『他者を断罪する権利』
「そのようなつもりはないが、そう見えるというならそれを否定するつもりもない。で、私に何の用だ?」
「尊大な物言いをしやがって。普通の女だったクセに、たった数年でえらく変わったもんだ。誰のせいでランズウィックが侵略されたと思っているんだ?まさか自分の罪を無かった事にしているんじゃないだろうな」
その言葉を聞き、シルヴィアは軽く顔を歪めた。
相手の男は、ランズウィックでシルヴィアの友人だった人物の恋人である。友人があの惨劇の渦中でどうなったのかは知らない。クリストフがマントでシルヴィアの全身を包み、レイナルドが周りを見せないように抱きかかえてくれていたので、自らの両親以外の犠牲者は一人も目にしていないのだ。が、彼の様子から友人は殺されたか、生きていても純粋に喜べる状況にないのは察する事ができる。彼女の身を案じる気持ちはあるが、ここで聞いては彼の怒りに拍車をかけると思い、あえて彼女の話には触れないことにした。
「率直に言う。私の所に誰かが何か仕掛けてくるなら、ランズウィックの人間だと予想はしていた。それが最も効果的だろうから。で、もう一度きく。何の用だ?まさか単に私を責めて責任を問いたいだけという事もないだろう」
静かに、いっそ淡々とシルヴィアが問う。なのに男は圧倒されていた。その事に苛立ち奥歯をギリっと噛み締めると、男はコートの内ポケットからナイフを取り出した。
「死ねよ、シルヴィア」
「私一人が死ぬ事でランズウィックが元の平和な国に戻り、殺された人達が生き返るなら、喜んでこの身を差し出そう。しかし、そんな都合の良い事は起きない。ゆえに殺されるわけにはいかない」
「勝手な事を!お前のせいでどれだけの人が殺されたと思っているんだ?お前さえいなければ、ランズウィックはずっと平和でいられたんだ!なのにお前は一人逃げて、変わり果てた国を見る事もなく、侵略国家であるアルヴァナでぬくぬくと暮らしている。罪悪感を覚えないのか?!」
「……………………」
「カーラが今どうなっているか知っているか?あの時アルヴァナの騎士に襲われそうになって、抵抗したからと片腕を斬られそのまま犯されて、今も度々その光景が浮かぶのだと……外に出れば復興の手伝いだと言って居座っているアルヴァナの騎士が目に入って恐ろしいのだと、ずっと家に篭ったままなんだ!なのに何故お前は太陽の下を堂々と歩いている?!罪悪感などカケラもなさそうな顔をして、侵略者達と同じ騎士服を身に付けて!」
シルヴィアは何も言わない。一見すると動揺しているようにも見えない。その事に益々怒りが募り、男は続けてこう言った。
「クリストフ王も、何がアルヴァナの英雄だ!あいつが騎士達をランズウィックに滞在させているせいで、カーラは外にも出られない!自分は善人ですと、ランズウィック侵略の責は自分にないのだというパフォーマンスの為に……とんだ偽善者の自己陶酔野郎だ!」
そこまで黙って男の言葉を聞いていたシルヴィアは、一度大きく目を見開いた。そして……
「ふふ……はははははっ!!」
突然大きな笑い声をたてた。そうして笑いつつ、抑えきれない怒りを滲ませて。男は驚き、次いで怒りの声を上げた。
「何がおかしい?!」
「どうして私があなた方に罪悪感を抱かなければならないというんだ?」
「何だと?!」
意外な言葉に、男はナイフをシルヴィアに向けるが、その手は震えている。平和なランズウィックに育った彼は、他人を傷つけた事はないのだ。ゆえにそれ以上の行動には躊躇を覚えるのだった。その様子を嘲るような目で見て、シルヴィアは言葉を続けた。
「あの時は確かに、ランズウィックがあんな事になったのは自分のせいだと思っていた。皆に責められても仕方ないと。だがアルヴァナで落ち着いていく内に、何故私が責められなければならないのかと腹が立ってきた。私が一体何をしたというのか、今も私を責めるあなたに是非とも答えてもらいたい」
「事実、お前がいたせいで国が滅ぼされて、みんなが……陛下まで殺されたんだろうが!」
「だから、何故それが私のせいなのかと訊いている。私は一方的に当時のアルヴァナ王に目を付けられただけの被害者でしかない」
問われ、男は言葉に詰まった。
ナイフを向けていてもシルヴィアは気にも留めていない。それどころか自分が一歩でも彼女の方へと足を踏み出せば、一瞬で斬られてしまいそうな気がする。男は普通の町娘であったシルヴィアしか知らないが、それでもそう思えるほどに、彼女の威圧感は凄まじかった。知らず男は後ずさりしつつ、苦し紛れの言葉を吐き出す。
「お、お前がアルヴァナ王に気に入られなければ……」
「私がアルヴァナの前王を誑かしたとでもいうのか?そうしてランズウィックを侵略させて私に何の得がある?それとも生まれてきた事そのものが罪だと言いたいのか?それなら私ではなく神様でも呪えばいい」
「神を……呪えだと?お前はどこまで他者を冒涜すれば気が済むんだ?!何を言おうがお前がいた為にアルヴァナの王がランズウィックを侵略した事実は変わらない!それはつまりお前の責任でしかない!みんなそう思っている!」
「皆が思っている?そうか。では例えば、前王に目を付けられたのが私ではなくカーラだったとしたら、それでもあなたは同じ事を言ったのか?」
「何?」
「カーラが今の私と同じ立場だったとして、お前のせいで国が滅びたと、アルヴァナへ逃げて一人安穏と過ごしていると責めたのか?皆が“お前のせいで母が死んだ”“夫を返して”とカーラを囲んで責めたら、その通りだと一緒になって死ねと言ったのか?」
「カーラとお前は違う!彼女は清らかな心優しい女性で……」
「質問に対する答えになっていない。ちゃんと答えろ。もし責めないと言うなら、その納得できる理由を説明してもらおう。でなければあなたを含めランズウィックの人々は、反抗できない被害者に責任を押し付けて結束を固めただけの、卑怯者の集団だ」
「?!シルヴィア……お前……自国の仲間を…………」
「仲間?誰の事だ?あの時、お前のせいで国が滅びたと、家族や恋人が殺されたと集団で責められた時に、そんなものは全て失くした」
シルヴィアは男に対する情など微塵も感じさせない目を向け、剣を抜いた。男が退いていく分、ゆっくりと距離を詰めていく。
「被害者であれば、当の加害者ではない他者だろうが、自由に責めていい権利が得られるとでも思ったのか。王の愚行に怒り、自らが処刑される可能性も顧みず主君に反旗を翻し、それまで仲間だった者たちを斬り捨ててまで救おうとしてくれた人を、偽善者だ自己陶酔野郎だと罵る。ああ、意外と多くの者の賛同を得られるかもしれないな。クリストフ王は侵略した側の国家の人間なのだから、どんな責めも甘んじて受けろと、何の事情も知らず当事者ですらない人間が自らの正義に酔い、あなた方に加勢するのかもしれない。どうだ?気分がいいか?自分は絶対的に正しいのだと、ありもしない“他者を断罪する権利”を有したと思い込む事は。であれば……」
ここで一度言葉を切り、今度はその紅い瞳に殺意を込めて、剣を男の眼前に突き付けた。男は恐怖のあまり、もはや身動きが取れなくなっている。
「であれば今度は私がその“被害者の権利”とやらを行使する。あなたの言葉がランズウィックの民の総意であるなら、ランズウィックに対して」
そうしてシルヴィアは祖国の人間に向け、剣を振り上げる。と同時に、恐怖のあまりヤケを起こした男がナイフを突き出そうとした。その時……
『シルヴィ……!』
「シルヴィア!ダメだ!」
その声を聞き、シルヴィアは咄嗟にナイフを避け、バランスを崩した男の首を剣の柄頭で殴った。その衝撃で男は地面に倒れ、そのまま意識を失った。




