『銀髪の剣士』
その後シルヴィアの言った通り、マドラルから休戦の申し入れがあった。
その内容も予想通りで、全ての責任をアルヴァナに押し付けるものだった。話にならないと呆れて文章を読み進めると、そこに信じられない一文があるのを見つけた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なん‥‥‥‥‥‥‥‥だと?」
―この度、布告もなしに貴国へ攻め入るに至ったのは、アルヴァナ騎士団が無謀にも少数で戦端を開こうとしていた為、我が国が制止しようとした結果である。
責任は全てアルヴァナにある。よって我が国で責任者である騎士団長シルヴィア・オルドリッジを処刑し、その首級をもって和議の証と致したく‥‥‥‥―
「なんだ、これは!俺をバカにしてんのか!」
「いかがなさいました?マドラルは何と?」
「どうもこうもない!今回の戦の責任を、あのシルヴィアとかいう女騎士に取らせるつもりだとかぬかしてきやがった!ふざけやがって!」
「援軍として送られた他国の騎士をスケープ・ゴートにする、という事ですか。では今度はアルヴァナと戦になりますね。それを分かっているのかどうか……それでエーレンフリート様は?」
「ちっ!ふざけた事すんな、俺はそういうやり方は気に食わない、と書状を送ってもいいが、通用する相手とも思えないからな。いっそ俺自身が乗り込んでやろうか」
「エーレンフリート様!」
「ああ、分かってるよ。今は残務処理やら何やらで、俺が国を空けるわけにはいかない。そもそも俺がアルヴァナの為に動いてやる義理もない」
「そう仰る割には、苛立っておいでのようですが」
「当たり前だ。ケンカ売ってきやがった張本人は戦場にも出てこず、挙句の果てに他国の騎士を処刑して、その首を和議の証にすると、それで俺が満足するなどと思ってやがるんだぞ!?この俺を、そんな低レベルのヤツらと一緒にすんな!」
「低レベルの者たちは、低レベルでしか他人を量れませんから」
常は冷静なギルベルトの、これまた冷静な発言なのだが、いつになく言葉の中に毒が込められていることに気付き、エーレンフリートは驚いて忠臣を見た。
「おまえ、言うなあ」
「私とて腹に据えかねる事はございます。主を侮辱されて腹が立たないはずなどないでしょう」
「ぷっ。よく見たら眉間にシワ寄ってる。マジで怒ってんだな」
「エーレンフリート様は、私を何だと思っておいでで?」
「悪い、悪い。いや、でも、あはははははは!」
主が腹を抱えて大笑する様子を見て、それほどおかしかったのだろうか?と疑問に思うと同時に、少々恥ずかしくもなった。
コホンと軽く咳払いをして、さりげなくギルベルトは話題を戻した。
「ところでエーレンフリート様。ご自身が乗り込みたい程の思いがおありでしたら、代わりに私が行って参りましょうか?」
「え?」
「お望みでしたら、落とし前をつけさせて参ります。我が主」
胸に手を当て頭を下げる。ギルベルトの言葉の意味は、
『我が国に攻め入ったお返しを、国王に直接してくる』
という事だ。
過激な提案に、さすがのエーレンフリートも「じゃあ、行ってこい!」とも言えず、考え込んでしまった。
国王に直接お返しをする、つまり今度はこちらから戦を仕掛ける事になる。領土を拡大したいわけでもないのに、単にプライドの問題だけで無駄に死人を出すなどあってはならない。あってはならないのだが……。
「‥‥‥‥ギルベルト。国王を殺さず、二度と俺にケンカを売りたくないと思わせる脅しは出来るか?」
「もとより、そのつもりでございます」
「おまえ自身の身の安全は確保できるんだろうな?」
「それは無茶というものです」
「ならダメだ」
「ただ、例の騎士がまだ無事でいるなら救い出し、共に威嚇するという形であれば、かなり無事に戻れる確率も上がるでしょうが」
「救い出す?」
「形としては、私は王の代理としてマドラルへ赴き、休戦協定における条件を提示するという事となります。それでまず、かなり安全に王の元へ行けるでしょう。その条件の中で、王が卑怯なやり口に大変ご立腹であらせられる事、シルヴィアという騎士を即、解放する事を申し上げます。少々荒っぽく」
「少々な。面白い。分かった。頼む。ただし、くれぐれも無理はするな」
「承知いたしました」
このような過程を経て三日後、ギルベルトは配下の騎士を従えてマドラルへ赴いた。
礼だけは失さないように、尚且つ心のこもらない挨拶を済ませると、マドラルの王は上機嫌に「苦しゅうないぞ。楽にせよ」などと言う。自分の方から休戦を申し入れてきた身でありながら、なんと偉そうな事かと、ギルベルトは逆におかしく思った。
「それで、そちらの王は休戦を受けると言っておるのか?」
「はっ。ただし条件がございます」
「条件だと?金か?それとも女か?我が国には良い女が揃っておるぞ」
ちっ、と主と同じように心の中で舌打ちをした。どこまでも下衆な。敬愛する主君を侮辱され、ギルベルト配下の騎士たちは色めき立ったが、それを片手で制し、ギルベルトは冷静に話を続けた。
「我が王にはそのような欲はございません。そして貴国の要請を受け、遙々援軍としてやってきたアルヴァナ騎士団に対してのマドラル王のやり様に、我が主は大変立腹しております。まず何よりもアルヴァナの騎士団の解放を要請致します」
「な…!あ、あああれは、我が要請したのではないと、書状で‥‥‥‥」
「まだ、そのような事を申されるか!」
眼光鋭くマドラル国王を睨みつけ、ギルベルトは立ち上がり怒鳴った。その迫力に、国王は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げて体を縮こまらせたが、周囲に控えていたマドラルの騎士たちは、それぞれに剣に手をかける。それでも怯まずギルベルトは続けた。
「貴様ら!私がノイエンドルフ王の名代として来ている事を忘れたか!私に手をかければ、それは即ち、ノイエンドルフに対する宣戦布告となる事、覚悟の上であろうな!?」
普段は冷静無比な上官の、このような激しい恫喝にノイエンドルフの騎士たちまで驚き縮こまり、マドラルの騎士たちも気押され、剣から手を離した。
「お、落ち着け。ファルケンマイヤー伯爵。それにアルヴァナの騎士団長は……」
「何と?処刑されたのか?」
「ま、まだだ!貴公に首を持ち帰ってもらう為、今頃処刑場に」
「愚かな!直ちに中止するよう命じられよ!私も同行させて頂く」
「わ、分かった!おい!誰かファルケンマイヤー伯爵を処刑場まで案内せよ!」
「あなたも王なら、自ら動いて自らの責任で行動されよ!」
「ひぃっ!」
完全に貫禄負けした王は慌てて立ち上がり、数人の騎士とギルベルト達一行を伴って処刑場へと向かった。が、現場が近づくと怒号とも悲鳴ともつかぬ声が飛び交っているのが聞こえてきて、そのただならぬ気配にギルベルト達騎士は剣を抜き放つ。
「マドラル王は下がっておられよ」
廊下を駆け抜け、処刑場のある広場へと足を踏み入れる。そこに繰り広げられていた光景は‥‥‥‥
「‥‥‥‥!あれは‥‥‥‥」
長い銀髪をなびかせ、一人の剣士が血に濡れた剣を持って立っていた。
その周りには無数の死体。そして辛うじて剣は構えているものの、怯えて動けない様子の、数少ない生き残ったマドラルの騎士達。残酷なはずの光景が、その圧倒的な存在感の一人の剣士により、妙に美しく映る。
その美しき剣士はギルベルトの姿を目でとらえると、シルヴィアに勝るとも劣らぬスピードでギルベルトの懐に飛び込み、剣を振り上げた。
「くっ!」
間一髪、その斬撃を受け止める。手がしびれ、剣を落としそうになるのを何とか堪えてもう一本の剣を抜き放つ。と‥‥‥‥
「双剣使い?貴公、もしやファルケンマイヤー伯か」
言うなり銀髪の剣士は剣を鞘に戻す。その様子を見て、怯えていたマドラルの騎士達が後方から斬りかかってきた。
「私が油断などすると思うか。バカめ」
静かに呟くと、振り向きざま居合のように剣を抜き、一閃、かかってきた騎士を斬り伏せた。
「なるほど。主君の教育が行き届いていると見えて、卑怯な戦法が得意であるようだ」
美しい緑の瞳が怒りで揺れている。こうして近くで見ると、その剣技の凄まじさと釣り合わず、女と見紛うほど美しい。
彼は呆然と見るギルベルトへと視線を戻し、小さな声でギルベルトだけに聞こえるように言う。
「君とは後でゆっくり話したい。配下の騎士達と共に、横に控えて少し待っていてくれるかい?」
「……貴公は‥‥‥‥」
「また、後で」
何故とは分からず気押され、ギルベルトは謎の剣士の言葉に従い、配下の騎士達に指示して道を空けた。すると後ろに隠れていたマドラル王と騎士達が姿を表す。
「ここまで来てもまだ他国の騎士を盾にして、自分達は傍観を決め込む気だったか。どこまでも下劣な男だな、マドラル王よ」
「ななな何だと!我を誰だと思っておる?栄光あるマドラルの……」
「王を名乗るなら臣下にあるべき姿を示せ!偉そうにふんぞり返り、自らは何もせず、享楽に耽り、いたずらに他国を侵す。私はそういった王が最も許せないのだ!」
怒気がその空間に満ちた気がした。
マドラルの騎士達は全て萎縮してしまい、武器を手放し、王のそばから離れていく。謎の剣士と対峙する形になったマドラル王は尻もちをつき、周りの騎士達に「こらっ!貴様ら!我を守らんか!」と叫んでいる。が、誰も動こうとしない。
「哀れだな。その器量も無いのに王になったばかりに。が、安心しろ。貴方の命はここまでだ。もう誰に裏切られる事もない」
「ひいぃぃぃぃ!き、ききき、貴様は誰だ?我を殺すとどうなるか……」
「盟約違反の罪を命をもって償え。先に言い置いたはずだ。先の戦、我々が主導のものだと偽りしとき、それなりの責任を取ってもらうと。忘れたか!」
「何!?ままままさか、貴様‥‥‥‥!」
「アルヴァナ国王。クリストフ=ドゥ=ラ=パトリエールだ」
「アルヴァナ‥‥‥‥国王‥‥‥‥?」
その場にいる者全てが圧倒されていた。元が騎士だとは信じられない程の王としての威厳と、高貴さを持ち合わせた姿。堂々たる佇まい。美しい容姿も相まって、神話の神が舞い下りてきたようだった。