『グレンの怒り』
完全に見下していた相手に自分が負けたという事実を認められず、その上世界で最も優れた騎士であると尊敬している祖父を、虚言を用いて侮辱されたと思い込んでいる少女は、なんとかして意趣返ししてやろうと顔を上げた。その時目に入ったのはシルヴィアの顔。可哀想な女の子という理由だけで皆に同情され、テストでは手加減してもらい、実力があるように見せかけてもらっていい気になっている敗戦国の女。正々堂々と戦った自分の扱いとの差に納得がいかず、シルヴィアの方を指差した。
「祖父を逆恨みとおっしゃるなら、その子も当然同じですよね!ランズウィック自体は被害国だとしても、その子が、自分が助かる為に騎士の方達を誘惑したのは事実ではないですか!それを被害者面して騎士になってこの国に復讐しようだなんて……」
ここまで言った時、グレンが屈んで怒りの表情で少女の胸ぐらを掴んだ。
「ひっ!な、なんですか、無礼な!女の胸ぐらを掴むなんて」
「仮にも騎士になるつもりでここに来た人間が性別を主張するな。俺は紳士でもフェミニストでもない。これ以上その腐った精神を垂れ流すつもりなら、俺が君を斬り捨てる。君がまだ子供で、ただの市井の民であろうとそうする。ランズウィックに関わった騎士として、何も知らずに想像だけで、面白半分であの件を歪曲して流布する人間を俺は絶対に許さない!」
グレンの怒りの声が場内に響き渡った。
グレンがここまで激怒しているのを、誰もが初めて見た。クリストフやレイナルドですら。ランズウィックの時にそうであったように、本来は静かに怒りを表すタイプなのだ。その彼がこれほど感情をむき出しにしている。少女自身や、この場にいるかもしれない無責任な噂を信じている者に、その不快さを分かりやすく伝える為にわざとそうしている可能性もあるが……。
少女は恐怖からか屈辱感からか、ついに泣き出してしまった。その様子を嫌悪感を隠さず眺め、グレンは手を離した。そして立ち上がるとクリストフに向かって頭を下げる。
「勝手をいたしました。申し訳ありません」
「いや。よく言ってくれた」
クリストフもその表情は冷え切っている。ランズウィックを見た、経験した騎士達は総じてそうだった。シルヴィアが騎士になる事は好ましくないと思っている者も、あの現場を見た以上『騎士を誘惑して自分だけが助かった』などという暴言には嫌悪感しかない。
この空気に噂を信じていた者達は気まずそうにう俯き、少女は自分こそが被害者だとばかりに泣いている。
「本日の入団テストはここまで。団長は後日、騎士叙任式の後に行われる模擬戦で決定するものとする。心して準備しておくように。それとそこのお嬢さんに救護の者を」
クリストフが告げ、場は解散となった。
その後すぐ、シルヴィアの所にレイナルドを含めた元クリストフの部下達が揃ってやってきて、レイナルド以外の皆が頭を下げた。
「貴女が今ではアルヴァナ国民であると承知の上で言わせていただきます。『我が国の民』が失礼な事を申してすみません」
シルヴィアは最初驚いた表情をして、それから柔らかく微笑むと、頭を横に振った。
「私は大丈夫です。レジェ様も皆様も私の恩人なのですから、頭を下げていただいては恐縮してしまいます」
「私の名を?」
「ランズウィックを救いに来てくださった皆様のお名前は、陛下に教えていただきました。ずっとお礼を申し上げたかったのです。あの時は……本当に……ありがとうございました」
今度はシルヴィアが頭を下げる。言葉の後半は声が震えていたことから、涙をこらえていたのだと分かった。当然騎士達は逆に恐縮して口々に「頭を上げてください」と言う。そんな中、普段の落ち着いた雰囲気に戻ったグレンが優しく微笑んでシルヴィアを見た。
「シルヴィアさん、自分が触れても大丈夫でしょうか」
「え?……はい」
グレンの唐突な申し出に一瞬戸惑ったシルヴィアが頷くと、グレンはそっと彼女の頭を抱き寄せて顔を覆い、誰にも見えないようにして小さな声で言った。
「貴女が騎士になるなら自分が貴女を支えます。が、今はまだ肩書きのない女の子なのですから、我慢せずに泣いてください」
そう言われ、それでもシルヴィアは声も出さずに肩を震わせるだけだった。そんな彼女をグレンは優しく見つめている。
この行動にレイナルドは内心驚いていた。先刻の怒りを表した事といいグレンらしくなさすぎる。
彼本人は「紳士的ではない」と言っていたが、女性に対しての振る舞いは常に紳士的なのである。とはいえ自ら抱き寄せて泣かせてやるような、そういったタイプではない。通常ならばレジェのように「申し訳ありません」と頭を下げて気遣わしげな表情を浮かべるだけだろう。それが何故シルヴィアにはこうしたのか。やはりランズウィックでの事に自責の念があるのか。その日の夜にグレンの部屋に酒を持って訪れ、話を聞いた。
「で?何が聞きたいんだ?」
「そうだな。順を追って聞こうか。まず副団長に任命されてクリストフの『頼んだぞ』という言葉にお前は『私の全てをかけて』と応えていたな。あれはどういう意味だ?」
「そのままの意味だけど」
「嘘つけ!普段のお前ならあんな応え方はしねえだろ」
「と言われてもな。あの時の自分の気持ちを率直に言っただけだから」
長い付き合いだがクリストフと違い、グレンはやはり分かりにくい。恐らく裏表はなく本音で話しているのだろうが、それほどシンプルな人物とも思えないので、つい「まだ言ってない事があるだろ」と思ってしまう。
「言ってなかったと思うけど」
少しの間を置いて、グレンがそう話し出した。
「俺が騎士になろうと思ったキッカケが、近所に住んでいた、俺たち兄妹の姉みたいな存在の女性が騎士に殺された事で……」
「何?当然この国の騎士……しかないな」
「そう。国王派の騎士が、王の命令だとかでその人を連れて行こうとして、抵抗したからと殺された。俺とアデリーヌの目の前で。その時俺は子供なりに『もしかすると母や妹も、いつかこんな風に殺されてしまうかもしれない』と考えて、家族を守る為に、強くなる為に騎士団に入ったんだ」
話を聞きながらレイナルドは、グレンがシルヴィアの事に関しては少々感情的になる理由を納得した。クリストフが王弑逆を決めた際に
『自分の妹がこのような目に遭わされたらと思うと他人事とは思えないから自分もついていく』
と言った理由も。
既に姉のような存在を、やはり王の命令で連れ去られそうになった上に殺されていたのだ。自身は殺されなかったとはいえ、シルヴィアと彼女の両親の姿と、その女性の姿を重ね合わせていたのだろう。今も。一連の彼らしくない言動もそう考えると分かる。
が、話には続きがあった。
「入団して一年くらい経った頃だったかな。団長に付いて見回りに出た時、似たような場面に遭遇した」
美しい女性が連れて行かれそうになっていて、恋人らしき男性が必死で止めようとしていた。騎士達は男性を足蹴にし、笑いながら女性の胸を掴む。グレンは怒りに震えつつ騎士に対する幻滅を深めていたが、ふと一人の騎士が冷たくエメラルドグリーンの瞳を光らせているのが目に入った。グレンは彼を知っていた。いや、アルヴァナ騎士団で彼を知らない者はいない。
クリストフ=ドゥ=ラ=パトリエール。
グレンの一歳上の彼は、まだ十代半ばであるにもかかわらず、既に強さにおいて団で一番だと言われていた。そしてその美しさ。目立たないはずがなかった。
その彼が明らかに軽蔑するような目で女性を連れて行こうとしている騎士達を見ていたのだが、まだ入団して2年。上の人間には逆らえなくて、結局協力して連れて行くのだろうと冷めた気持ちでグレンが見ていると、必死で止めようとする男性に業を煮やした騎士が、とうとう男性を斬ろうと剣を振り上げた。
またこんな事が目の前で起こるのかと、はらわたが煮えくりかえる思いで拳を強く握りしめたが、未熟な自分では止めに入っても殺されるだけで結局は助けられないと分かっていたため、動く事は出来なかった。
が、斬られると思った時、その騎士の剣を持った方の腕が落ちた。




