『入団テスト』2
「よろしくお願いします」
その声の持ち主の登場に、場内が異様な緊張感に包まれる。シルヴィアだ。
ランズウィックを知る騎士達は特に、どういったつもりで騎士になろうというのかと警戒心を抱いているし、他の者達も異国の女の分際で(これは正しくなく、この時点でシルヴィアはアルヴァナ国民となっている)この国の騎士になろうとは図々しいと、総じて冷ややかな反応で、シルヴィアもそれと気付いていたが意に介さない様子で静かにそこに立っている。
「いつでも打ってきなさい」
シルヴィアの相手を務める事になった騎士が言う。騎士ではない、しかも女性が相手なので、一応構えはしたものの完全に油断しきっていた。
「シルヴィア・オルドリッジ、参ります」
「!!…………なっ?!」
宣言したと思った直後には騎士は懐に入られ、瞬く間に剣を弾き飛ばされていた。
周囲にいた誰もが我が目を疑った。グレンですらも。彼はシルヴィアがクリストフとレイナルドから訓練を受けているのは知っていたが、実際に現場を見た事はなく、彼女がどれほどの力をつけているのかまでは知らなかったのだ。
この一撃だけでも彼女の入団資格については文句がないところであっただろう。しかし現役騎士でありながら剣を飛ばされた騎士は納得がいかなかったようだ。
「失礼した。女性が相手とはいえ油断しすぎたようだ。これでは実力が量れないので、もう一度打ってきてもらえるか?」
などと言う。
「はい。よろしくお願いします」
シルヴィアは頭を下げ、騎士の合図を待った。
今度は騎士もしっかり構え、万全の状態で「始め!」と合図を送ったが結果は同じだった。一瞬で距離を詰められて剣を飛ばされる。剣を握っていた手は痺れ、その手を押さえて呆然とシルヴィアを見ると、彼女はその赤い瞳を光らせ鋭い目つきで騎士を見据えていた。このまま二撃目が打ち込まれると思った瞬間、騎士は咄嗟にシルヴィアの腕を掴んで止めようとしたが、またもや一瞬で距離を開けられる。
「ありがとうございました」
元の位置についたシルヴィアが頭を下げた。
これで終わりだと誰もが思ったのも束の間、クリストフが鋭い声で告げる。
「そのまま続けろ!剣を手放したり彼女に打ち負かされたら交代。アルノー隊から順に、私が止めるまで彼女に向かっていけ!」
誰もが無茶だと思った。可愛がっているように見えて、実はクリストフもシルヴィアを警戒していて、この機会に痛めつけてやろうとしているのかと、一瞬邪推する者までいた。が、英雄クリストフがそのような陰険なまねはしないだろうとすぐに思い直し、では何故と首をひねる。
……そんな疑問の答えは王の説明を待つまでもなく、目の前の光景を見れば一目瞭然だった。
「うそ……だろ?」
アルノー隊の者も一人、二人と一合で剣が飛ばされ、その後の者達は相手が女だからと侮らず、充分に集中していたのだが、誰一人としてまともに打ち合うことさえ敵わず交代していく事になった。別の隊の者達も同様。何故剣を握っていられないのかの理屈も分からないまま。
元クリストフ直属部隊だった者達だけは打ち合いにはなったものの、決して優位に立てる事はなく、形としては敗北に終わった。
(無理もない。周りで見ている時と向かい合った時では、スピードの感覚が違うからな。心のどこかで“女だから”という気持ちが少しでもあれば、まずその速さで調子が狂わされ、惑っている間に武器の急所を狙われ、飛ばされなかったところで体勢が整う前に二撃目が打ち込まれる。慣れれば対処は可能だろうが、初めて打ち合うのではシルヴィアと同じ天才型のヤツでなければ無理だ。……が、それにしても……)
今日のシルヴィアは訓練の時より更に動きがいい。集中力の賜物か。大勢の騎士がランズウィックを思い起こさせるためか。
そんな事をレイナルドが思っていると、ふとグレンが動き出した。
「陛下。自分もシルヴィアさんと打ち合いたいのですが、よろしいですか?」
「無論。本気でやってくれ」
皆がざわつく。
いくらなんでも現騎士団の中では最強のグレンまでもが負ける事はないだろうが、シルヴィアの強さの理屈が分からない以上、どうなるのかと不安に思ったのだ。
シルヴィアが騎士団員達と打ち合い始めて二時間。もはやここは入団テストではなく、さながらシルヴィアの実力を周知させる場となっていた。
「本当は、私は参加する気ではなかったのだが、観ている内にどうしても貴女と打ち合ってみたくなった。よろしく」
「はい。私もグレン様……副団長と打ち合ってみたかったのです。よろしくお願いします」
皆が固唾を呑んで見守る中、二人が向かい合ったところでクリストフが声をかける。
「合図は私が出す。構え!」
ここで初めてシルヴィアが構えた。それはクリストフと同じ居合いの様な構えで、改めて場内がざわつく。
「陛下に剣を教わっていたのか?」
「そんな特別扱い、許されていいのか」
シルヴィアの強さの理由が、クリストフにより秘密裏に行われた訓練にあると思った騎士達は口々に不満を言った。が、
「バカか、お前ら。新入りはともかく、前からいる奴らはクリストフや俺から散々訓練を受けていただろうが。何が特別扱いだ。負けた事に理由を探しているようだから、お前らはあいつに勝てなかったんだよ」
レイナルドの言葉に反論できる者はいなかった。知らず「理由が無ければ負けるはずがない」と思っていた。まだ騎士にすらなっていない『女』なのだからと。
再び静まり返った場内で、グレンがシルヴィアに聞こえる程度の声で彼女に話しかける。
「見苦しい所をお見せしてすみません。仕切り直していただいてよろしいですか?」
「はい。大丈夫です」
そう言って軽く微笑んだ。そしてすぐに表情を改め構え直す。
「陛下!私はいつでも大丈夫です」
一気に集中力を高めたのが見ただけで分かる。今までの相手と対した時とは明らかに違う、戦場に立っているかのような雰囲気だ。彼女は戦場に騎士として立った事はないはずなのに。
「……はじめ!」
クリストフの合図と共にシルヴィアが床を蹴ってグレンの懐に飛び込み、剣を抜いて振り上げる。手の動きでどこに攻撃が来るか分かっていたグレンは狙われた急所を外し、シルヴィアの剣を受けたが、驚いた顔を浮かべている。その間にも防がれたシルヴィアは剣の向きを変え、側部から攻撃をする。切り返しが速い。この攻撃も受け流し、グレンは力を込めて打って出たが、シルヴィアはそれを受けても体勢を崩すことなく受け止めた。この瞬間グレンが笑ったのをレイナルドは見た。
「なるほど。強いな」
呟いたグレンは一気に攻勢に出た。
シルヴィアが剣を構える前に間合いを詰め、腕の動きを見て剣を振られる前に攻撃をする事で彼女の攻撃を防ぐ。防戦一方になったシルヴィアは、それでもなんとかグレンの攻撃を受け続け、反撃の機会を待つように鋭く目を光らせていた。
シルヴィアのテストが始まってから、レイナルドの前で呆けたように彼女の打ち合いを見ていた、グレンを挑発した少年の所へ、クリストフ直属の騎士だった者の一人が近付き、声を掛けた。
「どうだ?まだ自分が副団長に手も足も出なかった事に納得がいかないか?」
「……いいえ。まず副団長より、あのシルヴィアとかいう女の人にも、俺は手も足も出ません。何て言うか……格が違います。調子に乗っていた事が恥ずかしいです」
少年はそう呟いて、再びグレンとシルヴィアの方へと目を向ける。
「何が違うんだろう?俺とか他の入団希望者とは、あの人は何かが違う」
「私も分からんが、本気度かもしれんな。あの人はテストとは思っていないように見える。本気で、相手を倒すつもりで戦っている。ここが戦場に見えているのかもしれんな」
その二人の会話を、グレンとシルヴィアの打ち合いを見ながらレイナルドは聞いていた。
ここまで見てきて、他にも本気で騎士になりたいのだろうと思える者は何人もいた。その者達とシルヴィアとで『本気度』という点で差はないと思われる。では何が違うのかと問われれば、レイナルドにもよく分からない。しかし確実に彼女と他の入団希望者では違うものがある。天性の才能や実力の差などといったものではない。覚悟の差でもない。クリストフにはそれが何か分かるのだろうか?そう思いクリストフの方へと視線を移すと、彼は複雑な表情を浮かべていた。
打ち合い始めて何分経ったのか。徐々にシルヴィアの手数が減ってきた。誰もがここまでかと思った時……
「?!」
グレンの攻撃に押され、後ろに体ごと弾き飛ばされたと思ったシルヴィアが、次の瞬間にはグレンの懐に入って剣を振り上げていた。
誰もが何が起きたか分からず、目を疑った。が、グレンはギリギリの所でかわし、逆にシルヴィアの肩辺りに剣を振り下ろし、そこで止めた。
「そこまで!」
クリストフの声が響く。
見るとグレンの頬から血が流れていた。先刻のシルヴィアの攻撃が掠っていたのだ。
「ありがとうございました」
そう挨拶を済ませた途端、シルヴィアは慌ててポケットからハンカチを取り出し、グレンの頬を拭った。
「すみません!お顔に怪我を……!」
グレンが一瞬、戸惑ったような表情を浮かべ、そしてふっと笑う。
「大丈夫。騎士をしていたら怪我なんて当たり前にするから」
彼が普段ならともかく、訓練場でこのように表情を崩すのは非常に珍しい。しかもシルヴィアが少し背伸びをして拭いているもので、軽くかがんで拭きやすくしている。
(あのグレンが。あんな表情初めてじゃねえのか?)
レイナルドが奇異なものを見る目で眺めている先で、グレンがシルヴィアの手を取った。
「ありがとう。まだ一人残っているし、もう血は止まっているだろうから、これくらいで」
「はい。本当にすみませんでした」
シルヴィアは深々と頭を下げて、入団希望者の列に戻った。すると例の少女が突然シルヴィアに平手打ちをしようと手を振り上げた。が、神経が研ぎ澄まされている今のシルヴィアにそんなものが命中するはずもなく、手を掴んで止められてしまう。
「離しなさい!卑怯者!」
「卑怯?何がでしょうか?」
「あのような恥知らずな戦い方は初めて見ました!まともに打ち合うこともせず、攻撃手段を奪うような卑怯なやり方、騎士になる資格などありはしません!」
「申しわけありませんが、私に出来る最良の戦い方がこれなのです。実際の戦場で鍛えられた騎士の男性相手に、真っ向勝負でまともに打ち合えると思うほど、私は騎士団の方々を侮ってはいません」
このシルヴィアの発言に騎士達の表情が変わった。
クリストフに教えを受けたのであろうが何だろうが、武器の急所をつくなどといった技は、一朝一夕で身につくものではない。現に型はクリストフと同じものであっても戦い方そのものは違う。体格も体力も力も違うのだから。つまりこれは持って生まれた才能で、それを生かす戦い方を教えられたのか?そう考えてゾッとしたのだ。
天才に教えを受けた天才。その人物は決して相手を侮らず、油断せず、恐ろしいまでの集中力を持っている。冷静に彼女を見てみると、2時間以上戦っていながら息も乱さず、疲れた様子すら見せていない。恐らく体力トレーニングもかなり積んだのだろう。女性の体力で、男性と同等に動けるレベルになるまで。同じトレーニング内容でも男と女では体にかかる負担は違うはずなのに。それを乗り越えられるだけの精神力が、まず恐ろしかった。




