『栞』
『ルディ殿はもう少し軽い剣に変えてみては?剣の重量に負けているために、動きが鈍っているように見受けられる』
シルヴィアからそう指摘されたルディは、アドバイス通りに軽い剣に変えた。
体格は標準だが腕力が弱めであるために、それを補うつもりでずっと重い剣を使っていた。その内慣れるだろうと思っていたのだが、やはり重く感じていたのでいい機会だと思ったのだ。
「ルディ、今日は動きが良いな」
「うん。自分でもビックリしてる。シルヴィア様に言われて軽い剣に変えただけなんだけど、すごく動きやすくなって。シルヴィア様が仰るには、ずっと重い剣で訓練していた事が役に立っているんだって。非力なのに無理に重い剣を使っていた事がバレて恥ずかしかったんだけど、それが無駄じゃなかったって言ってくださって……嬉しかったな」
「お前、本当にあの女……いや、シルヴィア様を崇拝してんだな」
「嫌な言い方するなよ。間違いなく尊敬はしているけどな。お前はまだシルヴィア様に文句があるのか?」
「……仲間を殺されたからな。でも実際のところは分からない。晩餐会の時とか、テオドールとロニーとの決闘の時とか、仲間を殺したクセに偉そうにって腹も立ったけど、カッコいいとも思ってさ。で、ここんとこ毎日顔を合わせていたら、優しいしキレイだしいい匂いするし、なのに教え方が上手くて“やっぱこの人一国の騎士団長なんだな”って実感したりで調子狂うんだよ」
「別に無理やり恨まなくてもいいじゃないか。それとも恨まなきゃ薄情だとでも思うのか?」
「無理やり恨んでいるか……そうかもしれないな。そういう奴は多いと思う。ルディは単純で素直で羨ましいよ」
「羨ましいなら真似しろよ」
「嫌だよ。シルヴィア様〜!とか、絶対できねえもん」
「そういう意味の真似をしろとは言ってないよ」
朝の訓練後、ルディと仲間の騎士が食堂に向かう途中でそんな会話を交わしていた。昼食の用意が出来たのでシルヴィアを迎えに行こうとしていたビアンカが、この二人の会話を耳にし、騎士達の中にもシルヴィアを支持する人がいるのだと意外に思い、同時に嬉しくも思う。すれ違う際、二人に対して頭を下げたのだが、ルディに対しては内心謝意を込めていた。
勿論そんな事に気付いたわけではないが、その時ルディはビアンカにチラッと視線を向けた。
「君!君、えーと、ビアンカさんだっけ。ちょっと待ってくれ!」
すれ違った後、少ししてルディがビアンカを追いかけてきた。
シルヴィアに好意的な人物だと知ったとはいえ、基本的に内気で臆病なビアンカは男性が苦手で、ましてや自らも殺されそうになった為に、特に騎士に対する恐怖心があるので、何事かと怯えて声も出せずに小さくなってしまう。そんな風に怯えた顔で見上げられ、ルディはうろたえた。
「あ、ごめん!驚かせて。あのさ、君はシルヴィア様のお世話をしている人だよね?一つお願いがあるんだ」
出来るだけ怖がらせないよう、優しい口調で言う。すると少し安心した様子でビアンカは「何でしょうか?」と聞いてきたので、ルディはポケットから詩集を取り出し、間に挟んであった栞を彼女に差し出した。それには庭の赤い花を使った押し花が施されている。
「実は俺、年の離れた妹がいてね。その妹によく押し花を作ってあげているんだ。シルヴィア様が庭の花をとてもお気に召しているって聞いて、じゃあ特技を生かしてお世話になっているお礼がしたいなと思って作ったんだ。自分で渡せればいいんだけど、やっぱりちょっと気恥ずかしくて。頼めるかな?」
ビアンカは黙って栞を受け取った。ホッとしたルディだったが、ビアンカが栞を持ったままジッとそれを眺めているので不安になる。声をかけようとして、その前に彼女の小さな声が耳に入った。
「…………きれい」
栞を見つめつつ微笑んで言う。その顔がとても美しく見えて、ルディは癒されたと同時に赤面した。
「ありがとうございます。シルヴィア様、きっととても喜んでくださいます」
「良かった。……ところでさ、君にも同じ栞作ろうか?」
「え?」
「気に入ってくれたみたいだから。あ、もちろん押し付ける気はないから良かったら、だけど」
「私などに……よろしいのですか?」
「もちろん。自分が作った物で喜んでもらえたら嬉しいし」
「では……あの……お願いします」
小さな声で言い頭を下げる。本当に内気な子だなと思う。しかしそれよりも自分が作った栞を「きれい」だと言ってもらえた事が嬉しくて、自然にルディは微笑んでいた。
その夜、夕食後にビアンカはルディから受け取った栞をシルヴィアに差し出した。
「これは?」
「今日、騎士の……確かルディ様とおっしゃる方だったと思いますが、その方がシルヴィア様に渡して欲しいと。手作りだそうです」
「ルディ殿が?」
「はい。元々年の離れた妹さんに押し花を作ってあげていて、得意だったそうです。それでシルヴィア様が庭の花がお好きだと知って、押し花を作ってお世話になっているお礼がしたかったと仰っていました」
「そうか。この地で、これほど思いやりに溢れたプレゼントを頂けるとは、思ってもみなかった。勿体なくてとても使えないな」
微笑みながら栞を両手で包み、大事そうに胸元に持っていく。自分にもこんな風にシルヴィアを喜ばせられるプレゼントが出来たらと、ビアンカはルディを羨ましく思った。
「ルディ殿に何か礼がしたいのだが、他の騎士団員の皆さんの前で渡すと迷惑がかかりそうだからな……どうすればいいか。ギルバート殿に託すか」
そう独りごつシルヴィアの言葉を聞き、ビアンカはルディから「君にも同じ栞を作ろうか?」と言われた事を思い出す。そうして今までの彼女からすれば考えられない提案をした。
「あの……シルヴィア様。私がお渡ししましょうか?」
「え?」
「ルディ様に。あの、私にも同じ栞を作ってくださるそうなので、その時に……」
さすがのシルヴィアもこれには驚いた。ビアンカは女性同士ですら、あまり親しく会話を交わさないと聞いているのに、男性であるルディとそのような約束を交わすとは。
「貴女はルディ殿と親しかったのか?」
「え?!いえ、今日初めて話しました」
「そうか。そういえば、名前もはっきりと記憶していたわけではなさそうだったな。では尚のこと、貴女が自らそのような事を言い出すのは意外だ。ルディ殿は優しげな方だし、実際に私にも最初から友好的に接してきてくださっていたから、貴女も話し易いのかもしれないが」
確かに優しそうな人だった。最初は突然声を掛けられたので驚いてしまったが、声も大きくなく話し方も穏やかで、怖いとは感じなかった。初めて話した男性相手に、こんな事は初めてだ。
礼がしたいとは言ったものの、いざとなると何にすればいいのか分からず、シルヴィアは頭を悩ませた。何しろ言葉は何度も交わしたが、個人的な話をするようなタイミングもなかったので、ルディの事を全く知らないのだ。そこでビアンカが退室した後、ギルベルトの部屋を訪れ彼に相談してみたところ、苦笑しながらこんな回答をくれた。
「まったく貴女は律儀だな。そうして贈り物をし合っていてはキリがないと思うのだが。まあそうだな……貴女の作られる菓子は大層美味だし、茶話会の席でも設けられてはいかがか。ルディは貴女に憧憬の念を抱いているし、奴には立派な礼になるだろう。無論二人でというわけにはいかないので、私とビアンカも参加して四人でという形なら問題はない」
「それはいいですね。ギルバート様もまた一緒にクッキーでも焼かれますか?」
「勘弁してくれ。貴女と菓子作りをしたのは良い思い出ではあるが、あのような姿を城の者に見られるのは、恥ずかしいどころの話ではない」
「ふふっ。冗談です」
そう言って悪戯っぽく微笑むシルヴィアを見て、ギルベルトは困ったような笑顔を浮かべる。
この笑顔がもうすぐ見られなくなる。いずれ正式な国交を結ぶ方向でエーレンフリートは考えているようだが、そうなったところでお互い立場のある身で、簡単に両国を行き来する事は出来ない。毎日顔が見られる今は奇跡のような時間なのだ。
そんなギルベルトの心理を見抜いたわけではないが、シルヴィアも呟く。
「良い思い出……そう言っていただけて良かった。たったひと月で、何も成し遂げられなかった気がしていましたが、ギルバート様に思い出をひとつ残す事が出来ただけでも僥倖です」
「…………ひとつではない」
たまらず抱きしめそうになったが、伸ばしかけた手をふと止める。この女性にそれをしては絶対にいけないのだ。自分はそれをしていい程に、まだシルヴィアとの間に信頼関係を築けていない。その時間もない。
「ギルバート様?」
「……いや、すまない。気にしないでくれ。ではルディの件は私の方で話を進める。それでいいか?」
「……はい。よろしくお願いします」
一瞬、ギルベルトが苦悩の表情を浮かべたのをシルヴィアは見た。その意味を考えて、すぐにその考えを自意識過剰だと否定する。
ギルベルトはデュンバルト公爵家の跡取りで、結婚相手も自分の意思で決める事はないと言っていた。まだ公式に国交を結んだわけでもない異国の騎士団長で、しかも過去の経緯から触れられる事に抵抗感があるような、そんな結婚相手としては最も条件が悪い相手に、冷静なギルベルトが恋愛感情を抱くはずがないと。




