『齟齬』
翌日、エーレンフリートは騎士達に、シルヴィアとギルベルトはナディアに話を聞いたのだが、やはり要領を得ない内容ばかりであった。まずテオドールは未だナディアの話を信じていて、
「団長はあの女に唆されて陛下を殺そうと計画しているんです。俺はそれを阻止しようとしただけ」
「あの女の本性を陛下はご存じない。アルヴァナの王にはあの伯爵令嬢という婚約者がいると知りながら、騎士団長という立場を利用して王に近づき、体を使って骨抜きにした上でノイエンドルフを攻めさせた諸悪の根源」
「そもそもアルヴァナの王は腑抜けで、色落としに引っかかってあの女を騎士団長にした。本来は剣の腕も人望もアルヴァナ一と謳われる伯爵令嬢が団長になる予定だったそう」
などと捲し立てた。密偵からの連絡を装いエーレンフリートとシルヴィアを呼び出した事について聞こうにも、もしその存在を知らないとすれば、みすみすアルヴァナの密偵が動いていると教える愚を犯す事に繋がるので下手に口にも出せず、ただナディアとどういった経緯で知り合ったのかを問い質した。が、それについても答えようとはせず、ひたすら“いかにシルヴィアが危険で悪辣な人間か”を訴え続けるだけだ。自分がどれほど矛盾した事を言っているのかにも気づかぬまま。
「……テオドール。言いたい事は山ほどあるが、とりあえず聞きたい。婚約者を自称しつつ、他国に来て王を侮辱する発言を繰り返す、シルヴィアの事も一方的に悪評を流布する、あまつさえ自国の騎士を奴隷と呼ぶような人間の発言を何故信じた?」
「陛下はお優しいので、今この国にいるあの女を信じようとなさるあまり、客観的に物事を見られていないんです。ランズウィックは滅ぼされたのに、あの女はアルヴァナで特別扱いを受けている。クリストフ王が前の王を殺した。美人の婚約者がいながらあの女を騎士団長に任命するほどに、王はあの女に骨抜きにされている、または元々腑抜けで簡単に色落としに引っかかった。全て事実ですし辻褄も合っています。逆に何故それが分からないんですか?」
「お前は戦場でシルヴィアの強さを見たんじゃなかったのか?なのに実際に剣の腕を見た事がないあの令嬢の方が上だと信じる根拠は?」
「あの女が強いというのは勘違いです。思い出してください。女騎士が相手という事でみんな手加減してやっていたじゃないですか。弟も心優しいがゆえに女を斬れないと躊躇したところを殺されたんです」
「ほう?お前とロニーが真剣を持って、あいつが訓練用の剣を持って、殺すつもりで2人対1人で斬りかかったにもかかわらず殺せなかったのも手加減だったのか」
「……今思えば無意識のうちにそうしていたんだと思います」
「じゃあシルヴィアより強いはずのお前は、訓練に来ている全騎士団員相手に、ギルベルト込みで手合わせして、その全員に勝てたはずだよな。ロニーも。お前達がそれほどの手練れなら、周辺諸国にギルベルトと共に名を知られていたはずだと思うが」
「俺はもう騎士は廃業ですよ!団長に腕を斬り落とされましたからね!」
「いい加減にしろ!今はそんな話をしているんじゃねえ!俺が言っているのは、自分の目で見た事実より、明らかに悪意を持った、ただの悪口レベルの話を信じてしまうてめぇをおかしく思わないのかって事だ!」
あまりの話の通じなさに怒ったエーレンフリートが、声を荒らげて言った。
つい先日まではここまで酷くはなかった。シルヴィアに対する恨みはあっても、その人格までも否定する発言はしていなかったのだ。少なくともあの騒動後には。ゆえに思う。内乱の時もテオドール達も、心の中にあるわだかまりや不満を増幅させる術を持った何者かと接触したのだろうと。なのにまともに話が通じず、その情報も聞き出せない。こんなナンセンスな話があるかと。
「俺は別に、お前にシルヴィアを尊敬しろとまでは思っていなかった。恨むのは仕方がない。が、俺達ノイエンドルフの人間が事実を知りようもないランズウィックの件を持ち出して、当事者であるシルヴィアやアルヴァナの騎士達の話ではなく、それに一切関わってもいない、戦場に出た事もない貴族の女の話を信じてあいつの人格まで否定する必要はあるか?その話を事実かのように、他の奴らに吹聴して騎士同士の不和を呼ぶ必要はあるか?お前達がやった事はシルヴィア個人を攻撃して恨みを晴らすことじゃねえ。親善大使と、これから国交を結ぼうとしている国の王を侮辱し見下し、あまつさえ独断でその大使を殺してアルヴァナに宣戦布告をしようとした。ギルベルトが俺を殺そうとしているなどと言って自分の行動を正当化し、皆を動揺させた。結果、いずれにせよ下手をするとまたこの国が戦禍に見舞われかねない原因を作った。それを分かっているのか?」
「陛下が選ばれたのではありませんか。ノイエンドルフは他国と国交を結ばない。独立した国でいようと。そうして反国王派を殺したのに、今更何故、しかも戦争を好むアルヴァナなんかと国交を結ぶのですか?これでは死んだ人達は全員無駄死にじゃないですか!」
「はあ……話にならないな」
「卑怯ですよ、陛下。反論できないからといって、そんな風にごまかすのは」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる。論点をすり替えて自分の行動を正当化すんなと何度言えば……いや、もういい。お前と話す事はもう何もない」
テオドールと言葉を交わすのはやはり無駄なのだと理解した。内乱の際、反国王派はまず要求を訴えるべきだったと、それで妥協点を探るべきだったのだと思っていたが、テオドールのこの様子を見ると、恐らく無理だったのだろう。
自分が正しいという大前提があり、それを否定する言葉にはいちいち反論するが、都合が悪くなると論点をすり替える。姑息な論法を用いているので、主張に一貫性はなく矛盾が生じる。自分は正しいのだからそれを否定する人間は全て悪だと信じ、根拠のない落ち度を捏造して相手を非難する。こんな調子では、反国王派の者達も自分達の要求を訴えるばかりで、相手の話など聞かなかったはずだ。
例の男の仕業……果たして本当にそうなのか?自分が“こいつらだって、少し不満に思っていた程度だったものを、その男によってそれを増幅させられておかしくなった”と思いたいだけなのでは?あまりの徒労感にそんな考えが頭から離れないまま夜になり、気がつくとエーレンフリートはシルヴィアの部屋の前に立っていた。
「陛下?」
「シルヴィア、こんな時間にすまない。少しいいか?」
「はい。どうぞ」
エーレンフリートを部屋に通したシルヴィアは、彼がどこか落ち込んでいる様子である事に気付いた。先にソファーを勧め、自らは「少々お待ちください」と部屋を出て行く。
一人部屋に残ったエーレンフリートは、ふと室内を見渡す。元々ここは誰が使っていたか……。他国との交流を極力断つようにしてきたため、この城には客室に該当する部屋などない。ゆえにこの部屋も要人の誰かが使っていたはずだが、随分前から空室になっていた。シルヴィアを迎えるにあたってここを仮の客室に決め、カーテンやシーツなどは新たに用意はしたが、調度品等は以前からあった物で、特に女性向けに用意したものではない。なのに心なしか華やかな雰囲気に見える。そして部屋中が優しい香りに満ちている気がした。
(家は人が住んでいないと荒れると聞いたことがあるが、それと似たようなものか。あいつが来る前と今では別の部屋のように見える)
花のような香りが漂っている。不思議な安心感をおぼえ、ソファーに腰掛けたままエーレンフリートは眠りに落ちた。




