間違いだと言っている。道義の問題で言えば、騎士そのものが否定されなければならない。我らの仕事が治安維持だけで済む世の中であればいいが、いつの世も戦争を起こす者がいる以上、騎士の存在を道義上の問題で語っても仕方がない。一方で突然の侵略行為に対して非難する権利を貴方は有している。その権利が認められる事を私は正しいと考えている」
「クリストフ王のお考えがシルヴィア様とは違ったら?」
「愚問だ。そんな事はあり得ない。私の目指す先にあの方がいるのだから」
真っ直ぐで迷いのない表情と答えだった。そんなシルヴィアを見て、クリストフが元は英雄と呼ばれた騎士であった事を知らない者達も、彼女のような人物にこれほど心酔されるのだから、よほど偉大な王なのだろうと思った。シルヴィアに疑問をぶつけていた若い騎士も納得したようで、満足そうに笑んで「色々お答えいただき、ありがとうございました」と頭を下げる。彼は別にアルヴァナに対して怒りを抱いていたわけではなく、本当に純粋にシルヴィアの考えが知りたかったのか、単純に議論が好きなのか。ともかく彼は彼で面白そうな人物だとギルベルトは思った。やはり言葉を交わす事は重要だとも。シルヴィアが来てくれた事で、何度もそれを思い知る。人材がいないのではない。自分が必要以上の言葉を交わそうとせず、団員の考えを知る機会を作ってこなかったゆえに埋もれさせているだけだと。
(シルヴィアが無事アルヴァナへ戻る日が来たら……彼女が帰っていっても、こういった機会は継続して作らなければな。私が相手では団員も緊張して、なかなか雑談などできないだろうが)
自分から歩み寄る必要性を感じるものの、今までが今まででもあり、匙加減がよく分からない。エーレンフリートに協力を仰ぐしかないかと思い、なんだかんだで結局自分も王に頼る事が多いと実感する。シルヴィアがそう評したように、エーレンフリートは王でありながら自然に臣下や民の声に耳を傾けられるので、彼をお手本にすればいいのかもしれないが、自分が気楽に「お前ら、言いたい事があったら気にせずに言えよ」と言う姿が想像できず、一人頭を横に振ってため息をついた。
会食の後、シルヴィアは赤い花の咲く庭に来ていた。最初にこの花を見た時には風花が舞う程度であったが、今はもう庭全体が雪の白に覆われている。しかしそんな中でも赤い花は確かに息づいていて、その生命力に驚かされる。
途中で一度アルヴァナへ帰る話になって、それが流れてから、思いの外長くノイエンドルフに滞在できている。このまま何事も起きなければ、当初の予定通りの期間はいられそうだ。限られた時間の中で大臣や城の中で働く人達、貴族達、市井の人々ともできる限り交流の機会を設け、ある程度距離も縮まったと思う。何より共に訓練をする内に、最初の頃とは比べものにならないほど、騎士団員達とも自然に話すようになった。親善大使という役目を、それなりに果たせたのではないだろうか。赤い花を見つめながらそんな事を考えていると、雪を踏む音と共にもはや聴き慣れたエーレンフリートの声が聞こえてきた。
「またお前はこんな時間に雪の降る中で……。風邪ひくぞ」
「申し訳ありません。庭に行くと告げたらビアンカにも止められたのですが、あとどれくらいこの花を見られるのかと考えると、つい」
「株を分けてやるから、帰る時には持って帰れよ。荷物になるなら一株だけでも。ここより温暖なアルヴァナなら育てやすそうだし、増やすこともできるだろ」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
微笑んで礼を言う。今は当たり前に見られるシルヴィアの顔。が、1ヶ月もしない内にもう見られなくなるのだ。シルヴィアが赤い花を惜しむように、エーレンフリートも彼女と会えなくなる事を惜しむ気持ちは日毎に増していく。悪夢を見てシルヴィアに慰められて以降、その気持ちは加速度的に強くなった。
(もう二度と会えなくなるわけじゃない。分かってはいるんだけどな)
ここ最近は静かな毎日を送っているとはいえ、まだ十分にきな臭い現状、無事に帰る日を迎えるのが一番いい。テオドールのように恨みを持ち続けている者が他にいないとは言い切れないノイエンドルフより、アルヴァナの、クリストフ王やレイナルドの近くにいる方が安全だろうから。そう無理やり思おうとしているが、離れがたい気持ちの方が今では強かった。




