『ジレンマ』
ギルベルト言葉に、その時の事を思い出しつつレイナルドは呆れ笑いを浮かべた。
「まあ、いくらバカとはいえ、さすがにシルヴィアを処刑しようとするとまではクリストフは思っていなかったみたいだがな。俺はあり得ると思ったから、いざとなったら脱出できるよう牢に仕掛けをしておいてアルヴァナへ報告しに戻ったのに、あいつときたら『シルヴィアが投獄された』と聞くなり『あとは任せた』と飛び出していっちまいやがったからな。お陰で今回の不可侵条約に結びついたわけだが」
話を聞く前であれば、国王が、騎士団長とはいえ一人の人間の為に単身他国に赴き、その国の王を斬るなど常軌を逸していると思っただろうが、事情を知った今となってはその行動の理由も分かる。
レイナルドがいざとなれば脱出できるよう仕掛けをしておいたという事は、シルヴィアにも伝えられていたはず。脱出さえ出来ればマドラルの騎士相手に遅れを取ることはないと、恐らく二人ともそれほど危機感は覚えていなかったのだろう。故にレイナルドはクリストフに報告する為、悠長にアルヴァナへ報告に戻ったのであろうから。だからクリストフとしてもシルヴィアの命を救いにマドラルに駆けつけたわけではなく(無論、そういう気持ちもあっただろうが)、何よりもアルヴァナ前王に似た愚王がシルヴィアを害そうとした事実がどうしても許し難く、自らの手で斬らなければ気が済まなかったのではないだろうか。それもこれもロワイエ氏が生存、幽閉されているとの情報があり、王を殺しても治める人間がいる事を踏まえた上で、
“ノイエンドルフ侵攻がアルヴァナ主導で行われたとの虚言を弄した場合はそれなりの責任を取ってもらう”
との宣言もしていたからこそ出来た事だとは思うが。
「そう言えばさっきの話の、グレン副長に突っかかった奴と、ダゲール伯だったか……の孫娘とやらはその後どうなったんだ?」
「グレンに突っかかった者はレアンドルというのですが、あいつは正式に入団して今は真面目に騎士として働いていますよ」
「そうなのか?!」
思わずエーレンフリートとギルベルトが声を揃えて言った。
「入団試験時のグレンとシルヴィアの手合わせを見て衝撃を受けたそうで。真剣に両利きが武器になると信じ込んでいたらしいんですよ。なんでも、好きな女の子を守って酔っ払いの騎士をそのフェイントで撃退したからだとか。その時の女の子と現在は恋人同士との事ですが、彼女がグレンのファンだとかで……」
「つまりグレン副長に突っかかっていたのは嫉妬か」
「そういう事です。が、グレンとシルヴィアの打ち合いを見て、自分が剣技だと思っていたのは器用な子供の単なる特技でしかなかったと知って、グレンに謝罪をしに来たんですよ。そこでグレンに“まだ騎士になりたいか?”と問われて“強くなりたい”と応えたので、レジェ預かりで騎士になりました。丁度今日シルヴィアと話した際、ギルベルト卿と打ち合って思ったが、レアンドルに双剣の技を仕込んでみてもいいのでは?と言っていましたね」
「あいつ……うちの騎士団の面倒を見つつ、ちゃっかりギルベルトの剣技を盗んでいたのか」
エーレンフリートが笑いながら言うと、
「彼女に対しての返礼になるなら何よりです。剣技を真似られようと、私が劣る事はあり得ませんので」
ギルベルトがすました顔で断言する。
それはそうだろうと思う。ギルベルトの強さに関しては近隣諸国はもちろん、遠方とまではいかなくとも少々距離のあるアルヴァナにまでその名声は届いていたのだから。
「ダゲール伯の孫は、件のダゲール伯本人が『孫にケガを負わせた責任をとれ』と、クリストフに結婚を迫ってきていますね」
「結婚?!」
「そいつはクリストフ王を暗殺しようとするほど憎んでいたんじゃねえのか?何で結婚なんか……」
「伯はとことん我が王を侮っていますから、結婚させればあの娘が実権を握れると考えているんでしょうね」
「ダゲール伯とやらは戦場での王を見た事がないのか?」
「目には映っていたでしょうが脳に届いていなかったのかもしれません」
驚き呆れ、エーレンフリートとギルベルトは顔を見合わせた。ギルベルトなど、マドラルの処刑場でひと目見ただけで威圧感をおぼえたというのに。恐らくは祖父も孫と同じく、目の前の現実より自分の信じたい事しか認められない人間なのだろう。
「それにしても孫を可愛がっているのかと思いきや、本人の気持ちも無視して権力欲しさに孫を利用するとは。見下げはてた人物だな」
「当の孫娘が一緒になって『あの時の事は許して差し上げますから、私との結婚に応じなさい。でなければ女性に乱暴を働いた王として歴史に名を遺す事になりますよ』などと言ってきている。あまりにしつこいもので最近は要件だけ確認して、その件で来たのなら門前払いしているが」
「……アルヴァナにも妙な輩がいるものだ。クリストフ王も大変だな」
「どこの国にも立派な奴もいれば下種な輩もいるものです。真に国を思う王がいれば、国や民を自分の自由になる玩具程度にしか思っていない王もいるように」
吐き捨てるような言い様に、レイナルドも前王とランズウィックの件の呪縛に未だ囚われているのだと分かる。
燻り続けている怒りと虚しさは、五年経った今でも消しようもなく二人の心に残り続けているのだろう。この先十年、二十年経とうが消えないのかもしれない。
ノイエンドルフの内乱も皆の記憶に深い傷となって刻まれ、消える事はないのだろうか。エーレンフリートはそう考え、ふと先の話題に出ていたグレンの事を思い出す。
レイナルドの話を聞いていると、彼はクリストフやレイナルドと同じ思いを抱えているらしい割には、二人より冷静と言うか、ある程度割り切っているように思えた。性格によるものか気持ちの折り合いのつけ方が上手いのか。シルヴィアはギルベルトに教わりたいと言ったが、エーレンフリートはグレンにメンタルコントロールの方法を、ノイエンドルフ騎士団に伝授して欲しいと思う。
「……俺自身がアルヴァナを訪れられればな」
「エーレンフリート様?唐突にどうされたのですか?」
「クリストフ王やグレン副長とゆっくり話してみたいのが第一か。あとシルヴィアが焼いた菓子を食べたが、驚くほど美味かった。聞けばアルヴァナは食にこだわりがある国で、その菓子も国のものだと。我が国の民は俺の方針のせいで、食べ物ひとつとってもこの国のものしか知らずに生きて死んでいくのかと、その時に考えてしまってな。出来れば俺が自らアルヴァナを視察して、クリストフ王さえ良ければ後に交易を行う為の話し合いもしたいんだ。その際アルヴァナ騎士団の訓練も見られればと……まあ、あくまでも俺の希望だけどな」
「例の男の件が片付けば、それも叶いましょう。ギルベルト卿が許せばの話ですが」
ギルベルトとしても、エーレンフリートが見聞を広めたいと言うのであれば、反対をする理由はない。ただノイエンドルフには、エーレンフリートに随行させるにも王の留守を預からせるにも、それに相応しい人材が足りない。アルヴァナにはレイナルドとグレンという人物、そしてシルヴィアがいる。この違いは大きい。あるいは任せてもいいものを、単にギルベルトが信用できないだけの話かもしれないが。
そんなギルベルトの気持ちを察して、エーレンフリートは苦笑した。
「敵国に行くって話じゃねえんだ。そんなに俺の身が心配なら、その時の留守はお前が預かって、俺にはシルヴィアを護衛につけてもらえばいいだろ。それともなんだ?お前も随行したいのか?」
「それは無論。陛下から目を離すのは心配ですし、何より私とて他国の文化に興味がないわけではありませんから」
「……ジレンマだな」
「ジレンマ?」
「ギルベルト卿の気持ちは分かる。内乱があったばかりだからな。留守を誰かに任せて、その間にまた内乱が起きたら……と思うのも仕方がない。それならと任せられる人材を育成しようにも、育てて力をつけたその人間が内乱を企てたら、という不安もある。俺だってギルベルト卿の立場なら迷うだろう。シルヴィアを騎士団長にする事に反対していた連中も、そういう思いで反対していたんだろうしな。が、もしもの話だ。あんたが病に倒れたとする。誰がエーレンフリート陛下を守るんだ?自分がいなくなった後も国は残るんだぞ。その国を、エーレンフリート陛下を支える人間は絶対に必要だ。俺より遥かに思慮深いあんたにそれが分からないはずはないだろ」
レイナルドの言う事は正論だった。反論の余地などない。
エーレンフリートよりも、クリストフよりも、シルヴィアよりも、他の誰でもない自分こそが最も過去に対する割り切りが必要な人間なのかもしれない。ギルベルトはそう思った。




