『シルヴィア様のような騎士に』
伝令の者が戻ってくるまでの日数を考えれば、それほど機会は多く得られないという事で、二日後には茶話会の席が設けられた。丁度ルディが休みで都合が良かったからだ。
前日にギルベルトから「シルヴィア殿が貴様に礼をしたいそうだ」と聞いた時には、騎士団長二人がいる席に自分が参加していいのかと恐縮してしまったルディだったが、ビアンカもいると聞いて安心し、また栞を渡すいい機会だと、家に帰ってすぐに作っておいた。
「あ、あの……失礼します」
4人だけなので、シルヴィアに与えられている私室にセッティングされた小さなお茶会の場に、カチカチに緊張してルディはやってきた。家族以外の女性の部屋に入ったのは初めてで、しかもそれが異国の騎士団長の部屋とくれば緊張しないはずがない。おまけにお堅い自国の騎士団長までいるとくれば……。
テーブルの上には見たことのない菓子が並んでいて、そこからとても良い香りが漂っている。シルヴィアが菓子を手作りして振る舞ってくれるとは聞かされていなかったルディは、初めて見るそれに「これは何だろう?」と表情で語りながら椅子に座った。
「これらはシルヴィア殿が貴様への礼に、朝から作ってくださったものだ。心して食するように」
「シルヴィア様が?!」
タオルの件の時から女性らしい人だとは思っていたが、騎士としての姿があまりにも堂に入ってるもので、こういう事が出来るとは思っていなかった。思ってもみなかった。
ぽかんとしているルディに、何故か自慢げな顔をしてビアンカが言う。
「シルヴィア様が作られるお菓子はとても美味しいんですよ。きっと驚かれます」
「いや、ビアンカ。何故君が誇らしげなのだ?これらを作られたのはシルヴィア殿なのだぞ」
「す、すみません!そのようなつもりは……」
「ギルバート殿。それは少々意地が悪いと思います。ビアンカの性格はご存知でしょうに」
「すまない。エーレンフリート様の悪い癖がうつったようだ」
「陛下がお聞きになったら“俺のせいにすんなよ”と文句を言われますよ。きっと」
ここまでの会話が展開される間、ルディは唖然として声も出せなかった。鬼のギルベルト団長が冗談を言っている。しかもメイドの女性をからかって。ただ笑っただけでも意外だと言われるものを……。だがそういえば会食の時に自分もからかわれたなと思い出す。
あまりの事に信じられない思いだったが、穏やかな顔でシルヴィアを見るギルベルトの様子に、いつも沈着冷静で厳しかったのは気を張っていたが故の事で、鬼の団長とて本来はこういった部分のある人だったのに、それを出せる環境になかっただけなのではないかとルディは思った。
こうして小さなお茶会が始まった。
会食の際は他にも騎士団員がいたので普段通りに振る舞う事ができたが、いざ改まってこういった場を設けられて「さあどうぞお話しください」と言われても、緊張してなかなか話し出せない。シルヴィアに聞きたい事は色々あって、あれを聞こうこれも聞こうと事前に頭の中で整理していたはずなのに。
と、先にシルヴィアの方から声をかけてくれた。
「ルディ殿、とても美しい押し花の栞をくださって嬉しかった。ありがとう」
「あっ!い、いいえ!その……拙い物で失礼かとも思いましたが、何かお礼がしたくて」
「拙いなどという事は決してない。まずその気持ちが嬉しいのは当然として、押し花がとても美しくて、まるで小さな絵画を観ているようだった」
「あ、絵画……分かります。私もそう思いました」
ビアンカが小さな声で賛同する。現物を見ていないギルベルトは、それほどなのかと軽く驚く。ルディは真面目で大人しく、あまり前に出る性格でもないので、特別に言葉を交わす機会などこれまでさほどなかった為に、趣味など知りようがなかったのだ。
「貴様にはそのような才能があったのか。騎士に向かないとは言わんが、何故その才能を活かす方向ではなく騎士になろうと思ったのだ?」
「押し花作りの才能って、どこで活かせますか?」
「工芸品を作る職人や芸術家のようなものか」
「職人かあ。騎士になったキッカケは友人に誘われたからで、特に大きな志があったわけではないんです。あまり向いていない気もするので、以前ならそれもいいなと思ったかもしれませんが、俺には最近新しい目標が出来たんです。なので騎士を頑張りたいなと」
「目標?聞いてもいいか?」
「あの……大それた事を言うようですが、“シルヴィア様のような騎士”になりたいんです」
「………………え?」
ルディのその言葉に、シルヴィアは驚いたような、少しショックを受けているような、なんとも形容し難い表情を浮かべた。その意味をギルベルトは理解している。それはシルヴィア自身がクリストフに対して言った言葉と同じものだ。恐らく彼女の今の表情も、その時のクリストフと同種のものであっただろう。
そんな事情を知らないルディは、シルヴィアの表情を見て慌てて頭を下げた。
「あ、あの!あくまでも目標で!すみません!俺みたいな未熟者が、やっぱり失礼でしたよね」
「……いや。ありがとう。そう言っていただけるのは非常に誇らしい」
まさかこんな形でクリストフの心を理解する日が来るとは思わなかった。しかも異国の地で。
クリストフ自身がどう思おうとシルヴィアにとって彼が理想の騎士であったように、自分もルディにとってそうでなければならない。目標にしてもらえるのならば、「私はそう言ってもらえるのに値しない」などと言って、彼の中の価値を否定してはいけないのだ。ならば出来る事はひとつ。
「ギルバート殿。貴方に師事しに来た私がおこがましいかもしれませんが、私が個人的にルディ殿に指導してもよろしいですか?」
「貴女の剣を?」
「無論技もですが、騎士としての理念を。押し付ける気はありませんが、私が騎士を志した理由はそこにありますので」
「理念か……いいだろう。貴女に任せる。ルディもそれでいいな?」
「……え?ええっ?!おおお俺が?シルヴィア様の剣を?」
「シルヴィア殿が仰っただろう。剣もだが、理念を学ばせていただくといい。恐らく今この国の騎士に最も必要で、失われる恐れのあるものだ」
伝令役の者が戻ってくるまでの短い間で、どこまで身につくものなのか分からないが、現在この国の騎士で最も素直に純粋にシルヴィアの教えを受け入れられるのは、恐らくルディだ。ならばこの機会を逃すのは惜しい。人材が必要だと実感したところで、これは天の配剤という可能性がある。
「は……はい!よろしくお願いします!」
シルヴィアの思いやギルベルトの思惑を知らないなりに、シルヴィアの教えを受けるという事の重さを感じ取ったルディは、姿勢を正して再び頭を下げる。そして聞きたかった事の一つを思い出し、頭を上げて問うた。
「あの、ひとついいですか?シルヴィア様が騎士を志した理由は何だったんですか?」
明確な答えが出ていないという問い。ギルベルトは話題を変えようと口を開きかけたが、その前にシルヴィアが微笑んだのが目に入り、何故か何も言えなくなった。
「私は元々商人の娘で、戦いに縁のない平和な国で育った。その平和が壊れた時に私を救いに来てくださった方がいたんだ。アルヴァナと私の祖国は友好国家で、あの方の噂は何度も耳にしていた。高潔な騎士団を作り上げた英雄……アルヴァナ史上最強の剣士。それが他国であっても、幾度となく理不尽に虐げられる民を守ってきたと。……平和が壊れたと同時に一度私も壊れた。しかしあの方は最も大事なものを捨ててまで、そんな私さえも守ろうとしてくださった。だから私は、あの方が捨てたものの、せめて欠片だけでも拾いたかったのかもしれない」
復讐の為ではなく、騎士になって分かる何かを知りたかったのだと以前語った。あの時と心境が変わったのか、それとも両方の理由なのか。ギルベルトには分からなかった。シルヴィア自身にも分からないのかもしれない。唯一、一貫しているのは、そこにクリストフ王という存在があったからという点だ。
(大袈裟ではなく、シルヴィアにとってクリストフ王は本当に神なのだな。ではシルヴィアは殉教者になりたいのか?それはあまりにも不健全だ)
ビアンカは、アルヴァナ出身ではないという事以外のシルヴィアの過去を知らない。しかしそれがクリストフ王の話であると分かった。
強く誇り高いこの人が今ここに在るのは、英雄とまで呼ばれる騎士であったクリストフ王が、剣を捨ててシルヴィアを守ったからという事なのだろう。
その身だけでなく壊れた心も救い守った人……心酔するのも当然だ。ギルベルトと親しくなってこの国に留まってはくれないだろうかと淡い期待を抱いていたが、それは無理なのだとこの時悟った。
そうしてビアンカが沈んだ気持ちで俯いた時、ルディが「あの……」と声を発した。
「えっと……すみません。よく分からないのですが、シルヴィア様が拾われた欠片を、俺に分けてくださるって事ですよね?俺、その欠片を大切にします。それで、元とは形が変わってしまうかもしれませんが、俺なりに欠片を大きく出来ればな……なんて」
「………………?!」
「生意気言ってすみません。でも俺、マドラルとの戦いの時に俺の前に立ったシルヴィア様を見て、勿論怖かったんですけど、それ以上に、何て言ったらいいんだろ……とにかく見惚れたんです。強くて堂々としていて。それでノイエンドルフに来てくださって晩餐会での事とか、訓練の時とか、決して高圧的でなくて、でも誇り高くて格好いいなと思いました。何となく騎士になった自分が恥ずかしかった。だから今からでも変わりたいんです」
その言葉を聞いたシルヴィアが、心から嬉しそうに、そして幸せそうに微笑んだ。この時の笑顔の美しさを、後々になっても3人は鮮明に思い出せた。
ー後に思い返すと、シルヴィアはこの時に満足してしまったのかもしれないとギルベルトは思った。クリストフから受け継いだものを、他国の人間であるとはいえ渡す事が出来ると。自らが騎士になりたいと思った事に対する一つの答えを得たのだろう。
ルディの成長の兆しを天の配剤と思ったが、神はそれと引き換えに騎士シルヴィア・オルドリッジを要求したのか。それともシルヴィアが自ら身を差し出したのか。
血塗れで横たわり、満足そうに微笑む彼女を見ながら、その時ギルベルトは心の中で神を呪った。ー




