『帰れません』
レイナルドは今までがそうであったように、まずエーレンフリートとギルベルトに話を通したいという事で、場を解散してシルヴィアを含め4人でギルベルトの部屋へと移動した。
そこで最初に昨夜の騒動についてレイナルドに伝えたところ、彼は特に驚きもせず、一度大きく溜息を吐いてエーレンフリートに向かって頭を下げた。
「まずフィリップ伯爵令嬢の不始末についてお詫びさせていただきます。申し訳ありません。大層鬱陶しくはあっても大した害はないだろうと放置していた我々の責任です」
「いや。それを言うならこちらも親善大使であるシルヴィアに対して、失礼では済まない事を色々やらかしている。今回の事も……。すまない」
そうしてお互いに謝罪を済ませてから、レイナルドにエーレンフリート達が知りたかった情報について聞いた。
「シルヴィアがアルヴァナに帰るという伝聞は、恐らく我が王は聞いてはいないでしょう。もし帰る気だと知っていれば、一も二もなくすぐに私に迎えに行くよう命じたはずなので」
「つまり……」
「アラン(伝令)は途中で事故なり拉致なり殺されるなりしていると考えるのが普通ですね。実は奴らの仲間という線もあり得ますが。いずれにせよ今確実なのは、シルヴィアがアルヴァナに帰る意向だという話が初耳だという事です」
「アルヴァナの現状は?どこかで不和の兆しが見えていたりは……」
「あると言えばずっとあるし、ないと言えばない。それこそダゲール伯のような不満分子はクリストフが王になった当初からいる。シルヴィアが騎士団長になった際も揉めるには揉めた。が、ダゲール伯やフィリップ伯爵令嬢のような話が通じない人間は他にはいないし、奴らがおかしいのは今に始まった事ではない」
ギルベルトの質問にレイナルドは淡々と答えたが、ナディアの言動を思い出してエーレンフリートとギルベルトは他人事ながらうんざりとした気持ちになった。そしてそのナディアと同程度に話が通じなくなっていたテオドールの事を思い出し、単純に他人事とは言えないのだと気づいてゾッとする。
「レイナルド。私からも聞きたい。昨日の件でダゲール伯と伯爵令嬢があの入団テストより前に既に術にかかっていた可能性を疑ったのだが、果たしてその術とやらがどの程度の期間有効なのか。または術者が解くなり死ぬなりするまでは解けないものなのか。お前はどう考える?」
「シルヴィアもそう考えたのか」
「私も、とは?」
「クリストフが似たような事を言っていた。しかもあいつが言うには、術者そのものか最初の依頼者かは分からないが、そもそもの始まりはアルヴァナの人間だったんじゃねえかって事だ」
シルヴィアはダゲール伯やナディアに関しては、前から術にかけられていた可能性を考えていたものの、術者については悪意を持った個人と考えていた。当然エーレンフリートとギルベルトもシルヴィアと似た考えであったので、どういう事かとレイナルドに続きを促した。
「クリストフが最初に奴と遭遇したのは十数年前ですが、それ以前に奴の存在を匂わせる出来事は軽く調べたところなかったそうです。詳しく調べれば違う結果が出るかもしれないので、あくまでも仮説という事です」
そう前置きをした上でクリストフから聞いた話をエーレンフリート達に伝えた。
まず最初の時点でアルヴァナ騎士団の一部の者が、何の罪もない民を殺すという不祥事を起こして汚点が残り、騒動に絡んで団員も一部失った。次はランズウィック。これは友好国家に対する突然の侵略行為で、言うまでもなく他の友好国家から不信感を持たれ、近隣諸国には危機感を抱かれた。今も完全に払拭されているとは、恐らく言えない。次にマドラル。あの愚かな人物が王位に就いた事で、同盟関係にあるアルヴァナはしばしば騎士団を派遣させられ、それに伴い団員もそれなりに失った。ノイエンドルフに攻め入った先の戦争も同様。しかも布告もなしに仕掛け、なおかつ敗北するという不名誉に付き合わされた。マドラルが主体であったとはいえ、アルヴァナも参戦していたのは事実だ。あの戦争はマドラル側に一切の義はなく、クリストフとしては勝ってはいけない戦だと考えていたので、負けた事で何と言われても気にしないのだが、対外的に国のイメージは損なわれた。
アルヴァナとマドラルの前王については、元々が『この世の全てのものは自分にとって都合よく動くべきである』という考えの持ち主であったので、侵略行為を行わせるのは非常に簡単だっただろう。ランズウィックがターゲットになったのは実戦能力のある騎士団を持たない国であった為。ノイエンドルフは3代に渡って他国との交流を避けてきた国で、内乱の種はそこ此処に散らばっていた。そうして内乱で疲弊させて今が好機と吹き込むだけでよかった。いずれにせよ、全て成功しても失敗してもアルヴァナの名誉は傷付く。アルヴァナは暴君、マドラルは愚王。どちらも放っておいても国の名誉などないに等しい行いばかりであったが、一応世界的に孤立しては都合が悪いという程度の認識はあったので、最低限越えてはならないラインは越えなかった。そこを越えさせる事で他国に「あの国は信用できない」と思わせる事に成功した。あとはどの国であろうと、あるいは複数の国家に「アルヴァナがまた前触れもなしに侵略戦争を仕掛ける計画を立てている」と吹聴すれば、アルヴァナは間断なく、または複数の国から一斉に攻め込まれ、長くはもたず滅びると……。
術者に依頼、もしくは術者そのものがアルヴァナの人間ではないかと考えたのは、大した根拠があるわけではないらしい。ただクリストフは騎士団長であった事から、前王が突然やってきた外部の人間の話に耳を貸すような人物ではなかったと知っている。用心深いからではなく、自分は至尊の存在であるため、親しく言葉を交わせるのは親類縁者と一部貴族のみで、外部の者など同じ部屋に入れるとも思うなという考えからである。ゆえに前王に何か吹き込める者がいるとしたら、周辺にいた者ではないのかと思ったのだ。
「クリストフは、全て“アルヴァナを滅ぼす事が目的で動いている”という前提で導き出した事で、別の視点から見れば全く違う予想が立つだろうとも言っていましたが」
「マドラルのロワイエ殿をあえて殺さずにいた理由はどう考える?」
「これはあくまでも俺の推測に過ぎないが、前王があまりにも愚かだったので、最初はそれを有効利用できたとしても、いずれ予測不能なミスを犯す……例えば何らかの術者の情報を漏らしたりといった事をやりかねなかったために、折を見てロワイエ殿を使って殺すつもりであったとか。生かしておけばどう転んでも使い道があるとでも思ったのかもな」
「しかし、さっきのクリストフ王の推論が正しいなら、王の存在はそいつにとって誤算と言うか、厄介だろうな。アルヴァナやマドラルの前王のように妙な入れ知恵をしても乗っからねえし、ランズウィックにもマドラルにも自らの責任において国が落ち着くまで協力すると、第三国を交えて公式に約束を交わしたし、ノイエンドルフに至っては不可侵条約を結んでしまったときた。計算外もいいとこだろ」
「一度遭遇していながら、術にかからなかったという事実もありますからね。しかも王になる前は史上最強の騎士で、純粋に力ではまず敵わない。他国からの信用があり、民からも崇拝されていると言っていい程に人気が高い……手詰まりですね」
「……そう。疑い深く、頭も回る。が、そんなクリストフにも弱点はある」
レイナルドは口にはしなかったが、全員それがシルヴィアの事であると分かった。つまりフィリップ伯爵令嬢をノイエンドルフに来させたのは、シルヴィアに揺さぶりをかける、もしくは上手くいけば殺すのが目的という事だ。彼女に恨みを抱いているテオドールを使っているところからも、最終的には殺すつもりなのだと分かる。無論シルヴィア自身にもそれは分かったようで、蒼白になって険しい表情を浮かべている。
「……シルヴィア。お前がアルヴァナに帰るつもりだと聞いて安心した。この国の事は心配だろうが、術者の野郎をとっ捕まえるまで、俺がお前の代わりにノイエンドルフに残って協力することも考えている。だからクリストフの返事など待たずにとっととあいつの元に帰って安心させてやれ」
「…………できません」
「シルヴィア?」
「帰れません。レイモン様。申し訳ありません」
騎士団長となってからは決して人前で口にしなかったその名前を呼んだ。そして敬語。レイナルドのみならずエーレンフリートとギルベルトもどういう事なのかと驚き、その視線をシルヴィアに集中させた。




