『悪夢を見る』
副団長のロイスやアヒムはギルベルトより20歳ほど年長で、騎士歴も年齢に応じて長く、特にロイスは一時的に団長を務めていた時期もある人物だ。信用はしている。が、実力は全盛期に比べて衰えてきており、エーレンフリートと自分の留守を預からせるには若干の不安がある。何事もなければ問題はないが、ギルベルトが懸念しレイナルドもそう言ったように、留守中再び内乱が起きたら副団長二人では抑えきれないだろう。若く優秀だった者は、優秀であったが故に『この国を変える』という理想に燃えて内乱に加担し、ギルベルトにより殺された。今残っているのは傷を負ったベテランと新規入団してきた若手だけだ。
エーレンフリートは内乱の色を速やかに消すため、あと恐らくはまだ燻っている不満分子を少しは納得させるために、早期のアルヴァナへの訪問を願っているように見える。これから騎士を育てて、などと悠長なことを言っている余裕はないだろう。
やはりエーレンフリートの護衛をシルヴィアとレイナルドに頼んで自分は留守を預かるのが最善か。
「陛下を支える人材の育成に関しては善処する。忠告感謝する。それと我が王の貴国訪問に関してだが、クリストフ王にその旨伝えておいてもらえるだろうか?その際、シルヴィア殿と共に貴殿も護衛についてもらえれば心強い」
「ギルベルト?」
「ああ。任せろ。いずれにしても例の男の件を片付けてからになるがな。奴がここにいる以上、陛下も安心して国を空けられないだろうしな。奴を始末するにあたってはこれからも情報提供するのはもちろん、実働部分で俺も協力させてもらう」
「それは非常に心強いが……いいのか?」
「俺は現在傭兵みたいなもんだからな。騎士団に所属していない気楽な立場だ。シルヴィアが世話になっている礼もあるし、何かあればいつでも言ってくれ」
「傭兵という以上報酬を払わなければいけないな」
「そうだな。では良い酒と良い女を頼むとするか」
「シルヴィア殿に叱られるぞ」
「嫌われるのでなければ何でも構わねえさ」
そうして二人で笑みを交わす。
こんなギルベルトは珍しい。彼は代々王の側近を務める公爵家の長男という立場で、なおかつこの性格もあって、本人が自覚している通り気楽に接してくる者はいない。エーレンフリートにも小言は言っても決して『王の側近』という立場を崩す事はなく、必要以上に親し気な態度は取ったりしない。なのでこのように対等な雰囲気で話しているギルベルトを見た事はないのだ。
レイナルドとよほど馬が合うのか、他国の人間ゆえ逆に気を遣わなくて済むのか。職務が全てというギルベルトに友人が出来るのは好ましいと思うが、それはそれとして……。
「おい、お前ら。当事者である俺を放っておいて勝手に話を進めるんじゃねえよ」
エーレンフリートが苦笑しながら言う。
「レイナルド殿はエーレンフリート様の要望に応えてくださっただけの事で、私はそれを受けて今後の方針を話していただけです。問題はないかと思われますが」
「失礼しました。今の話の流れから私の雇い主はギルベルト卿だと思ったもので」
「妙なコンビネーションを発揮すんな。だがまあ、石頭のギルベルトがこんな話に前向きになってくれたのはレイナルドの、あとシルヴィアもか。二人のお陰だからな。礼を言う」
「シルヴィアですか?」
「ああ。あいつが来てからギルベルトの態度が多少軟化してきたからな。俺もあいつと会わなければ他国と交流を持とうという発想にはなかなか至らなかったと思う」
「それは何よりです。そう聞けばシルヴィアも喜ぶでしょう」
話し終わった頃には深夜になっていた。三人で政務室を出た後エーレンフリートはすぐに私室へと向かったが、レイナルドはギルベルトに「少し一緒に飲まないか?」と誘った。一瞬受けそうになって思い出す。
「すまない。そうしたいのはやまやまだが、明日、いや、もう今日だな。シルヴィア殿とビアンカと三人で出かける約束をしているんだ。酒が入った状態で護衛というわけにもいかないからな。今回は遠慮をしておこう」
「そうか。では次回の楽しみにするか。シルヴィアには“遊びに出かけるならちゃんと遊べよ”と伝えておいてくれ」
「分かった。それはそうと貴公に一つ頼み事があるのだが」
「聞こう」
「その、今からシルヴィア殿の部屋に行って、もう一度あの方がゆっくり寝られるようにしてもらえないだろうか?」
真面目なギルベルトからの意外な申し出に、レイナルドは一瞬呆気にとられたが、あのような話を聞かされたのだから当然かと思い、彼の肩をポンと叩いた。
「あんたみたいにお堅い人間の口からそんな言葉が出てくるとはな。あいつは大丈夫だと言い張るだろうが、お言葉に甘えてそうさせてもらうとするか」
ただ気配に敏感という理由だけではない。心から信頼し、安心できる人間がいないという理由だけでもない。眠るのが怖いと、悪夢を見るのだという話を聞き、それでは多少信用してもらえたところで熟睡もできないのでは?と思ったのだろう。
確かにシルヴィアは、頻度はさほど高くはなくなったものの、未だに悪夢にうなされる事はある。全く見なくなる事は一生ないだろう。そしてクリストフが見る悪夢も。
『私もたまに悪夢を見る。シルヴィをランズウィックから連れ出して、やがて彼女が笑顔を見せてくれるようになった……それが実は夢で、実際には彼女はあのまま、あの場所で、我々が駆けつけた時にはすでに事切れていて、それと気付かずに救ったと思い込んで陛下の首を刎ねた。私はただの狂人だった……そんな夢だ。その夢から覚めるといつも、隣で眠っていたはずのシルヴィが消えてしまっているような気がして、飛び起きて隣を見る。当然そこにいるのだが、何故かやはりそのまま消えてしまいそうで怖くなる』
そんな話をクリストフから聞いた。
ただの夢だ。口に出してはそう言いつつレイナルドもゾッとした。これが夢でないと言いきる自信がなかったからだ。恐怖と絶望のままにシルヴィアは死んでいて、救えなかった自分達は、その無力感から逃げたくて都合の良い夢を見続けているのだとしたら……と。
(埒もないな)
二人に話した事で、少々心が過去に戻ってしまったのだろうか?エーレンフリートが言ったように、どんなに悔やんでも起きてしまった事は無かったことには出来ない。問題はこの先なのだ。
シルヴィアの望みは死以外は叶えたいと言っているが、実際には騎士でいる事で死に近付くという考えは今も変わらない。あの時は生きる糧を見つけたのだからと協力した。しかし年齢を重ねれば体力は落ちる。一生をクリストフの騎士として生きると言っても、現実的にそれが敵わなくなる日は必ずやってくる。その時彼女はどうするつもりなのか。真に、精神的に落ち着いた頃に聞こうと思っている。
(本当はその前にクリストフが吹っ切って、シルヴィアに求婚するのが一番だと思うんだがな)
王妃となれば騎士は続けられない。クリストフの求めであればシルヴィアは絶対に断らない。それ故にそう思う。……実際にそうなれば自分はヤケ酒を飲む事になると分かっていながらも。
そんな事を考えて自嘲するように笑い、レイナルドはシルヴィアの部屋をノックした。




