『光明か否か……』
「フィリップ伯爵令嬢。我が王に関する度重なる虚言と暴言、及び我が国の騎士団長を、権限なくして独自の判断で処分しようとした罪で、アルヴァナに帰り次第正式に処罰が与えられるだろう事は覚悟しておけ」
「なっ!何故私が?!クリスがそのような事をするはずがありません!今度は祖父に叱られるでは済まないのですから!」
「ではそう思って、自分は良い事をしたのだと胸を張って帰ればいいだろう。もう好きにしろ」
「あなたもただでは済みませんよ。今は子爵を名乗っていましたか。子爵が伯爵家に暴言を吐いたのですから。ましてや私はクリスの婚約者。あなたは処刑を覚悟しておきなさい」
「繰り返すぞ。クリストフが求婚に行ったかどうかは記録を見れば判明する。そもそも本人が間違いなく否定する。子爵の俺が伯爵令嬢のてめぇに暴言云々は、我が国のルールに則れば裁定はクリストフが下すだろう。前王の時は貴族が好き勝手に気分次第で民を殺していたからな。あいつが王になった時点で、貴族の揉め事は王がそこに至る事情を調査、加味して裁定する事になった。知らないわけじゃねえだろう」
「理不尽な!クリスに任せれば友人のあなたに有利な裁定になるに決まっているじゃありませんか!」
「妙な事を言うな。ずっとてめぇが主張している通りなら、腰巾着の俺ごときより愛するてめぇを最優先に考えるはずだろうが。何故俺が有利だと考える?」
「え?……あ…………」
ナディアは目に見えて動揺していた。いや、それだけではない。青ざめた顔には大量の汗が流れ出し、両手で頭を押さえて呻き声を上げ始めた。それを見たレイナルドはナディアを取り押さえ、誤って舌を噛まないよう猿ぐつわを噛ませた上で両手を後ろ手に縛り上げる。暴れた場合を想定して用意してきていたのだ。当然抵抗して暴れたナディアだが、レイナルドが抱き上げてソファーに座らせた上で、頭を撫でてやると落ち着いた。
「いくつか質問する。頷くか首を横に振るかで答えてくれ。お前がエーレンフリート王とシルヴィアを呼び出す際のメモに書いたという『例の男』は、具体的に誰かを指していたのか?」
レイナルドが静かに訊くと、ナディアはすぐに首を横に振った。
「ここに来たのは、『クリストフと婚約した事を、ノイエンドルフへ報告しに行け』と誰かに言われたからか?」
今度は頷く。
「メモは、報告しに行くよう言った誰かに指示されて、お前が書いたのか?」
再び頷く。レイナルドは優しい目で「良い子だ」と言いながらまた頭を撫でる。
「これは大事なことだから、ちゃんと考えて答えてくれ。答えられるまで何も言わずにずっと待ってやるから。今でも自分はクリストフ王から求婚されたと思っているか?」
そう問われ、ナディアは目を大きく見開いた。そうして再び呻き声を上げながらもがき始める。レイナルドはナディアの肩を押さえつつ頭を撫で、「大丈夫だ」と声をかけ続けた。そのまま10分ほど経っただろうか。ようやく落ち着いたナディアが首を横に振った。
「そうか。よく答えてくれたな。ありがとう」
ナディアは呆然としてるようだった。自分の答えが理解できていないのか、正気に戻ったからなのか。ともかくこれ以上の尋問は負担が大きいと考え、レイナルドは猿ぐつわと腕の拘束を解いた。
「乱暴なまねをしてすまなかったな。部屋から出すわけにはいかないが、この後はゆっくり過ごすといい。何か欲しい物はあるか?」
「……本。バカみたいな物語が読みたいです」
「分かった。適当に見繕って買ってくる。他には?」
「レイナルド子爵」
「何だ?」
「あなたと少し話したいです」
「…………すぐには無理だが、時間ができ次第また来る。本はすぐに用意するから少し待っていてくれ」
もう一度頭を撫でてからギルベルトと書記官に声をかけ、3人は部屋を出た。まだナディアの状態が不安定であるため、ギルベルトが見張りの者に部屋の中で見張るよう指示を出し、少し離れた所で3人揃って大きく息を吐き出す。
「貴殿はなかなか恐ろしい人物だな。あの全く話の通じなかった令嬢が、あれほど素直になるとは」
ギルベルトが素直に賞賛の気持ちを込めて言うと、書記官も頷く。
「いや、まったく。私も驚きましたよ。まるで魔術を見ているようでした」
「そんな大層なもんじゃねえよ。ただ話している内に少しずつ正気に戻るというか、混乱していってるように見えたからな。元々が甘やかされて育った世間知らずのお嬢様だ。よしよししてやりゃ少しは素直になるんじゃねえかと思っただけだ」
「好意を持たれたのではないか?」
「ありえないな。病的なほど気位が高い伯爵令嬢からすりゃ、肩書きだけの子爵などゴミみてえなもんだろ」
「では貴殿と話したいというのは、どういった理由からなのだろうな」
「さあな。実は入団テストの際にはすでに術にかけられていて、その前は割と普通の貴族のお嬢様で、正気に戻ったお陰で不安になったから……だったら楽でいいがな」
多少からかい混じりに言うギルベルトに、苦笑しつつレイナルドが応える。
ナディアの印象としては、自分で陰謀を企てる事は出来ないように見えるし、たとえ不意打ちでレイナルドを害そうと考えているのだとしても、彼女の実力では不可能だ。ノイエンドルフに彼女の支援者がいて、毒なりを盛ろうとしても、この男が油断をして引っかかるとも思えない。なので万が一ナディアが何か企んでいるとしても問題はないだろうと、ギルベルトは判断した。
「そう言えば、伯爵令嬢にした質問で何か分かったのですか?」
「申し訳ないが内容は俺からは話せない。エーレンフリート王に報告をして、必要だと判断されれば王から話があると思う」
『例の男』は具体的に誰かを指してはいない。
婚約の報告をノイエンドルフへしに行けと“誰か”に言われた。
メモはその“誰か”に指示されてナディア自身が書いた。
落ち着いて考えたところ、自分はクリストフに求婚されたとは思っていない。
つまりナディアはアルヴァナの術者に実際に接触して指示を受けて動いたと証明された事になる。指示したのがダゲール伯という可能性も皆無ではないが、レイナルドの追求に、徐々に混乱していった様子といい、落ち着いた後にはクリストフからの求婚は無かったと理解できた事といい、尊敬する祖父の言いなりになっていたというより、やはり何らかの術でそう思い込まされていたようにギルベルトにも思える。
そうしてこの一件でもう一つ分かった事がある。術によって思い込みや不満を増幅させられたり、思考操作されるなりした人間も、ある程度正気に戻せるということだ。完全に術の支配下から逃れられるのかどうかはまだ分からないが、あの短い時間のやりとりでも正気に戻った(という表現が正しいかどうかはともかくとして)のだから、可能性はあるのではないだろうか。
(……しかし内乱時は話をする余地もなく、瞬く間に混乱状態に陥った。あのような状態でまともに話ができるとは思えん。テオドールにしても、今回の件は伯爵令嬢の妄言だと理解できたとて、シルヴィアに対する恨みまでは消せない。あくまでも気休めにしかならないか)
「で、ギルベルト卿。俺はこの後エーレンフリート陛下に報告に行きゃいいのか?それとも他に何かやる事はあるか?無けりゃお嬢様の言う“バカみたいな物語の本”を買いに行くが」
「え?ああ。……そうだな。その前にもし良ければだが、我が国の馬鹿どもの聴取も手伝ってもらえないか?」
「テオドールとかいう奴もか?そいつはアルヴァナを恨んでいるんだろ?俺では余計にこじれる気もするが」
「そう。加えてあいつは現在まともではない。無礼な事も口走るとは思う。ゆえにどうしても、とは言えないが、エーレンフリート様でも話にならなかったのであれば、逆に貴殿相手ならムキになって少しでも正気に戻るかもしれんと思ってな」
「無礼はお嬢様で耐性がついたから気にしねえよ」
「では引き受けてもらえるのか?」
「ああ。シルヴィアがここに残る以上、そいつにはある程度正気に戻ってもらわねえとな。恨み続けるのは当然だし構わねえが、殺させるわけにはいかない。話す上でこっちも暴言も吐くだろうが、それは承知しておいてくれ」
こうしてレイナルドは先にテオドールの聴取に赴く事になり、その後に再びナディアの元を訪れるという、非常に精神的に疲れる1日を過ごす事となった。
一方シルヴィアは、彼女の負担を考慮したエーレンフリートにより、
「お前はうちの団の指導、特にルディの指導があるだろ。そっちを頼む」
と言われ、その配慮に感謝しつつ了承した。




