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Crimson Snow  作者: mya
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『罪悪感』

 翌日シルヴィアは、定期連絡の為に現在ノイエンドルフに滞在していたアルヴァナの騎士に、昨日のエーレンフリートとの話を伝え、また王からの書状を手渡し、クリストフに報告するよう頼んだ。


「かしこまりました。団長は複雑だとは思いますが、陛下はさぞ安心なさるでしょう。我々が言えた事ではありませんが、この国には団長の事をよく思わない者もいるでしょうから、皆が心配していました」


「心配はありがたいが大丈夫だ。この国の人達にも良くしていただいている」


「……団長はお優しい方ですから、そのように仰ると思っていました」


 苦笑しつつ騎士が言った。

 アルヴァナの騎士達も未だ全てがシルヴィアを認めたわけではないが、この一年の間にも先のノイエンドルフ戦を除いて二度ほど戦闘があり、そのいずれも凄まじい強さを見せつけたうえ、普段の人柄が謙虚で女性らしい気遣いに溢れているだけに、目に見えた反発はなくなっている。何よりシルヴィアはクリストフ王の妃候補と言われている為、下手に反発できないといった事情もあるだろうが。

 しかし多くの者はこの騎士も含め、もはやわだかまりはない。アルヴァナの為に先頭に立って戦い、部下の危険には駆けつけて救出してくれたその行動に嘘はないと思ったから。


 騎士と別れた後、シルヴィアは自分があちこちで心配をかけているなと自嘲した。それ故に親善大使としての役割を期限まで全う出来ない事になった。ここにいたのがグレンであったなら、恐らくクリストフはノイエンドルフと協力体制をとり、レイナルドを派遣してこの機に例の男を始末しようとしたであろうに。

 力量の問題ではなく、ただシルヴィアの身を案じているのだと分かってはいる。そもそもノイエンドルフ派遣自体も気が進まなかったようであるから。……その愛情が心苦しかった。


 一方ギルベルトはエーレンフリートから昨日の話を聞いた。エーレンフリートの考えはもっともであるし、自分とて最初はシルヴィアが来るのは時期尚早だと考えていた。実際に例の男がこの国にいると聞いた時、レイナルドにシルヴィアを連れて帰るよう提案したのもギルベルトだ。なのに今、彼女がアルヴァナに帰ることを了承したと聞き、間違いなく動揺している。


「……レイナルド殿からその男がノイエンドルフにいると聞いた際、エーレンフリート様はその場でレイナルド殿にシルヴィア殿を連れ帰るようには仰りませんでした。どの時点でそのようにお考えになったのですか?」


「最初はシルヴィアの意思次第だと思っていた。あの性格からして期限まで残ると言うと思っていたからな。が、その後にあいつの過去を聞いて考えたんだ。積極的に死にたいとまでは思っていないにせよ、生きている事に罪悪感をおぼえているんじゃねえかと」


「罪悪感?」


「多くの人が死んだのに何故自分は生きているのか。生き残ったランズウィックの人々は、今も毎日国が滅ぼされた事を実感しながら復興の為に働いているだろうに、何故自分はアルヴァナに保護してもらい、安穏とした日々を送っているのかとな。だから皆から責められても恨まれても、あいつにとっては当然の罰で、むしろそうされる事で安心している気すらする。結婚をする気はないと頑なに言っているのも、世継ぎどうこうと言うより、まず幸せになる事への拒否感があって、最終的には戦場で死ぬ事が目的なんじゃねえかと思った。貪欲に強さを求めているのも、そもそも騎士になったのも、誰かを守れるほどに強くなる手段だったと同時に、人を殺す事で自分は罰せられるべき存在なのだと、自ら逃げ道を塞ぐため……なんて思ったんだよ。俺はあいつの自殺の手伝いをするのはゴメンだ」


 そんなバカな、とは思えなかった。十分にあり得る話だ。しかしそれならば何故……


「エーレンフリート様は騎士としてのシルヴィア殿を肯定すると仰っていませんでしたか?」


「言った」


「先ほどのお話と矛盾するように思えますが」


「しているな」


「心が変わった、という事ですか?」


「いや。騎士としてのあいつを肯定する気持ちに変わりはねえ。お前はどうだ?騎士シルヴィア・オルドリッジの強さ、誇り高さを、その動機はどうであれ惹きつけられるものがあると思わないか?」


「…………思います」


「一方でそれとは別に、幸せになって欲しいとも思う。騎士であるのはいい。必ずしも結婚する事だけが幸せとは言い切れないからな。少なくとも今の生き方に迷いはねえようだし、充実しているのも見て分かる。だが、いつまでもこんな事は続けていられない。年はとる。体力は落ちる。気力だけでは補えなくなった時、その時まで生き延びていたらあいつはどうなる?世捨て人のようになってはしまわないか?そうなるくらいなら騎士としての十分な働きが出来る間に退いて結婚しちまう方がいい。少なくともあいつが忠誠を誓ったクリストフ王のいるアルヴァナではない、こんな異国の地で死の危険に遭うことはない」


「………………」


「矛盾は恐らくシルヴィアの中にもある。誰にだってあるだろう。俺だって本当は期限まであいつにいて欲しい。だが……本音を言えば、もう俺の判断ミスで誰も死なせたくねえんだ。そんな事になるのが怖いから、あいつに早く帰ってほしいと思っているだけだ」


 自らも罪悪感を抱え生きているエーレンフリートだからこそ、シルヴィアの気持ちが分かるのかもしれない。二人の間にある、奇妙に『分かり合えた者同士』の空気感は、そこからくるのだろうか?ならば嫉妬したところで無駄だった。ギルベルトは未だに内乱での仲間殺しに後悔はないから。


(かえって都合が良いのかもしれないな。このままでは私は彼女に惹かれる一方だろうから)


 確かにそう思うのに、離れ難い気持ちの方が強くなってしまっている。その心情から、結局ギルベルトはこの時、エーレンフリートに「分かりました」の一言が言えなかった。



 内密にではあったがシルヴィアがアルヴァナへ帰ると決まったその日から、クリストフの返事を待つ間、不穏な気配を感じさせないよう誰にもその事は告げないまま、3人はいつも通りに過ごした。

 その間にビアンカは回復して再びシルヴィアの世話係に戻った。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。また今日から頑張ります」


 と、申し訳なさそうでありながら嬉しそうに言うビアンカを見て、シルヴィアは微笑んでその頭を撫でる。自分がアルヴァナへ帰ると知ったら、この子は寂しがってくれるのだろう。期限までいたのであれば、まだしも心の準備はできただろうが、こうも突然では。


「シルヴィア様?」


「ん?ああ、すまない。少し考え事をしていた」


「何かお悩みですか?あの……私などではお役には立てないと思いますが、お話しになるだけでも心が晴れる事もあるかもしれません。よろしければ……」


「役に立てないなどという事はない。ありがとう。だが悩み事というわけではないんだ。仕事のことを考えていただけだ」


「お仕事のことですか?そうですよね。シルヴィア様は真面目なお方ですから」


 嘘が下手なシルヴィアなりに、上手くごまかせたようだ。再びビアンカの頭を撫で、話題を変えるように言う。


「体調は?本当にもう大丈夫なのか?」


「はい!もうすっかり。あの……一つお聞きしてもよろしいですか?」


「一つと言わずいくらでも。何だ?」


「遠乗りの約束をしていた日の事ですが、ギルベルト様とお二人で出掛けられて、その後吹雪いて帰れなくなったとお聞きしたのですが、大丈夫でしたか?」


「え?ああ、そうか。実はあの日、ギルバート殿は雪の可能性を考えて、デュンバルト家の別荘を使えるよう手配してくださっていたんだ。吹雪く前にそちらに着いていたので何ら問題はなかった」


「デュンバルト家の別荘ですか?!」


「別荘とはいえとても立派で驚いた。本当ならビアンカも一緒に行けたのにな」


「私が行く事も想定した上で別荘の手配をしてくださっていた事もですが、あの……お泊まりになったんですよね?」


 最初、シルヴィアはビアンカの反応の意味を図りかねた。が、彼女の真っ赤な顔を見て察すると、自らも顔を赤くして否定する為に両手を横に振った。


「確かに二人きりではあったが、貴女に報告できないような事は何一つない。ずっと戦略・戦術論についてお話を伺ったり、寝られないので一緒にクッキーを焼いて食べたりしていた」


「クッキー?!ギルベルト様が?」


「野営を行う時でも、団員の方々に任せて自らは調理した事がないというのは傲慢な気がすると仰ったので、ではクッキーでも焼いてみますかと、私が提案したんだ」


「さすがはシルヴィア様です。あのギルベルト様にクッキーを焼こうとお誘いするなんて、この国の人間では誰もできません」


「きっと私は図々しいのだな」


「そんな事はありません!そもそもギルベルト様がそのような胸の内をお話しになるのは、今まで恐らく陛下だけだったと思います。なのにそんなお話をされたというのは、よほどシルヴィア様にお心を許していらっしゃるからに違いありません」


「もしそうなら、余所者の私にありがたい事だ」


 二人でいる時はこんな風に、普通とは少々趣を異にする女同士の会話を楽しんでいた。

 アルヴァナにも同性で親しく接してきてくれる、リディアーヌやグレンの妹であるアデリーヌのような者たちはいたが、彼女達からすればシルヴィアは騎士団長という立場のある人間であり、過去を知る故にいつもどこか労ってくれる様子もあり、また向こうが年上であるだけに、シルヴィアとしても気軽に、というわけにはいかない。故にビアンカは、ランズウィックが平和であった時以来の対等(と言えるかどうかは微妙としても)な女友達で、非常に離れ難い気持ちであった。


 訓練はギルベルトが宣言した通り、訓練場を使って行われていた。

 3日ほど経つ頃には、折角訓練場にいるのだからと団員達が質問と称してシルヴィアに剣を教わりに来て、ギルベルトもこんな機会ももう取れなくなるのだからと黙認したもので、なし崩し的に団員達との訓練になっていっている。てっきり叱り飛ばされるものと思っていた副団長のロイスとアヒムをはじめとした皆は、ギルベルトの変わりように驚いたが、これもシルヴィアの影響かと感心すると共に歓迎した。


 シルヴィアは一人一人名前を呼びつつその者の弱点となり得る部分を的確に指摘していった。それは今までギルベルトや副団長も指摘してきた部分もあったが、気付かなかった事も多くあり、また女性ならではの細かい気配りを見せ、体調が悪そうな者や怪我をした者などにはいち早く気付いて休みを取らせるようギルベルトに進言した。

 今までの指導はギルベルトは理論に寄り、副団長二人は叱咤に寄っていたため、シルヴィアのように実際に打ち合って弱点や隙が出来やすい所や良くないクセを指摘される形は新鮮で分かり易く、自然と日に日に彼女に教えを請う者は増えていった。

 無論、指導員としてシルヴィアが特別優れていたという事ではなく、単純に指導できる人間が増えたので、実践型で教える人員と時間的余裕があったという事情はある。それだけに余計、レイナルドの言った『人員を育てる』必要性をギルベルトは感じた。

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