『入団テスト』3
誰もがシルヴィアの才能に戦慄している中で、少女だけは延々と
「言い訳をするなど見苦しい!」
「それは単にあなたの実力不足です!」
と喚いている。
仮にも騎士になろうという人間がシルヴィアの恐ろしさが分からないのかと呆れていると、グレンが二人に近付き少女をたしなめた。
「君のテストはまだだ。シルヴィアさんの戦い方に難癖をつける前に、自分の実力を見せてみればどうだ?」
「テストなど無駄ですよ。この場にいる誰より私は強いのですから。私が団長になるのも決まっているようなものです。まあ前の団長が実力によらず、美しさと人気だけでその座に就いたように、我が国に負けた弱小国家出身で、騎士に喜んで体を売って生き延びた、汚らしくて哀れな女の子を悲劇のヒロインのように持ち上げて団長にする、なんてバカな事もあり得ないとも言えませんが」
あまりに失礼かつ現実から乖離した発言に、さすがに騎士達も入団希望者達も驚き呆れ、そして怒った。
シルヴィアは被害者だと誰もが思っているし、同情もしている。何より偉大な英雄クリストフ王に対する度重なる侮辱発言が許せなかったのだ。が、この言葉を受けても当のシルヴィアは表情を変えなかった。
変えたのは王の方だった。
「いいだろう。君の相手は私が引き受ける。もし君が私に一発でも攻撃を当てられたら団長に任命する。それが敵わなければ、今後何があろうと我が国で騎士にはなれないと思え。いいな?」
静かに、だが常より低い声を押し出したクリストフが少女の方を見ると、彼女は胸をそらして髪をかき上げ嘲笑した。
「一発でよろしいのですか?随分簡単な条件ですね。勝てたらでも私は構いませんよ」
「君の大言は聞き飽きた。言葉を紡ぐ前にその自信の源となっているであろう剣の腕を見せてもらう」
「騎士をやめて四年も経つ腕の鈍った相手に負けるようでは、末代までの恥です。あ、断っておきますけど、恥をかかされたと前言撤回などなさらないよう。ここの皆が証人です」
どこまでも強気である。クリストフを上回る事はあり得ないが、もしやシルヴィアより強いのだろうか?そうでもなければ、アルヴァナの歴史上最強の騎士と謳われたクリストフを、お飾り団長扱いする理由が分からない。
さて、どれほどの腕なのかと誰もが興味津々といった体で見ている先で、少女と向かい合ったクリストフが突然殺気をみなぎらせた。
「ひっ……!」
思わず悲鳴をあげたのは入団希望者達と、クリストフが王になって以降に入団した、騎士時代の彼を戦場で見た事がない者達である。王の威圧感に圧され、自然に呼吸が苦しくなってくる。まるで自分が斬られるような錯覚に陥り、恐怖に震えている者もいる。
そして向かい合っている少女も、殺気を感じ取る事は出来ないなりに、得体の知れない恐怖だけは感じた。
「な、なんですか?女相手に凄んで。王たる者が……」
「この期に及んで剣ではなく、まだ口を開くか。さっさとかかってこい」
「……お覚悟を」
少女がニヤリと笑い、剣を構える。その構えは基本に忠実で、型としておかしいものではない。きちんと指導されたのであろう事はうかがえる。が、それだけである。クリストフのような威圧感や、シルヴィアのように向かい合うと切り裂かれそうな緊張感はない。
「行きます!」
そう叫んで少女がクリストフとの間合いを詰めようと足を踏み出した。と思った瞬間……
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鈍い音がして少女の剣が砕け、その体は後方に吹っ飛んだ。
周囲の人間にも、未熟な者達は何が起きたのか分からなかった。少女が先に動いてクリストフに向かった……はずだったのだ。なのに今少女は倒れている。剣は砕けて、もうとても使える状態ではない。わけが分からない。王は何をやったのか。
混乱が広がる中、剣を携えたクリストフがゆっくりと少女に近付く。先刻までの自信満々な態度は消え失せ、少女は脅えた顔をして王を見上げた。
「師か、もしくは身内か。恐らく君はダゲール伯に教わった人間だろう。言動も構えもそっくりだ」
「ダゲール伯?……ああ、新入りの訓練担当をしていた爺さんか」
「祖父の事を、そのような呼び方をするとは無礼な!分を弁え……っつ!」
レイナルドに向かって叫んだ少女は、吹っ飛ばされた際に骨にダメージを受けたのか、痛みに顔を歪めた。そんな少女を、軽蔑しきった冷たい表情でクリストフは見下ろしている。
「その思想は伯に刷り込まれたものか?私に対する評価は別にいい。が、ランズウィックとシルヴィア嬢に対する侮辱は何だ?友好国家だと思っていた国に突然攻め込まれた被害国を弱小国家だと、抗う術なく蹂躙された無辜の民を汚らしく哀れだと笑う、その精神は何だ?」
「我が国に敗北したのは……事実ではないですか。しかも勝ったのはあなたの率いる隊ではなく……あなたが弑逆した……偉大なる前王に忠実な隊であったと聞きました。あなたに実力が足りなくて出来なかった事を成し遂げられて……嫉妬から反逆なさったのでしょう?」
「貴様!黙って聞いていれば!!」
「何も知らない子供が!無礼な!!」
クリストフと剣を合わせたこの期に及んでも、まだ王の力を侮り無礼な言葉を吐き続ける少女に、我慢できなくなった騎士団員達が怒りの声をあげる。その剣幕に少女はビクッとしたが、小声で「私は何も間違った事は言っていません」と言う。
そんな少女を侮蔑の色を隠しもせずクリストフは見下ろした。
「我が国の騎士は、まず王の命令により動く。が、その先現場での判断と指示は騎士団長に委ねられる。もし戦場で我方が不利となった場合、もしくは相手方が戦意を喪失した場合、戦い続けるか退くか、決めるのは団長だ。その判断ひとつで敵も味方も関係なく、更に失われる命が増えるかもしれない。戦争であれば、それも覚悟の上だろうというのも事実ではある。しかし……」
ここで一度言葉を切ったクリストフは、抑えきれない怒りを滲ませ、声を張り上げた。
「時には命の奪い合いをする立場であるからこそ、命の重さを理解もせずに剣を持つ者を、たとえ他国の民であれ罪のない人々を侮辱し、あまつさえ襲う事を恥とも思わず肯定するようなものを、我が国の騎士とは断じて名乗らせない!他の者の命を軽んじるようなものに、騎士達の命を預けさせはしない!」
クリストフの怒りの声に、騎士達は改めてこの国の騎士である事の意味を重く受け止め、入団希望者達は安易に強ければ騎士になれると、騎士になればいかに多くの人間を斬れるかで強さを競い合うものだと思っていた自分の考えが、王の不興をかうものだと知った。
しかし懲りない少女は涙を流しながら王を睨んだ。
「祖父に……この事を言いつけます。きっと怒ってあなたの性根を叩き直してくださいますから。あなたに剣を教えた、あなたが一度たりとて勝ったことのない祖父です。……覚悟をしておくのですね」
「ぷっ!あははははははは!さんざんデカい口を叩いた上で性別を盾に取ったかと思えば、今度は告げ口か。あんまり笑わすなよ、ガキ。あのダゲール伯がクリストフに剣を教えただと?対戦で負けなしだと?酒場でありもしない自らの英雄譚を語る奴などごまんといるが、こいつは大きく出すぎだろう」
「な……っ!」
「あんたが妙に自信を持っていた理由は分かったが、そもそもだ。ここでクリストフの剣を実際に受けても、まだ伯の戯言を盲信している時点で、あんたには相手の実力を測る能力がない。自分がこうと信じているもの以外は見えないのだからな。そんな人間が団長にふさわしいなどと本気で思っているのだから笑うしかないだろ」
「戯言……ですって?私はいつも祖父と手合わせしていました!あれほど強い人は他に……いません!」
「強いねえ。知っているか?ダゲール伯は基本から少しでも外れる事を極端に嫌っていた。クリストフの型は独特だからな。そんなものは邪道だと実力を一切認めなかった。これが前国王派にはウケが良くてね。その考えは正しいと持ち上げられて調子に乗った結果、伯はクリストフを暗殺しようとして返り討ちに遭ったんだ。前王はクリストフを嫌っていたから不問に付したが、圧倒的な支持を受けている団長を暗殺しようとした事実は団員達の怒りを買って、居づらくなった伯は騎士団を抜けた……それを逆恨みして孫娘に嘘を教え込んで自分を保ったってところか。相変わらず愚かな爺さんだぜ」
「嘘です!……そんな事!」
「君が信じようが信じまいが事実は変わらない。信じなくても誰も困らない。君が何を喚こうが、陛下と君の打ち合いを見て君の、ダゲール伯の主張を信じるような者はいないだろう。言いつけたいならそうすればいい。それで陛下に対して何かしようとするなら、今度こそ伯を裁ける」
レイナルドに続いてグレンも静かに言う。少女は痛みと屈辱で青くなった顔を歪ませ震えていた。




