『蠢動』
「今から集まってもらった理由を説明する。先刻、ダゲール伯爵が許しなく陛下に面会をしようとして騒ぎを起こした。この中には知らない者もいるだろうが、伯爵は以前、新規入団してきた騎士団員の指導をしていた頃に、当時団長だった陛下を暗殺しようと試みた事がある。当然未遂に終わったが、それが原因で騎士団に居づらくなった伯爵は団を抜けた」
グレンの話に若い団員達は騒つく。クリストフを良く思っていなかった前王がダゲール伯爵を庇って事を内密に済ませたため、公には知られていない出来事だったのだ。
「伯爵は騎士団を辞めざるを得なかったのは陛下のせいだと逆恨みをし、また立場が変わっても変わらず自分は陛下より上に立つ人間だと思い込んで蛮行を重ねてきた。ゆえに投獄した。一部伯爵の孫娘であるフィリップ伯爵令嬢が王妃になるとの虚言を信じている者がいたそうだが、そのような事実は一切ない。あれば祖父である方を投獄などしない。重ねて言う。伯爵は罪人だ。これより後、あの方を牢から出そうとする等不審な行動をとった者は、それも投獄の対象とする。尚これは規律の問題であり、即処罰の対象となるものではなく、家族に累が及ぶものでない事は明言しておく」
多くの騎士団員はグレンの話に首を捻った。誰もがダゲール伯は無礼で迷惑な老人だとの認識であったし、今更という気がしたから。ナディアが妃候補というのもこの迷惑な祖父と本人が言っているだけで、ナディアの親であるフィリップ伯爵自体が主張しているところを見た事がある者もいない。つまり誰も信じていない。なのに何故と不思議に思いあちこちで隣の者と顔を見合わせる中、ひとりの年若い騎士が「騙されるな!」と叫び剣を抜こうとした。しかしその前にレジェに取り押さえられた。グレンからの指示でこの騎士の近くで待機していたのだ。
突然の事で皆が驚く中、グレンは表情ひとつ変えずに騎士の所へ向かった。
「どうやら私を狙っていたようだが、どういった理由か聞かせてもらおうか」
「しらばっくれるな!陛下とその一派で近々大粛清を行おうとしているクセに!」
「大粛清?」
「みんな騙されるな!陛下はこれまで良い王のフリをしていたけど、自分の気に入った人間だけを集めた国を造ろうとしていて、今まではその準備期間だっただけだ!これから本性を出して民の大粛清を始めるんだぞ!俺は日頃の陛下の言動を見ていてそれを見抜いたんだ!」
どうだ?と言わんばかりの、いっそ誇らしげな表情で言う。あまりにも荒唐無稽な発言に、ああ、そう言えばフィリップ伯爵令嬢もそうだったなとグレンもレジェも思い出す。これは術をかける時に一緒に刷り込む思想なのか、元々少しでも思っていた事が術によって事実と思い込むようになるものなのか。
「……私は君のような人間を今までにも見た事がある。自分だけが得体の知れない真理のようなものに気付いている気になって、あるいは実際の実力以上に自分を高く評価し、あたかも自分は特別な人間であると思い込んで、他者に対して声高にそれを主張する」
「何が言いたいんだ?!」
「いや。入団試験で判別するのは難しいなと思っただけだ。それとも意外とそういう思考になる者も珍しくはないのか。私には分からないが」
この少年騎士が術者の放った尖兵なのか、それとも元々こういった人物なのか、これだけでは判別がしにくい。見たところ少年の主張に乗り、騒動を大きくしようという者は見当たらない。とすれば彼は術者とは関係がなく単なる“馬鹿”という事か。いずれにせよこの騒動で、この場に術者がいたとするなら動く機会を逸したことだろう。
グレンがいつも通り冷静でいるお陰で、騎士団員が副団長に対して剣を抜こうとした事態が起きた割には、さほどの騒ぎにもなっておらず、少年の主張も「何を言っているんだ?」「突然どうした?」「思春期の病か?」と、誰も真剣には捉えていなかった。その団員達の声が聞こえたのか、少年は顔を赤くして目に涙を浮かべながらプルプルと体を震わせていた。その様子を眺め、軽く息を吐いたグレンが殊更大きめの声で少年に声を掛ける。
「陛下が君の言う“大粛清”とやらを行うなら、5年前になさっていただろう。あの時の混乱に乗じて、自分の役に立たない人間は処刑するとでも宣言していれば、一度に事は済んでいた。君が何を見抜いたというのか知らないが、“良い王のフリ”をして騙して今さら本性を現す理由が見当たらない。だから皆がこういう反応をしている」
「5年かけて自分が王の器じゃないと気付いたんだ!だからダゲール伯爵はアドバイスをしようと訪れてくださっていたのに、それを認めたくなくていつも門前払いしていたじゃないか!団長を追い出したのだって陛下が結婚するのに邪魔だったのと、副団長が団長の座を奪おうと画策したからだろう?!団長が可哀想だ!」
この発言に、グレンにしては珍しく少々ぽかんとした表情になった。
「つまり……団長がノイエンドルフに親善大使として派遣された事が、表向きには根拠のない追放であって、実は陛下がご結婚されるにあたって近くに団長がいたのではお相手の方に嫉妬されるので体よく追い出したと。そしてそれは団長の座に就きたい私にも都合が良いので、二人で共謀した結果の事だと考えた、ということか?君が見抜いたのはその事実だと」
「そうだ!団長は強くてキレイなだけでなく、優しい人なんだ。俺はそれを知っている。なのによくも追い出して……」
ダゲール伯の名前が出た時点で、やはり術者の手駒にされた一人だとグレンは判断したのだが、予想外の方向に話が進んで内心驚いていた。何らかの不満や邪心があれば術にかかりやすいとは聞いていたが、まさかその方向性がシルヴィアに対する思慕からくるものだとは。
「なるほど。君が私を狙った動機は分かった。私としては色々言いたい事もあるが、今はそれどころではないので一つだけ言っておく。陛下はこの国を、皆ができる限り平等に暮らしやすい国にしようと日々尽力してくださっている。私はそれをずっと近くで見ている。その陛下を前王のような暴君が如く悪様に言うのは看過できない。ゆえに君を投獄する」
「投獄?!なんで!」
「何故も何も今言った通りだ。しばらく牢で頭を冷やせ。団長が戻ってくるまでには落ち着いている事を願う」
グレンはレジェに目配せをし、レジェは自らの部下に指示して少年を連行させた。彼は未だに「俺が団長を連れ戻しに行くんだ!」「シルヴィア団長以外は団長として認めないからな!」と叫んでいるが、その声を聞きながらグレンは思う。
(団長。たった一年でも貴女以外の人を団長とは思わないと言う者が出てきました。貴女の目指す、かつてのクリストフ団長のような騎士に近付いていると思います。ですから無事に戻ってきてください。貴女に伝えたい事もあるのです)
シルヴィアの笑顔を脳裏に描くが、グレンのそれはいつもどこか儚げだ。いつか突然消えてしまっても不思議ではないような、そんな不安を感じさせる。
本人が希望し、クリストフが許可を出したのだとは聞いた。先方の提案でもあり、和平の為には断りにくい状況であったのも理解している。しかしその辺りの事情を度外視した本音で言えば、グレンは彼女をノイエンドルフに行かせたくなかった。ずっとクリストフのそばから離れずにこの国にいて、いつか王妃陛下と呼ぶ日が来る事を願っていたからだ。王妃になれば彼女はその立場から、自分を大事にせざるを得なくなる。クリストフであればいずれ彼女を幸せにできる。二人が結婚するという形さえ整えばそれでいいと。そこがグレンがクリストフとレイナルドの二人と異なる点であった。シルヴィアの望みは死以外であれば叶えたいと言う二人と違い、グレンは彼女の真の願いは恐らく危険なものだと感じていて、それを取り払うためには本人の望みは考慮しない方がいいと考えている。そもそもシルヴィアをアルヴァナに連れてきたのは、彼女に先がないと分かっていたからで、その時点で償いたいというこちらの思いを押し付けたものでしかない。だから生かしたいのであれば押し付け続けるしかない。それを強硬に勧められるのはレイナルドではなく、彼女が襲われる現場を直接見ていない自分だと思っている。




