『矛盾』
『領土拡大を目論むクリストフ王主導のもと、アルヴァナがマドラルを巻き込んでノイエンドルフに侵略戦争を仕掛けてきた』
『数で圧倒的に勝る両軍を相手に奮戦したノイエンドルフが勝利を収め、それに感動したマドラルの王の取りなしにより、クリストフ王は侵略を断念した』
『クリストフ王が詫び、エーレンフリート王は心優しいのでそれを受け入れた』
『騎士団長シルヴィアは、詫びのしるしとして好きに扱ってくれと寄越されたが、これまた心優しい王が客人として遇した』
『しかしその実シルヴィアはクリストフ王から密命を受けており、王と騎士団長ギルベルトを色落としして、意のままに動かせるようにするつもりだった』
『その事実に気付いた自分やロニー達心ある者が、シルヴィアを殺してその野望を打ち砕こうとしたが、相手が女なので手加減してしまった』
『手をこまねいていたが、クリストフ王の本来の妃候補だったフィリップ伯爵令嬢が来訪し、シルヴィアが婚約者のいるクリストフ王に取り入り、伯爵令嬢を地下牢に閉じ込めさせて自らが王妃になるよう画策していたと、この国でも同様の事をしようとしていると教えてくれた』
『このままではノイエンドルフが破滅すると思い、今度こそシルヴィアを殺そうとしたが、色欲に狂ったギルベルト団長により自分は腕を切り落とされた』
話していく間に自分の正しさを再確認したのか、次第にやや興奮気味に「どうだ?」と言わんばかりの勝ち誇った表情になっていった。それを意に介せず、レイナルドは重ねて質問をした。
「その話の中で、フィリップ伯爵令嬢から聞いて知った内容はどれだ?」
「あの女が、本来は伯爵令嬢のものであった立場や肩書きを、自分のものとして騙っていたという事実だ」
「それ以外は?」
「あの女がこの国に来た時点で怪しいと思ったから、俺が自分で調べたんだ」
ここでギルベルトはレイナルドの質問の意味を理解した。ナディアの時と同じく自分の頭で整理させようとしているのだ。それにしても、テオドールの数々の発言はナディアからの入れ知恵によるものと思っていたのだが、今聞いた話によると、せいぜい『フィリップ伯爵令嬢ナディアはクリストフ王の婚約者で、実力、人望共に優れた騎士団長候補でもあったのに、シルヴィアに肩入れした王の変節により、団長の座が奪われた』程度の話しか聞いていない事になる。シルヴィアが伯爵令嬢を地下牢に閉じ込めさせた、アルヴァナのみならずノイエンドルフでも王妃になろうとしている、といった話は果たして伯爵令嬢の話にあったのかどうか。テオドールが勝手に妄想を膨らませた可能性がある。
「では改めて聞くが、ランズウィックがアルヴァナに滅ぼされたのは、騎士団長にすぎなかった我が王が独断で部下を率いてランズウィックに赴き、特に理由もなくやった事だとあんたは考えているのか?」
「バカか!領土拡大を狙っての事だと誰でも分かるだろうが!」
「当時、我が王は騎士団長にすぎなかったと言ったが。聞こえていなかったのか?」
「だから前王を殺したんだろ?!」
「ランズウィックを先に滅ぼしておいてから王を殺して自らが王位に就き、その領有権を主張したと?そもそもあんたはアルヴァナの何を知っている?前王が賢王で我が王が暴君のように言っているが、その情報はどこから得たんだ?アルヴァナへ遊学に出ていたとでも言うのか?それとも他国の評判を聞いたと主張するか?答えてみろ。あんたがそう判断した根拠は何だ?」
「根拠だと?現にノイエンドルフに攻め入ってきたじゃないか!それが根拠だ!」
こんな調子でレイナルドが何か訊いては、最終的に「ノイエンドルフに攻め込んできた」「弟は無惨に殺された」とテオドールは主張した。しかし一つ一つ時系列に沿って訊かれてそれに答えていく内に、ナディアの時と同様に、自分の発言の矛盾点に疑問を覚えていったらしく、やがて何も答えられなくなった。その様子を見てからレイナルドが静かに問う。
「フィリップ伯爵令嬢はあんたに直接会いに来たのか?それとも誰かに呼び出された先に令嬢がいたのか?」
「……誰かに……?そうだ。アルヴァナの王妃候補の女性が、騎士団長を僭称するシルヴィア・オルドリッジに陥れられて牢に閉じ込められていたが、心ある者達に救われてノイエンドルフに逃げてきたので、手を貸してやってほしいと言われて……しかし俺は謹慎室に……部屋に会いにきた?でも謹慎は陛下からの命令で、そもそも部屋に入れるのは陛下と団長と見張りの……」
混乱したテオドールはうめき声をあげ、やがて叫んで暴れ出した。ナディアは女性だったので簡単に取り押さえる事が出来たが、テオドールは騎士として10年以上鍛えてきた男性だ。いかな体格が大きく力が強いレイナルドといえども、取り押さえるのは簡単にはいかない。何より我を忘れて興奮している状態で舌を噛む恐れもある事から、レイナルドはテオドールの口に左腕を当て、噛ませることでそれを防ぎ、その隙にギルベルトは背後にまわってテオドールを羽交締めにした。
「そのままで聞け。いいか?シルヴィアが戦争の中であんたの弟を殺したのは事実だろうが、殺らなきゃ殺られる状況で、あんたならその相手を殺さずに説得でもするのか?あんたも弟も騎士だったんじゃねえのか」
その言葉はテオドールの怒りに火をつけたらしく、口に当てられているレイナルドの腕を更に強く噛んできた。そこから血が滴り落ちる。しかしレイナルドは表情ひとつ変えずに話を続けた。
「殺さずに話し合いで解決を図れるのは戦場にいる人間じゃなく、交渉が出来る立場の人間だ。それが成立するまでは戦うしかねえんだよ。その覚悟もなしに騎士を名乗っていたのか?それとも自分はこの世の中心にいる特別な存在で、どんな状況に置かれても無事でいられるとでも思い込んでいたのか。そんな人間、この世のどこにもいるわけねえだろうが。エーレンフリート王も我が王も、それにシルヴィアも同じだ」
「レイナルド殿。もういい。もう何を言っても無駄だ」
「無駄だろうが、こいつに正常な判断能力がなかろうが、言わないと気が済まねえんだよ。ノイエンドルフは他国との国交がない。にもかかわらずあんたはまるで見てきたように、アルヴァナの事について語っていたな?弟が戦場で殺されたから、相手国家または相手の騎士が非難されるに値する理由を想像で決めつけていいとでも思ってんのか。それともまだ想像ではなく全て事実だと、恨みで歪んだ認知機能で導き出した答えを主張するか。ああ、さぞ死んだ弟も誇らしいだろうよ。自分の為に他国を、他人をこの上なく貶めてそれを仲間に吹聴し、単身和睦の為にやってきた親善大使を殺そうとするような兄を持って。兄貴、やっちまえとあの世で大喜びだろうな」
この台詞に怒り狂ったテオドールは、噛みちぎらんばかりの力を歯に加えようとしたが、その前に腕を更に奥へと押し込まれた。羽交締めにしているギルベルトまでもが、押された勢いで一歩後ずさるほどの力で。
「何を怒っている?事情も為人も知らない他人の事を、想像でこうに違いないと決めつけて侮辱するのは、あんたもやっている事だろうが。それとも自分だけに許された特権だとでも思ってんのか。世の中そんなにてめぇに都合のいいようには出来ていねえんだよ」
これまで冷静に話していたレイナルドは、突然空いている右手でテオドールの胸ぐらを掴み、羽交締めしているギルベルトの腕から引き剥がすようにして引っ張ると、そのまま床に倒して押さえつけた。




