『露店にて』
翌日、シルヴィアはギルベルトに付き添われて城下に出ていた。命を狙われた事もあり、また術者がどこにいるかも分からない状況なので、シルヴィアもアルヴァナの騎士服を着用し帯剣もしている。訓練の際や、テオドールとロニーと打ち合った際も訓練着を着用していたため、彼女の騎士服姿はマドラル戦以来だ。やはり騎士服を身に纏うと気が引き締まるのか、普段の柔らかい雰囲気は消え失せ、凛々しさが前面に出てくる。
とはいえ特に警戒している様子などは見せず、あわよくば不審者の情報が得られないかと機会をうかがっているギルベルトに対し、シルヴィアは露店を興味深そうに眺めていた。
「何か珍しいものでも?」
「そうですね。食材もそうですが、工芸品がとても素敵な物が多いです」
「工芸品か……なるほど」
ギルベルトが露店の食器を手に取り、まじまじと見ているもので、店主が半ば困惑しながら声をかける。
「あの……当店の品は良い物だと自負していますが、伯爵家で使っていただくには少々庶民向けではないかと……」
「ああ、いや。そういった物について不勉強ゆえ、知りたいと思って見ているだけだ。しかし、そうだな。店先で見ているだけでは失礼だな。シルヴィア。何か気に入った物があれば、私が貴女にプレゼントしよう」
「え?ですが……」
「是非そうさせてくれ。そうしてアルヴァナに帰ってから、クリストフ王に我が国の品を宣伝していただけるとありがたい」
「なるほど。そういう事であれば、お言葉に甘えさせていいただきます」
一度頭を下げてから、シルヴィアは台の上に並んだ陶磁器を嬉しそうな顔で見渡し、ふと一箇所に目を留めた。とても小さな、指先程度の大きさのそれは様々な柄があり、非常に可愛らしい物だが、ギルベルトにはそれが何なのか分からない。店主もシルヴィアの視線の先にある物に気付いたらしく、笑顔で声をかけてきた。
「オルドリッジ大使は普段裁縫をされるのですか?」
「最近はする暇がないが、以前はよく刺繍をしていた。このシンブルはどれも美しいな……使うのが勿体なくなりそうだ」
「刺繍?これは刺繍に使う物なのか?」
「はい。シンブルといって、指にはめて針から指先を保護するものです。ですがこれはとても美しくて、並べて飾りたくなりますね」
「そうか。では並べて見栄えがする数だけ見繕うといい。それと使う為の物も別に贈らせてくれ」
「そんなに沢山は……。さすがに申し訳ないです」
「遠慮される事はない。それに、より多く買えば店主も助かるだろう」
店主は笑顔でうんうんと頷く。シルヴィアは「そういう観点もありますか」と呟くと、花柄のものを3個と柄のないシンプルなものを1個手に取った。
「それだけでいいのか?10個ほど選ばれてはいかがか」
「次に来る楽しみを置いておきたいのです。品揃えも変わるでしょうから、一度に沢山買っては逆に勿体なく思えて」
そう言い微笑むシルヴィアの顔は、本当に嬉しそうだ。前にメイド達と騎士団員達に対する土産を買いたいのだと菓子を見繕っていた時もそうだったので、店で様々な品を見るのが好きなのだろうなと思う。騎士服姿の凛々しい見た目とのギャップもあり、その姿は余計に愛らしく映った。
(次か……。この品目当てでも構わない。これからもノイエンドルフに来られるなら)
そんな事を思いつつ、店主にシルヴィアが選んだ品の代金を渡していると、その店主がギルベルトに小声で話しかけてきた。
「こちらのシンブルを並べて飾るのに丁度いいラックが、この先にある木製工芸品の店に置かれていますよ。こっそり買ってプレゼントされてはいかがですか?」
「いい情報だが、よいのか?この店の品でなくて」
「あちらは兄の店なんです。それにラックを買っていただければ、またシンブルを買いにこの店にも寄っていただけるという期待も持てますので」
「そういう事なら、そうさせてもらおう。店主、礼を言う」
2人でコソコソと話しているもので、シルヴィアは不思議そうな顔をしている。その様子で、どうやら話の内容は聞こえていなかったようだと安心したギルベルトは、何食わぬ顔をしてゆっくりと彼女に歩み寄り、2人で店主に軽く挨拶してから店を後にした。
「シルヴィア。この先の店に少し用があるのだが、すぐに済むゆえ貴女はここで待っていていただけるか?」
陶磁器の露店から少し離れた場所でギルベルトからそう切り出され、シルヴィアは了承した。何やら様子がおかしい気がしたが、自分には言いにくい用なのだろうと思い、特に気にしなかった。そうして待つ間、近辺の店を覗こうかと動き出した時、背後から誰かが近付いてくる気配と、殺気のこもった視線を感じ、咄嗟に振り向く。
「…………?!……何故……ここに………………」
店主に教えられた店でラックを購入したギルベルトは、小走りに元の場所へと戻っていった。似たような品が数点あり、どれがいいか少し迷った為、戻るのに少々時間がかかったからだ。が、そこにシルヴィアの姿はなかった。
彼女は非常に真面目な人物なので、待っているよう言われた場所から勝手に離れるとは考えにくい。何か余程の事情があったのかと考え、猛烈に嫌な予感に襲われる。
(クリストフ王の弱点ゆえシルヴィアが狙われている……そう推察されている中で彼女を一人にするとは、私は何故そのような愚を犯したのか。街中にあれば人目もあり、妙な真似もできまいと思ったのは軽はずみだった。しかし自分が利用される事を危惧していたシルヴィアが、怪しい者に易々とついて行くだろうか?先程の店に、自分でシンブルを買いに戻っている可能性も……)
考えていても仕方ない。ただ待っていても、もし非常事態に陥っているのなら、時間が経過すればするほど事は悪化するだろう。そう思い、ギルベルトは近辺の店に何か目撃しなかったか聞いてまわる事にした。
シルヴィアは、振り返った先にいた人物と共に、露店が立ち並ぶ場所から少し離れた、ひと気のない空閑地で対峙していた。ここであれば人を巻き込まないとの判断から、逃げるように見せかけておびき寄せたのだ。
相手の人物はシルヴィアに追いつくのがやっとという調子であったため、まだ肩で息をしている。普段から鍛えている自分との体力差も分かっていたので、こうして体力を削る目的もあった。そうと分かってその人物は舌打ちをした。
「……アルヴァナで騎士団長様と持ち上げられて……随分調子に乗っているようだな、シルヴィア」




