『レイナルドvs.ナディア』
(しかし、あれだな。さっさと事を解決してシルヴィアを連れ帰らないと、下手すりゃエーレンフリート王に惚れてしまうんじゃねえか?クリストフが振られちまう)
そんな事を半ば冗談で思ってしまうほどに、エーレンフリートは王としても人としても尊敬に値する人物だった。国交が無かった事からノイエンドルフに関する情報はあまり多くなかったが、エーレンフリートが非常に求心力のある人物で、内乱が収まったキッカケも彼であるという事は知っていた。ゆえに最初にシルヴィアと共にこの国へ来た際、彼の事を『カリスマ』と呼んだのだが、自らのその発言が正しかったのだと、ここへきて実感したのだ。王になるべくして生まれてきた人物……そのように思えた。
涙の跡を消すためにハンカチで軽く頬を拭ったシルヴィアは表情を引き締め、心に刻むように再びクリストフからの手紙を見た後、エーレンフリートへと向き直った。
「エーレンフリート陛下。先日陛下は私にアルヴァナに帰るよう仰いましたが、改めてお願いします。今しばらくノイエンドルフに滞在する事をお許しください」
「俺は構わないが、お前は本当にそれでいいのか?」
「はい。我が王より、私の判断を尊重してくださるとのお言葉を頂戴しましたから。ここからは私の考えで行動します。何を好機と思ったのか、または焦る事情が出来たのか、単なる撹乱のためという可能性もありますが、ともかくフィリップ伯爵令嬢を使って派手な動きを見せてきた以上、近々大規模に何か仕掛けてくるかもしれません。伯爵令嬢を使った事で、現在術者またはその関係者がアルヴァナにも存在して、行動を起こしているのは確定しましたし。ですから私はノイエンドルフに残ってこちらの術者の対応にあたりたいのです」
「アルヴァナでも動きがあるなら、君はそちらの方が気掛かりではないのか?」
「それは無論。ですがアルヴァナは不満分子の当たりが付けやすい事もあって、我が王がすでに策を講じていると思われます。それにグレン副団長がいますから。彼は現在あらゆる意味で我が騎士団最強の騎士です。下手な小細工など通用する人物ではありませんし、彼がいれば大丈夫です」
先刻の涙が嘘だったかのようだ。エーレンフリートとギルベルトも今では見慣れた、揺るがない意志の強さを紅い瞳に宿らせたシルヴィアに戻っている。安心する一方で、目指すものが明確で、迷いなどないと思っていたシルヴィアですらこのようになってしまうのかと、危機感が更に強まった。フィリップ伯爵令嬢やテオドールの異常さを目の当たりにして、自分もそうなってしまうのではないかと不安になった為であろうが……。
「……レイナルド。少し俺から頼みたい事がある」
「は。何でしょうか?」
「アルヴァナの事情もあるだろうから無理は言えないが、滞在期間を延ばしてあの伯爵令嬢の聴取、それにこの国に潜んでやがる術者か関係者についての、出来るだけ詳細な情報の共有を頼みたい。可能か?」
「これは両国の問題だと判明したわけですし、そうさせていただきます。シルヴィア。お前にも密偵との連絡手段を伝えておく。先にそうしておくべきだったのだろうが、まあ今更言っても仕方がないからな」
そうしてレイナルドは現在つかんでいる情報と、クリストフの推論に基づいた今後の動きについてエーレンフリートとギルベルトに話し、ノイエンドルフの方でも不審または不穏な動きがないか探ってほしい旨を伝えた。その後、ギルベルトと書記官を伴ってフィリップ伯爵令嬢ナディアを軟禁してあるという部屋へ赴き、かの令嬢と対面した。
「あら。妙な所でお会いしますね。クリスの腰巾着の……ええと、何というお名前でしたっけ?」
わざわざノイエンドルフの人間の前でレイナルドの本名を明かしておきながら、白々しくそう言う。
「その若さでもうボケてんのか。別に気の毒にも思わねえが」
「皮肉も分からないのですか?あなたごとき、名前を覚える価値もない人間だと言ったつもりなのですけど」
「てめぇに覚えてもらわなくても俺は困らねえよ。『新人の教育係をしていたじいさんの孫』」
皮肉に挑発で返す。
ギルベルトとシルヴィアが尋問しても、終始ある意味では余裕がある態度を崩さず、話が全く通じない事も相まって(この令嬢は本物の狂人なのではないか?)と思っていた。が、レイナルドの挑発に驚き、次いで顔を真っ赤にしてワナワナと震えている様子を見て、彼女もまだ人の話を理解できたのかと意外に思う。と同時に自分とシルヴィアのやり方は真面目すぎたのだなと、ギルベルトは苦笑混じりに反省した。
「また祖父をそのように!それに私はクリスの……」
「黙れ。あいつを愛称で呼んでいい人間は、現在この世にはいない」
静かに、だが強い怒りを含んだ調子で言う。
レイナルドは以前、クリストフから少しだけ彼の亡き両親の話を聞いた事がある。その時の話の内容から『クリス』と呼ばれていた事を知った。しかし乳母だったアンヌや、クリストフの父親と旧知の仲で、現在は補佐官を務めているジュリアンを含め、他に彼を愛称で呼ぶ者は誰もいない。親友である自分とてそうだ。特に愛称で呼ばれる事を嫌厭していたというわけではないだろうが、若くして騎士団長になり、現在は王である立場の人間を気やすく呼ぶ者などいなかったのだ。今目の前にいる非常識な人間以外は。
「……てめぇ、クリストフの婚約者だとかぬかしてやがるらしいな。バカか。あいつがてめぇなんかと結婚するはずがあるか」
「いいえ!間違いなく求婚されました!貴女のように美しく聡明で、なおかつ剣術にまで長けている女性は他にはいません。是非とも私の妻になってくださいと!一言一句間違いなく覚えているのが証拠です!」
「いつだ?」
「は?」
「求婚されたという、その日時を聞いているんだよ。時間は正確でなくてもいい。言ってみろ」
「あなたなどに答える必要はありません!」
「じゃあ嘘なんだな。アルヴァナで、てめぇが勝手にクリストフに求婚されたと喚いて婚約者面していると公表させてもらうぞ」
「わ、私は嘘などついていません!求婚されたのは3ヶ月ほど前の夜20時頃でした。突然我がフィリップ伯爵家に指輪と花束を持ってこられて、その場で求婚されました。これが証拠の指輪です」
そう言ってナディアは大きな宝石が付いた指輪を自慢げに見せる。レイナルドはそれを一瞥すると、わざとらしく首をひねった。
「変だな。あいつは妻となる女には、亡き母の形見の指輪を贈ると常々言っていたが、そんな宝石など付いていなかったぞ」
「えっ?!そ、そうでした!これは求婚の証のものではなく、単なる贈り物でした。形見の指輪は自宅の机の引き出しに入れてあります」
「人様、それも王の大事な形見を引き出しなんぞに入れんなよ。そもそもあいつはそういう事に頓着しない人間だ。妻となる女には形見の指輪を〜などと言うわけがねえ。むしろ好みのデザインを本人に聞いてから用意するだろうな」
「どういう事ですか?」
「頭悪りぃな。形見の話は嘘だって言ってんだよ」
「騙したのですか?!」
「カマをかけたと言え。それにてめぇも適当な嘘ついてんじゃねえか。何が引き出しに入れてあるだ。あとついでに言うが、あいつの行動は補佐官によって記録されている。それを調べればてめぇが求婚されたという日時前後にクリストフがフィリップ家に行ったかどうかも全て分かる。何しろ王が求婚しに行くという重大事の記録を改竄する意味は、王室にとって皆無だからな」
「そ、それは……周囲の者たちが、あのシルヴィアとかいう下賤の者に同情して肩入れしていますから。それで改竄する事も……」
「ふん!そんなワケあるか。本当にクリストフがてめぇに求婚しに行ったなら、記録を改竄したところで事実は変えられないだろうが。それに王の婚約者を名乗っている分際で、他国に親善大使として送った人間を下賤の者呼ばわりしていいと思ってんのか。アルヴァナがそんな者を大使にする国だと妃候補が宣言している事になるわけだが、てめぇはアルヴァナとクリストフを大々的に貶めたくて仕方ないみたいだな」
「私はアルヴァナの王妃になるのです!夫と国を貶めるつもりなどありません!無礼も大概にしなさい!クリスの腰巾着の分際で!!」
「……もういい。分かった」
レイナルドの声のトーンが変わった。『クリス』という呼び方に怒りは見せたが、態度はずっと挑発的だったのだ。それが急激に冷めたようにギルベルトの目には映った。




