『入団テスト』1
それからの実戦訓練は更に苛烈を極めた。
力の差から体勢を崩されてしまった時の対応や、シルヴィアの攻撃パターンから隙が出来やすくなる場所など、体に叩き込まれ教えられた。その時に出来た傷から高熱を出して寝込む事もあるほどに。それでもシルヴィアは満足そうで、辛いとも痛いとも決して口にせず、むしろ
「疲れるお陰で熟睡できて体力的には以前より楽なほどです」
と微笑む。
その姿を痛々しいとは思うが、あの痩せ細って生気のなかった頃を知っているだけに、生きる糧を見つけたらしい彼女の生き生きとした目を見ると、もうやめようと言う気にはなれなかった。
そうしてシルヴィアが二十歳になった日、アルヴァナ騎士団の入団テストが行われる事になった。
入団希望者の中にシルヴィアがいることで、現団員も他の入団希望者もざわめく中、クリストフの声が響く。
「この4年、団長と副団長を置かずに来たが、私が王位に就く際に起きた混乱で減った人員も戻り、団としての体裁も整ってきた事からそろそろ決めようと思う。まずグレン!」
「はっ!」
「色々言いたい事もあるだろうが、お前にアルヴァナ騎士団副団長の任に就くよう命じる。お前以外では務まらないと私は思っている」
「異論などございません。謹んで勅令承ります。国の為、国民の為、陛下の御為に、より一層力を尽くす所存です」
「……頼んだぞ」
「私の全てをかけて」
グレンは片膝をつき頭を下げた。
ずっと頑なに団長、副団長の座に就くのを拒んでいたグレンが、王の命令という形とはいえ受けた事に皆が驚き、そして湧き立った。
上の地位が空席だった間、大隊長として実質騎士団を率いてきたのはグレンであったし、クリストフとレイモンのいない今、上に立つのに最もふさわしいのは彼だと誰もが思っていたから。
その様子を訓練場の一番後方から見ていたレイナルドは、クリストフとグレンの短いやり取りに込められた意味について考えていた。
シルヴィアの実力はグレンを凌ぐほどではないが、間違いなくその他の団員を上回る。自分もクリストフもそのレベルになるよう鍛えてきた。故に皆の反発を買うだろう。その強さを危険視する者、女性に実力で劣る事が認められない者。が、グレンが上に立てばそれらをある程度抑える事が出来る。本当は団長にしたい所なのだろうが、グレンが固辞するのは目に見えているので、クリストフは彼を副団長に任じた。
グレンはレイナルドがそうであるように、自らは動けないクリストフの代わりを務めるという意味で「私の全てをかけて」と言ったのか。勅令であるし受けるのは当然としても、この返し方はグレンらしくはない。いつもの彼であればクリストフの「頼んだぞ」の言葉には「はっ!」と短く返事をするだけだろう。
が、何であれシルヴィアの味方になってくれるのは確実だ。クリストフやレイナルドほどではないにせよ、グレンもシルヴィアと接する機会は多かったから。
「陛下。グレン大隊長が副団長になられるという事は、団長には他の者が就くわけですよね。一体誰が?もしやレイモン前副団長が……」
こう訊いてきたのはランズウィックにも同行したクリストフの元部下である。その言葉に訓練場内が湧き立った。
「おおっ!レイモン様が!それで今日はこちらにいらっしゃるのか」
「前副団長の訓練はキツいぞ。もし入団できたら覚悟しておけよ」
そう入団希望者達に向かって笑いながら言う騎士団員もいた。が、
「俺はレイモン・マクファーレンじゃねえ。レイナルド・ド・ダルクールだ。それに俺はもう騎士じゃねえんだ。団長になんぞなるわけがないだろう」
「え?では誰が……」
「それは今からの入団テストを終えて以降に発表する。たとえそれが今日騎士になる新人でも、私が適正ありとみなせば抜擢する事もあり得る」
クリストフがそう告げると、入団希望者の中から「面白い」という声が聞こえ、一人の少年が列から離れてグレンの前に立ち、『副団長』を指差し笑った。
「つまり俺でも、この顔が良いだけの副団長を顎で使えるって事ですよね。それは愉快だ」
この発言と態度に騎士達はざわつき、中には「無礼な!」と剣に手をかける者もいたが、クリストフ直属の部隊だった者達と、当のグレンは一切動じずに少年を見た。
「君が陛下から団長としての資格ありとみなされたならそうなる。まずは私を使ってみせるだけの実力を、この入団テストで見せる事だ」
グレンを馬鹿にした少年は、静かに語っただけの副団長に気圧されていた。自分と年齢もそれほど変わらないだろうに偉そうに……と少年が思っていると(実際にはグレンの方が十歳ほど年長である)、もう一人、少年と同い年くらいのなかなかに美しい少女が進み出てきた。
「団長には、私がなるべきと存じます。失礼ながら実力もなく国民人気で英雄と祭り上げられていた陛下や、親友だからと重用されていただけのレイモン殿、そのお二方の腰巾着で大隊長を務められていたグレン殿より、私の方が優れている自信があります!」
怖いもの知らずもいいところである。自分だけならいざ知らず、クリストフやレイナルドをコケにされグレンは表情を硬くした。
「騎士団に入団しようという者が陛下を見下す発言は慎め。たとえ君が団長になったところで、陛下に命令できる立場になるわけではないのだぞ」
「失礼しました!ですが私は事実を述べたまでです!」
「グレン、構わない。全ては入団テストを終えてからの話だ。テストは実戦形式で、騎士団員と入団希望者とで打ち合ってもらう。これは勝敗で決めるものではなく、あくまでも可能性を見るためのものだ。負けたからといって落とされると悲観する事はない。思い切って向かっていってみてくれ」
こうして入団テストは始まった。
あっさり負けて引き下がる者、あっさり負けても何度でも向かう者、なかなかの健闘を見せる者、それぞれであったが、先の大言を吐いた少年は、相変わらず「この程度か」と他の入団希望者を小馬鹿にした態度で眺めていて、少女の方は溜息をついて呆れたような表情をしている。やがてそんな二人、そしてシルヴィアの番が回ってきた。
少年は前に進み出ると訓練用の剣の切っ先をグレンに向けた。
「俺の相手は副団長でお願いしまーす!こんな下っ端相手じゃ俺の実力は発揮できないので!」
そうニヤニヤと笑う。指名されたグレンはクリストフの方を見て、そのクリストフが頷くのを確認してから少年の前に立った。
彼は何やらグレンに含む所がありそうだが、さて、その自信が実力を伴うものなのかどうか……。
(ま、どれ程の実力があろうと、グレン相手にそれが発揮できるもんじゃねえだろうけどな)
グレンがまず一番に評価されるのは、そのクレバーな面だ。いついかなる時も冷静で判断を誤らない。上官が冷静であれば部下もいかなる局面でも落ち着いていられる。それは上に立つ者として非常に得難い素養である。故に重用されてきたわけだが、勿論、性格だけで彼が大隊長を務めあげ、この度副団長にまで上り詰めたのではない。
自信満々でグレンに向かっていった少年は、右手で構えていた剣をグレンの目前で左手に持ち替え、「いただき!」と打ち込もうとしたが、左手に持ち替えた直後に手を打たれて剣を落とした。
「……へへっ。手が滑っちまった。仕切り直させてもらい……ますよっと!」
言いながら剣をグレンに向かって蹴り上げた。少年はその行動でグレンが驚き、隙が出来ると思い込んでいたようだが、近距離から蹴り上げたにもかかわらず剣は避けられ、逆に少年の喉元にグレンの剣が突き付けられた。
「もしや両利きか?なかなか面白い特徴だが、持ち替える動きは無駄で無意味だ。その特徴と負けん気の強さは買ってもいい。しかし、それだけで団長になれると思ったのなら過信が過ぎる」
そう言ってグレンが剣を下ろすと少年はニヤリと笑い、落ちていた剣を拾おうとした。が、グレンが先に爪先に引っ掛けて蹴り上げ、キャッチした上で少年に差し出した。
「まだ続けたいのか?だったらいくらでも相手するが」
殊更に凄んだわけではない。が、先刻と同様に気圧されてしまい、少年は悔しそうに「くそっ!」と床を叩いた。
持ち替えにせよ、剣を蹴り上げた行動にせよ、全て相手の意表をつけると思ってした事が、グレンには通用しなかった。この時の少年としては「何故?」という思いしかなかった。
しかし団員達は知っている。
クリストフの様なスピードと華麗さや、レイナルドの様なパワーはないが、グレンにはその二人にない動体視力と観察眼がある。相手のちょっとした動きを見て次の行動が読めるのだ。少年が一度右手で剣を持った直後の左手の軽い挙動で持ち替えを予想したのは勿論、落ちた剣を蹴り上げるといった大きな動作が分からないはずもなく、余裕でかわす事が出来たわけだ。予想が出来るので動きに無駄がない。相手が本格的に攻撃してくる前に先手を取れる。傍目に見て派手さがないので気付きにくいが、敵視点に立つと非常に戦い難い、嫌な相手なのだ。クリストフやレイナルドが彼を上回っているのは、動きを読まれても圧倒出来るだけの技とスピード、そしてパワーがあるからで、並大抵の者では打ち破るのは困難だ。少しトリッキーな事をするくらいの者にどうこう出来る相手ではない。
それが分からなかったのは少年だけではない。クリストフの事を「国民人気だけで英雄と持ち上げられた」と言い切った少女も、自分なら更に無駄なく華麗にさばけたな……などと思っていた。




