『ビアンカの決意』
「うわっっっ!!」
シルヴィアと打ち合っていたルディが体勢を崩された。かなり下半身の強化に努めているはずなのだが、まだ彼女の攻撃を受けきれない。いくらシルヴィアの身長が高くても、ルディの方が数センチは上回っていて、体格に至っては言わずもがな。なのにどうしても押されてしまう。
本人から聞かされたが、シルヴィアは騎士になってまだ1年なのだという。その前から訓練は受けていたそうだが、それを加味しても自分の方が剣を握っている期間は長いはず。この訓練場にいる大半の騎士はそうだろう。なのにこの差である。『才能の差』という言葉は使いたくないが、やはり自分などがシルヴィアのような騎士になるのは不可能ではないのかと、自信をなくしてしまう。
「はあ……」
「どうされたのですか?」
水分補給の為に休憩を取り、ビアンカが座っている訓練場の隅に行って大きな溜息をついたルディに、ビアンカが問う。
「うん……シルヴィア様の凄さってどこから来るんだろうなと思って」
「どこから……ですか?」
「剣技が凄いっていうのは当然として、気迫?精神力?そういう目に見えないものも俺とは違うのかなって。騎士歴も俺の方がずっと長くて、体力も腕力も多分俺の方があるはずなんだけど、なんだかそこに立っているだけで、もう勝てない相手だって思ってしまうんだよ。それって何に由来するものなんだろう?」
「……ギルベルト様とレイナルド様がお話しされていた事ですが、やはり女性が男性を凌駕するほどの力を持つのは、本来はあり得ない事だそうです。シルヴィア様の場合は武器の急所を捉える才能と、並外れた集中力と精神力はあるものの、それだけでは補えない差はあるはずで、それを埋める為にもはや生命力を削っているのではないかと。確実に体にも精神にも多大な負荷はかかっているはずだという事です」
「え?それって……じゃあ今のまま騎士を続けたらシルヴィア様は」
「そもそも続けられても、あと数年が限度ではないかという事です。それを自覚しているからこそ、あの気迫が生まれるのかもしれません」
そう言ってビアンカは、他の騎士の指導にまわっているシルヴィアの方を見た。その目が悲しそうで、このような話題を振るべきではなかったかとルディは後悔した。そして改めて思い出す。
シルヴィアは戦場でもノイエンドルフに来てからも、いつでも誇り高く正々堂々としていた。普段は穏やかで優しい人柄なのに、いざ剣を握ると圧倒的な力でノイエンドルフの騎士達を打ち負かす。たとえそれが殺意を持って斬りかかってくる相手でも、訓練用の剣で叩き伏せた。その姿はルディにとってあまりにも衝撃的で、なおかつ騎士としての理想像として映った。“カッコいい”と素直に思った。無理をしているようには全く見えなかったから、ただ、ただ凄い人だと。
「……うん。折れてる場合じゃないな」
「ルディ様?」
「俺、騎士に向いていないってずっと思っていたんだけど、向いていないっていう意味ではシルヴィア様の方がよっぽどそうなんだよな。女の人で、性格も優しいし。生命力を削ってっていうのはよく分からないけど、戦場で死ななくても騎士を続ける事でどのみち早く死んでしまうっていうことなら、早くやめてほしいと思う。まだシルヴィア様の事はよく知らない。でも死んでほしくないから。だから今、この国に滞在してくださっている間に、シルヴィア様が騎士でいる間に吸収できる事はしておかなきゃ」
ルディは「よし!」と言って両手で顔を挟むようにして叩くと、シルヴィアのいる方へと駆けて行った。その後ろ姿を見送りながら、ビアンカは様々な感情が入り乱れて泣きそうになっていた。
生命力を削っているからこそ優れた騎士の力を手に入れているというシルヴィアに対する心配、不安。同時に、それを承知で凛として立つ彼女への尊敬と憧れ。戦場で斬られそうになったにもかかわらず、純粋にシルヴィアに憧れ、彼女の教えを受けられる事を喜び、真っ直ぐに努力しているルディに対して覚えた好意。騎士や男性に対して恐怖心や不信感を抱いていた事への自己嫌悪。自分も彼らのように強くなりたいという思い……それらが綯い交ぜになって、気が付けばその日の夜、エーレンフリートに面会を求めていた。
「どうしたんだ?ビアンカ。俺に直接話があると言ってきたのは初めてじゃないか?」
「はい。その前に、陛下にお礼を申し上げたいと思います」
「なんだ、改まって」
「私の両親は逆賊です。なのに陛下は私自身に罪はないと、いつも気にかけて庇ってもくださって。シルヴィア様のお世話係を任せてくださった事も、その為にメイドの仕事を調整してくださった事も、騎士団の訓練の見学を許してくださった事も全て、ありがとうございます」
ビアンカは深く頭を下げた。
エーレンフリートは驚いていた。いつも小さな声で自信なさげに途切れ途切れ話していたビアンカが、ハッキリとした声と話し方でエーレンフリートに礼を言ってる。ここ最近変わりつつはあったが……そう思っていると、続けてビアンカがこう言った。
「陛下のご厚意に甘えてお願いがございます。シルヴィア様がアルヴァナへお帰りになった後、メイドの仕事をしばらくお休みして、医療について学びたいのです」
「医療?」
「他のメイドの皆さんにはご迷惑をおかけして申し訳ないかぎりですが、今のように簡単な傷の手当てだけでなく、もっと本格的な治療もできるようになりたいのです。もちろん手術ができるように、などと大それた事までは考えていません。ただお医者様の補佐ができるくらいには。そうして陛下の、この国のお役に立ちたいのです」
「本当にどうしたんだ?急に。いや、そういった分野の知識を持った人間は一人でも多い方が助かるし、意欲があるものを反対はしねえけど、単純に理由を知りたい」
「私は……これまで何も自分では決められませんでした。メイドになったのも、自主的に何もできない私の将来を案じた両親が、この仕事であれば年を取っても続けられると言って勧めたからです。でもシルヴィア様と出逢って、ギルベルト様を改めて見て、ルディ様を知って、自分も強くなりたいと、何か他人の役に立てる人間になりたいと思うようになったのです。私はシルヴィア様のようには戦えません。ですから」
ビアンカは真っ直ぐにエーレンフリートを見た。その表情を見れば決意の固さは分かる。それはそれとして。
「ルディがね。なるほど」
どうやら知らない間に随分ビアンカとルディは親しくなっていたらしい。確かにルディは大人しく優しいし、ビアンカでも怖がらずに接する事はできそうだ。
他に頼れる家族を持たず、特に親しい友人もいなかったビアンカの今後を心配していたが、これほどしっかりと自己主張ができるようになったのであれば大丈夫かもしれない。恋愛対象として、ギルベルトとは比べ物にならないほど真っ当な相手と親しくなった事も手伝い、エーレンフリートは心から安堵し、またそれが表情に出たらしい。ビアンカは不思議そうな表情を浮かべてエーレンフリートを見た。




