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Crimson Snow  作者: mya
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『変化』

 翌朝には雪は小降りになっていたので、シルヴィアとギルベルトは夕方に差しかかる前には城に帰る事が出来た。

 まず二人でエーレンフリートの所へ、不測の事態とはいえ一晩留守にしたことを謝罪しに行ったのだが、何か冷やかしの言葉をかけてくるだろうと思っていた王は、軽く笑いながら「大変だったな」と言うだけで、それ以上何を言う事もなく話題を転じた。さすがにあのような話を聞いたばかりで下世話な発言は避けたのだろうか。ギルベルトがそう考えていると、エーレンフリートがシルヴィアの方を真剣な表情で見た。


「帰ってきたばかりで疲れているだろう。まず少し休め。その後、夕食後でもいい。時間をとれるか?少し話したい」


「はい。分かりました」


(話?)


 エーレンフリートは仕事中だということで、二人はすぐに政務室を辞した。「休め」と言われたものの、そのまま部屋に戻るシルヴィアではなく、すぐにギルベルトに向かってこう言う。


「ギルバート様。今からビアンカの様子を見に行ってもいいですか?」


「そう言うだろうと思っていた。無論。私も同行しよう」


「その後、夕食の時間まで鍛錬をしたいのですが、どこか使っても差し支えない場所はありますか?私が一人で勝手に行動をするとどこにいるのか分からず、また探させる事になってはいけませんから、指定していただきたいのです」


 確かに……とギルベルトは苦笑する。晩餐会の後も、テオドールの騒動の時も、どちらも庭にいたとはいえそうとは知らず探し回った。目に見えた反発は少なくなったとはいえ、ロニーとテオドールをはじめ、未だシルヴィアに対して敵意を抱いている者はいるだろう事を考えると、やはり所在も分からない状態で単独行動をするのは危険だと思う。

 そうして二人でビアンカを見舞った後、一度部屋に戻り着替えを済ませてから、ギルベルトはシルヴィアを訓練場へと連れて行った。そこではまだ騎士団の面々が訓練をしており、そこにいた者達は当然として、連れて行かれたシルヴィアも驚く。


「ギルベルト団長、いかがなさいましたか?午後の訓練終了までは、まだ少し時間がありますが」


「いや、そうではない。ロイス。これからシルヴィア殿との訓練の時は、少し場所を借りる事になる。承知しておいてくれ」


 そうギルベルトは副団長のロイスに告げ、彼は信じられないものを見る目で団長を見た。

 ギルベルトは団員がシルヴィアと顔を合わせると面倒事を起こすからと、自主訓練の時間の手合わせですら認めなかった。それが突然、団員との訓練でないにせよ、皆がいる場所で訓練を行うという。驚くのも当然だった。

 半ば呆然と皆が見る中で、ギルベルトは一見するといつもと変わりない様子でシルヴィアに向き直る。


「シルヴィア。私が頑なであった為に、客人である貴女に不自由な時間と場所で鍛錬をさせてすまなかった。私と打ち合うのであれば尚更、コソコソとする必要はなかったのに。今更ではあるが、これからは改めてここで思い切り剣を振って欲しい」


「よろしいのですか?」


「不安がないと言えば嘘になるが、そんな事を言っていては貴女の滞在期間終了まで、ずっと不自由を強いる事になってしまう。それはアルヴァナとの文化交流を望まれているエーレンフリート様のお考えにも沿わないだろう。まず必要なのは私の意識の改革だ」


「……ありがとうございます」


 短く、だが本当に嬉しそうな表情をして、シルヴィアは頭を下げた。

 実際にシルヴィアは嬉しかった。ギルベルトの懸念を当然だと思ってはいたが、やはり学ぶ為にノイエンドルフに来たのに、騎士団の訓練を見る事も出来ないのは残念に思っていたのだ。そして何より彼らと交流し、多少なりともわだかまりを解かなくては、親善大使としての役割も果たせないと思うから。


「では、参ります」


 最初の二日とレイナルドとの公開訓練以外では、対人での実戦形式の打ち合いをしてこなかったシルヴィアは、誰の目にも明らかに生き生きとしてギルベルトと剣を交わしていた。ロニーやテオドール、そしてレイナルドと打ち合っていた時とも違う。まるで軽い運動を楽しむかのように純粋に、楽しそうに剣を振っている。「人殺しの練習がそんなに楽しいのか?」と、彼女に恨みを持つ者であれば言うであろうが、そうではないと感じさせられる、一切の濁りのない目をしていた。

 “あいつがゴチャゴチャと考える事なくいられるのは剣を握っている間だけだ”と言ったエーレンフリートの言葉をギルベルトは思い出す。この様子を見ていると、それは正しいのだろう。何故このような道を選んだのかと問う必要性などない。彼女は騎士でいる事で生きていられるのだ。何故と問いたかったのは、クッキーを作る穏やかな彼女を好ましいとギルベルトが思ったからでしかない。そう思う事が間違っているとは今も思わない。しかしこれは現在の彼女の生きる糧なのだと、レイナルドの話を聞き、シルヴィアの過去を知った今となっては心から理解できる。できてしまう。恐らくクリストフとレイナルドの気持ちも。



「嘘だろ?ギルベルトがそんな事を言ったのか」 


 夕食後、エーレンフリートの元を訪れたシルヴィアは、まず今日の訓練場での事について報告をした。物心ついた時には兄のように側にいたギルベルトの頑固さを、エーレンフリートは知り尽くしている。それだけに彼の変節(と言うほど大袈裟なものでもないが)には驚くほかなかった。


「さすがのあいつも、あの話は堪えたんだな」


「話、ですか?」


「ああ。レイナルドに、お前がアルヴァナの騎士団長になるまでの経緯を聞いた」


「……そうですか」


「お前がここに来てからあった事をレイナルドに話した上で、お前に何があったかを訊いた結果、話しておいた方がいいと判断してくれた。あいつは悪くねえ。他に理由はないでもないが、俺が知りたかった動機に好奇心があった事は否定しねえ。だから……悪かった」


「先に私本人にも訊かれていたので、不思議には思いません。あの時、私に詳しく聞くのをためらわれた理由も分かりますし、それ故にレイナルドに……というのも分かります。それで、陛下の知りたかった事は分かりましたか?」


「……さあな。分かったと言えるのかどうか。まあその話は、今は置いておく。それで本題だが、今回レイナルドが何故ノイエンドルフに来たか、その理由は聞いたか?」


「はい。各国を混乱に陥れている者が現在ノイエンドルフにいる可能性が高いからと」


「そう。そこでシルヴィアに聞きたい。お前、ここにいていいのか?」


「どういう事でしょう?」


「そいつは人心を操る妙な術を使うんだろ?お前本人は大丈夫だとしても、この国はまだ人心が不安定だ。誰を起点として混乱が起こされても不思議じゃねえ。例えばテオドールがその起点になった場合、最も危険なのはお前だ。この国に来るよう誘ったのは俺だが、だからこそ俺の口から言うべきだと思った。シルヴィア、巻き込まれる前にアルヴァナに帰った方がいい」


「…………」


「レイナルドの話を聞いて、俺は他国との、今現在で言えばアルヴァナとの文化交流を図ってみたいと強く思うようになった。その契機となったのはお前で、それだけでも親善大使としての役割は果たしたと俺は思う。クリストフ王も心配しているだろう。今回は中途半端な形になったが、機会などまた作ればいい。だから……」


 エーレンフリートの言葉に、シルヴィアは黙って考え込んだ。悩んでいるのかと思ったが、次に彼女の口から出た言葉はある意味では想定内で、違う意味では意外なものだった。


「ほぼ間違いなく混乱が起きるものなら、私はそれを放置して国に帰る事は出来ません」


「真面目なお前らしい返事だな。が、自分の立場は分かっているだろう?お前はアルヴァナの、クリストフ王の騎士団長だ。優先順位は今更口にする必要もないはずだ」


「確かにそうです。私の意思より優先されるのは我が王の意向。そして現在お世話になっているノイエンドルフの、エーレンフリート陛下のご意向です。まず我が王から帰るよう仰せつかったのであれば、その命令は私にとって絶対です。次に、もしエーレンフリート陛下が、ここで私が混乱に巻き込まれたとしたら、アルヴァナとの文化交流が望めなくなるのではないかとの懸念があると仰るなら、ここに居座ってご迷惑をかけるのは本意ではありません。故に、ご命令とあらばそういたしましょう。実際のところ、陛下の本音は奈辺にあるのでしょうか。それをお聞かせください」


「本音は一つじゃねえんだよ。お前を巻き込みたくない、もっとお前という人間を知りたい、どちらも俺の本音だ。この国の事情として、今後の両国の交流云々なんてもんは後回しでいい。どうせまだ形にすらなっていないもんだ。で、全部ひっくるめて考えた結果、今は帰ってもらった方がいいと判断した」


「分かりました。不可侵条約はすでに締結されていますし、国家間の事に関しては問題はないかと思われます。ただひとつ気になる事があります」


「なんだ?」


「三月の予定が一月で帰るとなると、皆さんにどう説明すればいいのかと。事情を話すと、それこそ皆さんの不安を煽って状況を悪化させるのではありませんか?」


「そんなもんはバカ正直に答える必要はねえよ。何しろお前は騎士団長だ。適当にアルヴァナの方に急いで帰る用が出来たとでも言えば、みんな納得するだろ。ああ、でもそうか。お前の口からは言わない方が良さそうだな。嘘が下手そうだし」


「こう言っては失礼かもしれませんが、陛下も正直な方だと思いますので、嘘は苦手に見えます」


「まあ、そうだな。じゃあ説明はギルベルトに任せるか。あいつは必要な嘘は上手くつけるだろうし、そもそもあいつに色々詮索できる奴もいないだろうからな」


「ギルバート殿には申し訳ない限りですが、私もあの方が適任だと思います」


 そう言われ、仏頂面で「分かりました」と答えるギルベルトの顔を二人ともに思い浮かべて、同時に顔を見合わせて笑う。

 正直に言えば、期限いっぱいまではシルヴィアにいて欲しいとエーレンフリートは思う。彼女はこの国に、ギルベルトに、そしてエーレンフリート自身にも変化を与えてくれる存在だから。彼女にもそう言ったように、もっとシルヴィアという人間を知りたいから。

 過去を知れば色々分かると思っていたが、それほど単純な話ではなかった。その胸中はレイナルドも言ったように推し量る事は出来ない。それだけに知りたいのだ。過去を抱えたままで前に進めるその理由を。

 そしてシルヴィアは淡々と応じながら、内心は役目をろくに果たせていない事を悔しく残念に思っていた。が、それだけではない。確実に寂しくもあった。まだ一月に満たない期間とはいえ、ノイエンドルフの人々に、特にビアンカは勿論、エーレンフリートやギルベルトにも親しみを覚えてきていたから。

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