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Crimson Snow  作者: mya
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『静かな怒り』

「なあ、お前ら。分かっているか?もしシルヴィアを殺したら、クリストフ王はこの国を絶対に許さないぞ。アルヴァナには同盟国も多い。何よりあの国は大国だ。俺達に勝ち目はない。それともあいつを受け入れた俺に嫌気がさして、こんな国など滅びればいいとでも思ったのか?」


「そんなはずありません!陛下が王太子でいらっしゃった頃から今に至るまで、いつも俺達下っ端にも親しくお声をかけてくださって、家族の具合が悪い時には家に見舞いにまで……」


 言いながら騎士は困惑していた。

 そうだ。どうして自分はこんな事をしたのだろう?少し考えれば分かる事だったのに。親善大使として来ているシルヴィアを殺すという事は、アルヴァナに対する宣戦布告も同然だ。そして戦争慣れしたアルヴァナにノイエンドルフが勝てるはずがない。自分は、自分達は下手をすると国を破滅へと導くところだったのだ。


「うわああぁぁぁ!!!申し訳ありません!申し訳ありません、陛下!俺は…………っ!」


 半ば錯乱状態で自分の首に剣を当て斬ろうとする騎士の腕を、エーレンフリートは掴んで止め、剣を取り上げた。

 涙は流していない。が、また内乱の時と同じような表情をしている。反国王派に与した騎士達が剣を下ろしてしまったほどの、あの悲痛な顔を。


「…………話を聞かせてくれ。こうなるに至った事情を知りたい」


「……はい」


 抵抗する気も自殺する気力も失ったらしい騎士を連れ、時計塔に向かって歩いていく。取り押さえられた騎士達の横を通り過ぎる際、怒りと哀しみが等分に混ざった複雑な表情で彼らの方を一度見た。騎士達はテオドールを除き、皆がエーレンフリートに向かって口々に謝罪なり言い訳なりを言い立てていたが、それには反応せず、ギルベルト達に指示だけ出してそのままシルヴィア達の方へと向かった。

 この場に残っていたロイスとルディが頭を下げる。それに対しては軽く頷いて、すぐにシルヴィアと『ダゲール伯の孫』の傍に立った。


「シルヴィア。見た事ない顔だがそいつは誰だ?」


「ナディア・ド・フィリップ伯爵令嬢。ダゲール伯爵の孫にあたられる方です」


「ああ、そいつが例の。何でこの国にいるんだ?」


「申し訳ありません。聞き出そうとしましたが、話す気はなさそうです」


「そうか」


 深く溜息をつき、エーレンフリートは持っていた剣を“ナディア”という女性の顔の横に突き刺した。


「黙って聞いていれば先程から何ですか。まずは貴方から名乗りなさい、無礼者!」


 この期に及んでも自分の置かれている状況を理解していないらしいナディアは、エーレンフリートに向かってそう言い放つ。それを聞いたシルヴィアが無言のままナディアの肩の関節を抜こうとした。悲鳴が響く。シルヴィアは無表情だったが、エーレンフリートはここに来て初めて彼女の本物の感情を見た気がした。


「……やめろ、シルヴィア。そういうのはお前に向かねえよ。そいつを罰するなら俺がやる」


「罰……する?この私を?クリスの……婚約者たる私にそのような事をしたら……アルヴァナと戦争になりますわよ。……よろしいのですか?」


「クリス?まさかクリストフ王の婚約者だとかぬかしてやがんのか?」


「そうです!……私に頭を下げて懇願を」


「うるせえ!いい加減にしろ!そもそも人を呼び出しておいて、俺の顔も分からねえときてやがる。何の茶番だ、これは?!バカにしやがって!」


「はあ?なんと下品な……」


「悪いな、品がなくて。だがこれでも王なんでね。伯爵令嬢ごときに偉そうにされる筋合いはねえよ」


「王……ですって?」


「だから言っただろう。呼び出しておいて俺を知らねえのかと。俺はノイエンドルフ王、エーレンフリート・アウデンリートだ」


 その名を聞き、ナディアは「まずい!」という表情を浮かべた。本当にこの女は何なのかと、真剣に疑問を抱く。レイナルドから聞いた話だけでも頭がおかしいのかと思っていたが、実際に会うとこの話の通じなさは徒労感を覚える。何より誰が聞いても荒唐無稽だとしか思えない事を真実だと思い込んでいるのが解せない。そう。まるでクリストフ王が本当に自分に向かって頭を下げて「結婚してくれ」と懇願した様を見たかのように。


(!……そうか。そういう事か。しかしだとすれば、どの時点からだ?)


 一つの可能性に思い至ったエーレンフリートは、とにかくナディアの話を聞く必要を感じ、シルヴィアの肩をぽんと叩いた。


「シルヴィア。とにかくこいつを城に連れて行って話を聞こう」


「恐らく知りたい情報については何も得られないと思いますが」


「それでもいい。腹が立つのは分かるが、ここは俺に任せてくれ」


「…………陛下の仰せのままに」


 ずっと強張らせていた表情を、小さく息を吐いて緩め、シルヴィアはナディアの腕を掴んだまま立たせた。そうして彼女のドレスについた汚れを軽く払ってやる。


「その程度の事では、貴女の罪は消せませんよ」


「別にそのような意図でした事ではありません。が、あなたに言ったところで無駄でしょう」


 これは本当にかなり怒っているなと、このような状況でありながらエーレンフリートは少し笑いそうになった。と同時にホッともした。

 今まで騎士としての顔を見せている時以外は、穏やかで優しくて可愛い一面もある、俗に言う“他所行きの顔”しか見ていなかったし、レイナルドの話を聞いても、被害者でありながら徐々に前を向こうとして、健気に、そして凛として苦難に立ち向かう人物像しか見えなかった。それも確かにシルヴィアの一面ではあるのだろうが、あまりにも優等生的に過ぎて、心を捨ててただ正しくあろうとしている感があった。しかしこうして不快な人間相手に怒る姿を見て、ちゃんと感情を表に出す事も出来るのだと安心したのだ。


 ギルベルトは自らが率いてきた騎士達に、テオドール側についた者達を牢へ、ナディアについては他国の伯爵令嬢という事もあっていきなり牢に入れるのは避け、さしあたり現在は使われていない元大臣の部屋に見張りを3人付けて閉じ込めておくよう指示をした。そんな中シルヴィアが、最初に騎士達を取り押さえて状況を動かしてくれた男性二人がまだ場にいるのに気付き、足を向けた。


「ご協力いただき、感謝いたします。我が国の者が面倒事を起こし、大変申し訳ありません」


「いや、こちらこそ。我が国の騎士の貴女に対する無礼な振る舞いの数々、お許し願いたい」


 男性二人がシルヴィアに深々と頭を下げる。恐縮したシルヴィアもまた、同様に頭を下げているところに、エーレンフリートとギルベルトがやってきた。


「何やってんだ?お前ら」


「陛下は相変わらず言葉遣いが粗うございますな。王になられたからにはその辺りも改めていただかないと。このように他国の方との交流を持つおつもりであるなら尚更です」


「あー……そちらも相変わらずだな。隠居するのはやめて騎士団の指導に戻ってくればいいのに」


「ギルベルトに託した役目です。私が今更指導者の顔をして差し出ては、彼が未熟だと言うようなもの。そのような真似を、私は断じて致しません」


「団長に戻れとは言っていないぞ。俺だってギルベルトを侮辱する気はねえ。指導者が足りねえから手を貸してくれって話だよ」


「なるほど。そういう事でしたら、正式に陛下なりギルベルトなりに書面で要請いただければ、いつでもご助力いたしましょう。場合によっては父も呼び出しますよ」


「それは兄上が困りそうですね」


「ヴェルナーも来いよ」


「私自身まだ修行中の身ですので、指導をする側になるなどおこがましいかと」


 ここまでの会話を聞いて、シルヴィアは彼らが誰なのかを理解した。ギルベルトの父親と弟だ。兄弟がいるというのは初耳だが、その弟とは顔が、父親は言動が似ている気がする。

 ともかく彼らが何者なのかを知ったシルヴィアは、改めて二人に深々と頭を下げた。


「失礼しました。デュンバルト公爵閣下と公子様でいらっしゃったのですね。ギルバート殿には大変お世話になっております」


「こちらこそ、わざわざ大国アルヴァナから大使としてお越し頂いているのに挨拶に出向く事もせず、失礼をしました。ギルベルトから貴女の話を聞き、是非ともお会いしたいと思っていたのです」


「私の話をですか?」


「はい。兄は貴女の事を大層……」


「父上、ヴェルナー、そこまでにしてください。今はこの様な場所でのんびりと茶飲み話をしている場合ではありません。あの者達に今回の件について話を聞かなくては」


 大きな咳払いをして弟であるヴェルナーの言葉を遮り、ギルベルトが心なしか少し顔を赤くして言った。確かにその通りではあるのだが、エーレンフリートや家族には、これが彼らしくもなく焦って誤魔化しての事だと分かるので、3人揃って笑いを堪えている表情になる。しかし真面目なシルヴィアはギルベルトの言葉に顔を引き締めた。


「そうですね。フィリップ伯爵令嬢に対しては、どなたか立ち会って頂いた上で私が訊問しましょうか?」


「では私が立ち会おう。もっとも、まともに話になるとも思えないが」


 超が付くほど真面目な二人が、少し前を歩きながら今後の事について話している。その様子を見ながら後方を歩く3人も話す。


「アルヴァナの騎士団長殿は非常に真面目なお方ですね。我が息子の事ながら、あのギルベルトと話が合う女性がいるとは思っていませんでした」


「そうですね。兄上が女性とまともに話している所など初めて見ました」


「まあ他に女で騎士団長をしている奴もなかなかいないだろうからな。そんな立場でもなけりゃギルベルトと対等に話すのは無理だろ」


 肩をすくめて苦笑する。

 しかし実際ギルベルトが言ったように、呑気にこんな話をしている場合ではないのだ。もし今回の件がエーレンフリートの予想通りだとすれば、思ったよりも深刻な状況になっているという事だ。果たして捕まえた者達からどれほどの情報が得られるのか。心許ないが、これだけの人数が一つの“妄言”をもとに集まった以上、彼らを煽動した人間は必ずいて、その当人を彼らが一切知らないとは思えない。

 『自分がこうだと信じたい事を事実だと思い込ませることが出来る人間』の存在を。

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