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Crimson Snow  作者: mya
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『平和の代償』

「俺は他人の事情なんかに配慮するほどお人好しじゃねえ。あんたの恨みも知った事か。こちらから見た事実は、エーレンフリート王からの招聘(しょうへい)に応じて親善大使として訪れた我が国の騎士団長が、個人的な恨みを募らせた集団に寄ってたかって罵声を浴びせられ、あまつさえ何度か殺されかけているというものでしかない。しかもそれに対し王は、極めて甘い処分しかしていない。さて、これを公表したとして、アルヴァナとノイエンドルフのどちらに非があると見なされるか、そのイカれた頭で考えてみな」


 テオドールは目を見開き、軽く動揺したような表情を見せた。その様子を見たギルベルトは、テオドールがかなり正気に戻っていると知る。レイナルドもそれを認識しながら言葉を続けた。


「あんたにとってはシルヴィアが卑怯で卑小で悪辣(あくらつ)な人間である方が都合が良かったんだろう。何をしようがその行為が至当(しとう)だと思い込めただろうからな。だが実際には周囲の評価は変わっていく。それに焦りでもしたか?世界的に見れば、ノイエンドルフは親善大使をなぶり殺そうとするならず者国家で、あんたは自分の復讐心を満たす為に事実をねじ曲げ、ただ親善大使としての役目を果たそうと努めているシルヴィアを陥れて殺そうとしている、卑怯で卑小で悪辣な人間だよ」


 テオドールの目はまだ怒りに満ちている。しかしその目からは涙が流れていた。落ち着いたと判断し、レイナルドは噛ませていた腕をテオドールの口から離す。すると彼はレイナルドを睨みつつ弱々しい声を押し出した。


「確かにあの女は卑怯ではなかったさ……でも、だから何なんだよ。目の前で弟を殺された俺の気持ちが、お前らなんかに分かるか」


「じゃあ、あんたには分かるのか?自分の目の前で両親を肉塊のようにされたシルヴィアの気持ちが」


「肉……塊?」


「助けたかった娘が、自分達が死んだ後にどんな目に遭わされるかを知る事もできず、死の間際にどれほどの無念と絶望をあいつの両親が抱いたか。分かるのか?シルヴィアは両親が殺された時、騎士でもなんでもない、ただの16歳の娘だったんだぞ。両親も商人で、複数の騎士を相手にまともな抵抗ひとつ出来るもんじゃない。その時の恐怖があんたには分かるのか。あまつさえ生き延びた事そのものが罪であるように、騎士に体を売ったから助かったのだと蔑まれる気持ちが」


 シルヴィアは前に言った。「ランズウィックを滅ぼしたのは我が王ではない。ゆえに復讐する理由などない」と。テオドールはそれを信じられなかったが、一方で復讐の機会を狙うような人物にも見えず、混乱させられた。そして今の話を聞いて更に分からなくなった。レイナルドの話が事実だとすれば、シルヴィアは故郷を滅ぼされただけでなく、目の前で両親を斬り刻まれたという事になる。たとえクリストフ王が直接手を下したわけではなくとも、アルヴァナの騎士は両親の仇であるはずだ。なのに恨みなどないと、自らがそのアルヴァナの騎士となって仇敵である国を守るとは……。


「…………狂っているのか?あの女は」


「どうかな。ただ正気でいられる方がおかしい状況だった。まあ、そんな話は今はいい。俺が言いたいのは他人の気持ちなんぞ誰にも分からないって事と、そんな個人レベルの話を国家レベルの問題に持ち込むなという事だ。考える頭がまだあるなら、あんたが知っている、または信じているアルヴァナ、シルヴィアの過去から現在、マドラル戦以降の出来事を書き出して整理してみろ。今日ここでした話は加味せず、思った通りに書けばいい。それで自分の考えや行動は本当にノイエンドルフの益となるのかも考えてみろ」


 そう言ってレイナルドは紙とペンをテーブルに置き、ナディアの時と同様に見張りを部屋の中に入れて、ギルベルトと共に部屋を出たのだった。



「貴殿の話は少しでもテオドールに届いたのだろうか?」


「少しは落ち着いたように見えたが、あの場だけの事かもしれん。それは伯爵令嬢の方とてそうだ。本を渡しに行った際はまだ大人しかったが、一晩経てば元通りという可能性もある」


「とりあえず一時的にでも正気に戻れると判明しただけでも収穫と考えるべきか……」


 難しい顔をして考え込むギルベルトの、空になったグラスに酒を注ぎ、レイナルドは苦笑する。


「今あんたが考えたって仕方がないだろうが。どのみち情報がないに等しい状況では対症療法にならざるを得ないんだ。テオドールにせよ伯爵令嬢にせよ、必要なのは誰に何を吹き込まれたのかという情報のみだと考えておいた方がいい」


「そうだな。まったく……貴殿と話していると、いつも自分がどれほど未熟か実感させられる」


「単に俺の方が異常な事態に慣れているだけだろ。それ程にノイエンドルフは平和な国だったんだよ。それは悪い事じゃない」


「平和な国か……」


 そう呟いて、ギルベルトは注がれた酒を喉に流した。

 平和が無知を呼び、争乱が人を育てるのだろうか?そんなはずはない。そうであってはならない。罪もない人が大勢傷つき死ぬ事で得られるものなど、必要とされてはならない。どれほどシルヴィアが騎士として優れていても、その才能を得るのと引き換えに、彼女は全てを失ったのだ。それ程の代償を払って成長する事に何の意味があるのか。

 一瞬でも自分の無知を悔しく思い、世界を知っているレイナルドを羨ましく思った自分を、ギルベルトは恥じた。そして心の中でシルヴィアに詫びた。争乱などなくとも人は成長できる。現にシルヴィアと出逢った事でビアンカもルディも変わった。それが人であれ物事であれ、新たな出逢いが成長を促すのなら、やはり大国アルヴァナとの文化的交流を図りたいというエーレンフリートの構想は意味がある。改めてギルベルトはそう思った。

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