『シルヴィアの望み』
「レイナルド?」
「よう。やっぱり起きていたか。邪魔するぞ」
そう言うと返事も待たずに部屋に入る。事情を察したシルヴィアは苦笑しつつ「大丈夫だ」と追い出す事もせず、迎え入れた。
「起きていた私が言えた事ではないのでしょうが、こんな時間まで何をしていたのですか?ここに来た以上、女性の所にいたわけではないんですよね?」
「ああ。……まあすぐにバレるだろうから言っておくか。エーレンフリート王からお前の事を聞かれた。お前にも少し聞いたが、本人に話をさせる内容ではないと判断したらしく、詳しくは聞けなかったとのことでな。迷いはしたが、話しておいた方が王もギルベルト卿もお前に関しての対策は取り易いだろうと思って話した」
「……そうですか」
「悪かった。ただ、王はお前が何か恐怖症を抱えているのなら、この国で過ごす上で危険なのではないかと心配しておられてな。話さないわけにはいかなかった」
「分かっています。大丈夫です。レイモン様の判断は間違っていません」
エーレンフリートはシルヴィアにもその懸念を話していた。好奇心は皆無ではないが、まず一番にシルヴィアの身を案じて、更に本当に何かあっては国の責任問題にもなると思っての事だと、そういう様子だった。少なくとも好奇心を隠さない所が、逆に信用できる。彼の性質もあり、余計にそう思える。彼はそういう人だ。
気を遣わせるだろうとは思うが、機微に聡い彼王のこと。知らないままでは何に気をつければいいかも分からない状態で、気を遣わせる以上の迷惑をかけてしまっていただろう。さりとて自分の口からは話せる類の内容ではないので、レイナルドに話してもらえて良かったのだと思う。
「時間も時間です。そろそろ休みましょう」
笑顔でレイナルドに促し、問題はないと示すと、彼はシルヴィアの頭を撫でてベッドに横になった。
この時すでに深夜2時を過ぎていたため、早く寝なければならなかったが、その前に話しておかなければならない事があった。レイナルドはシルヴィアに顔を近付けるよう合図し、衛兵に聞こえないよう声を落として話した。
「話すべきか迷ったが、お前も知っておいた方が何かが起きた時に動きがとりやすいだろうから、今回来た理由を話しておく。例の催眠術野郎がこの国に潜伏していると判明したと、エーレンフリート王とギルベルト卿に忠告しに来た」
「だと思っていました。先の内乱はその者の仕業なのですね?」
「恐らくな。シルヴィアはどの辺りで気付いていた?」
「この国を見ていて。私はよくメイドの方達と話をさせていただいているのですが、前王は穏やかで国民に過度の負担を強いる事もなく、誰とでも気さくに接するお方であったと聞きました。少なくとも不満を抱いている者の噂なども聞かなかったのだと。内乱は本当に突然起きた事で、かなりの混乱状態だったそうです。前王に刃を向けた事が未だに信じられない人物も多くいたらしく、そこから考えてその可能性もあるかもしれないと思っていました」
「この国のメイド達と親しくしているとは聞いたが、情報収集していたのか」
「多少それもありますが、一番の目的は親善大使としてこの国の方々の信用を得る為です。城下の方々とも交流の機会をとれればいいのですが」
「本当にお前は真面目だなあ。もう少しいい加減になってもよさそうなものを……と、明日はギルベルト卿と出かけるのだったか」
「はい。ビアンカと勝手に約束してしまいまして、ギルバート卿が護衛につくと仰ってくださったんです」
「ふ~ん。なるほどな」
あまり深く考えていなかったが、思い返すと、レイナルドが今まで見ただけでもギルベルトのシルヴィアへの気の遣いようや態度が、どうも好意を持ってのもののように思える。彼もシルヴィアに匹敵するほどの真面目人間なので、それ故に護衛としての役目を全うしようと、過度に気を遣っているだけの可能性もあるが。
今はまだいいとしても、滞在期間は二カ月以上残っているのだし、思いが深くなる事は十分に考えられる。ギルベルトがいかに真面目で誠実であろうと、好きになった女には触れたくなるだろう。とすればシルヴィアの境遇について話しておいて良かったと思う。
「シルヴィア。親善大使だからと言って、あまりギルベルト卿と親しくなりすぎるなよ。クリストフが泣くぞ」
「突然どうなさったのですか?」
「いや、お前がこれを機会に俺達、特にクリストフから距離を置こうとしているのではないかと思ってな。お前、自分がいたらクリストフが結婚できないと、それを懸念しているだろ」
「………………それは実際にそうです」
「例えばだ。シルヴィアの願いだからと、あいつが誰か適当な令嬢と結婚したとして、お前はそれでも平気か?俺にはそうは思えねえ」
「私は陛下の騎士です。それ以上であってはならないのです。今の状況は好ましくありません。なので私はもう大丈夫なのだとノイエンドルフ滞在中に示したいと思っています」
「頑固も大概にしろよ。クリストフがダメだってんなら俺がお前をもらうぞ。俺には抱えるものも継がなきゃならねえものも何もない。騎士ですらないからな」
そう言って顔を近づけるがシルヴィアは紅い瞳でレイナルドを見つめ、軽く笑いながら首を横に振った。
「私と結婚したら、レイモン様は責任感から女性遊びを止めてしまうでしょう。以後禁欲生活を自らに強いる事になると思われますが、それはよいのですか?」
「……そりゃ困るな」
苦笑しつつレイナルドはシルヴィアの頬を撫でた。
「俺もクリストフもお前には幸せになってほしいんだ。そしてそれが実現できるのはクリストフだけだと俺は思っている」
「私はレイモン様と陛下にこそ幸せになっていただきたいのです。私の為にお二方の人生を潰してしまう事は絶対にしたくない。私の望みは一生をアルヴァナの、陛下の騎士として生きること。すでに半分は願いが叶っているのですから、今現在幸せなのです。これ以上の事はありません」
シルヴィアは少しだけ嘘を吐いた。
もしクリストフがシルヴィアの願いだからとどこかの令嬢と結婚する事にしたら、恐らく彼はそれを幸せとは思えないだろう。シルヴィアが一生クリストフの騎士である事を望み続けるように、彼もまた一生シルヴィアの傍にいて守り通す事が望みなのだろうから。それが彼の騎士として生きた証にもなるのだろう。
自分の剣で守れるものがあると信じて、生涯その生き方を貫こうとしていたクリストフが、その夢を断念せざるを得なかった。ならばせめてシルヴィアだけはと。“陛下にこそ幸せになっていただきたい”と言いつつ、クリストフの真の望みが何かを分かっていながらそれを否定する自分の考えは矛盾している。要するにシルヴィアが望んでいるのは二人が望む形での幸せを手に入れる事ではなく、自分が思う幸せ……例えば二人がそれぞれに素晴らしい女性と愛し合い結婚して、幸せな家庭を築く事なのだ。
身勝手だとは思うが、二人がランズウィックに、シルヴィアの過去に囚われたまま生き続ける様はもう見ていられない。故にここで、ノイエンドルフで様々なものをシルヴィア自身が払拭して示さなければならない。『もう自分だけの足で立って生きていけます』と。
お読みいただきありがとうございます。
活動報告の方でも書かせていただきますが、今回で長く続いた過去絡みの話は終わって一区切りついたので、今後投稿は週に一回、毎週金曜日にさせていただこうと思っています。
理由は二つあって、まず私は非常に遅筆な上、並行して他にも書いている作品があり、なかなか進まないのがひとつ、もうひとつは小説を書く為に取れる時間が1日に2時間程度という事情があります。
これまで沢山書き溜めてストックが十分ある状態で投稿していましたが、そのストックも尽きてしまい、お恥ずかしながら週一という形に変更せざるを得なくなりました。
話の流れの関係で明日はお休みして、また来週の金曜日に続きを投稿します。
今度とも宜しくお願いします。




