『ノイエンドルフの誇り』
「あの……?」
「いや。似ても似つかないと言うか、真逆のタイプだと思っていたが、お前って案外シルヴィアと似ているのかもしれないな」
「え?そ、そんな事は絶対にありません!私なんて……」
「レイナルドから聞いた話だ。あいつが一度壊れたというのは本人が言っていただろう?事情があって俺とギルベルトは特別に話してもらえただけだから、お前には詳しくは話せないが、あれは本当の事らしい。言葉も話せない。表情も変わらない。食事もろくにとれない。2ヶ月もの間そんな状態にあって弱りきっていたそうだ。そんなあいつが騎士を志して変わった。もう誰も自分のために何かを失わせない。それには強くならなくてはいけない。せめて自分で自分を守れる力が、強い心が欲しいと、そう思ったという事だ」
「そう……ですか」
「あいつを見ていて思った事はないか?あんな風に優しくて女らしい、戦いに向かなそうなシルヴィアが、何故騎士になったのかと」
「……あります。何度も」
「元は普通の商人の娘で、本来は剣など一生握る必要のない人間だった。だが強くなりたいという決意から剣を握り、3年経って今に至ると……まあ、こんな短期間であの強さになるのはデタラメもいいとこだけどな。それは置いておくとしてだ。お前だって守られてばかりでなく、何かしたいとシルヴィア達を見て思ったんだろ?あいつもクリストフ王を見て、誰かを守れる強さが欲しいと思って騎士になったんだ。同じようなもんだ。だからビアンカも今から強くなる事はできると思うぞ」
平和が壊れたと同時に、一度自分も壊れたとシルヴィアは言っていた。それは何となく心が壊れたという意味だと分かってはいた。アルヴァナと友好国家で壊れた国……アルヴァナに壊された国であるランズウィック。シルヴィアはそこの出身だ。国を襲われた時に若い女性がどういう目に遭うかはビアンカも知っている。しかも廃人のようになるまでのショックを受けたという事は、他にも何か酷い目に遭ったのだと想像はつく。なのに立ち上がり、騎士としてあれほど誇り高く強くいられる。並大抵の事ではない。自分も今からでもあのように誇り高く生きられるようになるのだろうか?強くなれるだろうか?そう思っていると、エーレンフリートの手がビアンカの頭を撫でた。
「強さにも色々あるだろ。お前はお前の強さを探すといい。それにもう一つ言っておく。お前は勧められてメイドになったとか、他人の役に立ちたいとか言っていたが、経緯はどうあれお前は優秀なメイドだし、その仕事は他人の役に立っている。少なくとも俺はメイドの皆に感謝している。それは覚えておけ。その上でこれからやりたい事を精一杯、脇目も振らずに頑張れ」
「……っ。ありがとう……ございます。陛下……私はこの国に生まれて幸せです。陛下が王様である事はノイエンドルフの誇りです」
「?!……そっか。ありがとうな。皆からそう言ってもらえるよう、俺ももっと努力しないとな」
クリストフ王もこんな思いをしたのだろうか?ビアンカの両親を殺したのは国王派の人間。敵国でないとはいえ、あの時は間違いなく敵対勢力ではあった。両親の仇である勢力の中心人物の一人であった自分を『誇り』だと言ってくれる……嬉しいが、それ以上に複雑だった。どれほどの思いを抱えながらこの言葉を発したのか。考えるといたたまれなくなる。
「陛下?」
「……いや。じゃあさっきの件はシルヴィアがアルヴァナに帰った後で、正式に進めていくという事でいいな?」
「はい。よろしくお願いします」
深く頭を下げてからビアンカは出て行った。
「この国に生まれて幸せ……か」
ビアンカが出て行った後の扉を見つめつつ呟く。
自分はまだ前王までのやり方を引き継いでいるに過ぎない。それどころか独断でアルヴァナと不可侵条約を結んだ事で、かえって要らぬ混乱を招いている。エーレンフリート自身は未だ少しも疑ってはいないが、アルヴァナ側が世間知らずなノイエンドルフを騙して信用させ、後に併呑するつもりである可能性も皆無ではない。そう危惧する者がいたとして、否定する材料はない。アルヴァナを信用できると思っているのは、あくまでもエーレンフリート個人なのだ。しかしその個人が王であるばかりに、皆が心に不満を抱いていても従わざるを得ない。自分がそういう立場である事を、ビアンカの言葉で改めて実感した。
(今まではノイエンドルフ自体が世界的にそれほど知られていない国だったからな。たまに攻めてくる国はあるが、頻繁というほどじゃない。しかしアルヴァナと交流を持つことで、目をつけられることも今後は出てくるかもしれない。俺の判断のせいで。そうなった時、それでもこの国に生まれて良かったと言ってもらえるのか?)
シルヴィアを招き入れた事で、騎士達に不満を抱かせている。マドラル戦以前は、内乱から立ち上がろうと皆で心を同じくしていたのに。もし今、攻めてこられたら、こんな状態では士気は上がらないだろう。正直なところ、そうなった場合はアルヴァナに協力を仰ぎたい。が、逆にアルヴァナが他国と戦争になった時に、ノイエンドルフが協力できるかと言えば、今の状態では恐らく無理だ。術など関係がなく、下手をすればアルヴァナの騎士を平気で後ろから撃ちかねない。そんなアンバランスな関係は国としての誇りにかけて持ちかけられない。
それでも、様々なリスクを内包していると分かっていても、アルヴァナとの文化交流を図りたい気持ちに変わりはない。彼の国は大国だ。アルヴァナと交流があれば、それを通じて他の国を知る事もできるだろう。内乱に加担し、投降して現在再び王家に仕えてくれている者達もいる現状、未だ開国に夢を抱いている可能性のある彼らに、その一端を見せる事もできる。そうする事で内乱の再燃を防ぐ狙いもある。
(しかし商業分野で交流を図るとしても、この国からアルヴァナに対してアピール出来る特色あるものは何だ?この国にあって他国にないもの……ランズウィックが国で採れる物を技術で資源化できたように、ノイエンドルフ独自のもの。俺達はそれすら知らない。他国を知らなければ自国の事すら分からない。シルヴィアやレイナルドとそういった話をする機会が取れればいいが、今はそれどころじゃねえしな。全ては術者とやらの件を片付けてからの事か)
シルヴィアが来た事で、アルヴァナという国を多少なりとも知った事で、今まで見えなかったものが見えてきた。自分が王としてノイエンドルフをどんな国にしたいのかも、朧げながら見えてきた。それに必要なものも。
内乱の傷は癒えるどころか、隠れていた部分まで表面化しようとしている。人心の安定も未だ図れてはいない。アルヴァナとの交流もエーレンフリートが思う国づくりも、そこに辿り着くまでの課題は山ほどある。それでもビアンカが「陛下が王様である事はノイエンドルフの誇り」だと言ってくれた以上、そう思ってくれる民がいる以上、その言葉にふさわしい王でなければならないと思う。迷っても悩んでもいられない。そうエーレンフリートは決意を新たにした。




