『グレン・バシュラールという男』
皆さん、メリークリスマス!
(なお、小説の内容は一切クリスマスに関係ありません)
翌日、シルヴィアは腰近くまであった髪を短く切ってレイモンの前に現れた。目にはやはり強い光が宿っていて、騎士になりたいという気持ちが本気である事をうかがわせる。
クリストフは宣言通り基礎体力訓練から始め、まだ病み上がりに近い女の子であるシルヴィアには明らかに厳し過ぎる訓練メニューを課した。
シルヴィアは一切の弱音を吐かず、来る日も来る日も訓練と眠る事だけを繰り返した。クリストフは厳しい口調で叱咤することはないものの途中で止めたりもせず、淡々と指導を続けている。
「どう思う?グレン」
シルヴィアが訓練を始めてひと月ほど経った頃、レイモンがグレンの部屋に行ってそうこぼした。
唐突に「どう思う」かと聞かれても何についてなのかが分からないグレンは、剣の手入れをする手を止め、レイナルドの方を見た。
「どう?」
「クリストフの考えだ。何故シルヴィア嬢ちゃんが騎士になるための協力をしているのか。そもそも嬢ちゃんが恐怖の対象でしかなさそうな騎士になりたい理由も、ああ言っちゃいたが本当のところは分からねえ。二人とも何を考えているのか……お前はどう思う?」
「さあ。俺は陛下でもシルヴィアさんでもないから」
「んなこたあ分かっている。お前にはどう見えているのか聞いてんだ」
「どうと言われても。シルヴィアさんは目的は何であれ生きる糧を見つけたみたいだし、陛下はそれを手助けしたいんだろうな、としか。陛下は何度も言っていただろ?シルヴィアさんの望みは全て叶えたい。死以外は、って。生きる希望を見つけたんだから全力で協力したいってだけだと思うけど」
「それは分かる。分かっているんだ。何故それが徹底出来るのか納得できねえ。あの子の本気っぷりからして戦場に出る事もいとわないんだろう。言いたくはないがあの子は女だ。体力も腕力も男に劣る。戦場で生き延びられるはずがない。死以外は叶えると言うが、騎士になる事そのものが死に近づけるとは思わないのかって話だ」
「そうならない為に厳しい訓練を課しているんだろ」
あくまでも冷静に答えるグレンに、レイナルドは少々ムッとした。
「お前……いつも正論ばかりで自分の考えは言わねえよな」
「え?俺の考えが聞きたかったのか?陛下とシルヴィアさんがどう考えているように見えるか聞かれたから、その質問に答えたまでだったんだけど」
声を低くして軽く睨みながら言うレイモンに、グレンはとぼけた調子でそう返す。気がそがれたレイモンは今度は呆れた表情を浮かべた。
「いや、そりゃそうだが、お前な……」
「ごめん。実際、俺だって色々思うところはあるよ。本当はシルヴィアさんには、元気になって何かしたくなったら、妹のパン屋で働く事を勧めようと思っていたくらいだし」
「アデリーヌのパン屋に?そりゃいいな。今からでも勧めないか?」
「今は無理じゃないかな。シルヴィアさんの当面の生き甲斐は騎士になる事なんだから。まずは気力をためるのが大事だと思う。それはやめておけ、パン屋なんかどうだ?なんて言えないから、レイナルドだって俺に愚痴をこぼしに来たんだろうし」
グレンはいつもこうだった。
他人に責任を負わせない為に誰にもあまり相談せず、一人で考え一人で行動を起こす事が多いクリストフ。激情に駆られる事はないが物事を好悪で判断するレイモン。そしてグレンはそんな二人から一歩引いた所にいて、少し視野を広くする事で客観的に物事を見る。そうして二人のサポート役を務めるのを自らに課しているように見られる。
「前から思っていたが、見かけによらず大人だな、グレンは」
そう素直な感想を述べたレイモンだが、実年齢よりいつも五歳は下に見られるグレンは、諦観しつつも、やはり少し不満そうな顔をした。
「見かけによらずは余計だ。それにシルヴィアさんの事に関しては考え方の問題と言うより距離の問題だと思うけど」
「距離?」
「陛下もレイナルドもシルヴィアさんに近過ぎるから。どういう形で表れるにせよ、情が判断基準に大きく影響を及ぼしているけど、俺はそうじゃないってだけの話なんじゃないか。レイナルドとの付き合いは俺も長いけど、口説く対象じゃない女性にこんなに気を遣っているのを初めて見た。それほど大事にしているから、自分がこうしたいと思う事が思考的に優先されて、違う意見には違和感を覚えるんだって気がする」
「……なるほどな」
「まあ、でも」
ずっと真面目くさって話していたグレンが、不意に苦笑しつつレイモンを見た。
「俺に分析させるより本人達と、少なくとも陛下とは話した方が早いのに。ことシルヴィアさんに関しては不器用っぽくなるレイナルドが、ちょっと面白いというのが正直な感想だな」
基礎訓練を始めて更に三ヶ月ほど経った頃、シルヴィアは随分元気になっていた。
訓練の途中で動けなくなる事も少なくなり、訓練が体に馴染んできていると分かる。メニューとしては男でもキツいものであるにもかかわらずだ。気力が充実していると肉体の限界も越えられるものなのか……。そう思わずにはいられない変わりようだった。
それに対してクリストフは、相変わらずふとしたはずみに迷うような、辛そうな表情を浮かべる。逆にレイモンはこの頃になると、シルヴィアが元気になるならと見守るようになっている。が、そんな顔をするくらいならやめさせればいいものを、とも思う。
「おい、クリストフ!いつまで辛気臭い顔してんだ。お前がそんな様子じゃシルヴィア嬢ちゃんも気を遣うだろ」
ある日、見かねたレイモンがそう言った。ハッとしたクリストフがシルヴィアを見ると、彼女は心配そうな顔で見上げていた。
「……すまない。レイナルドの言う通りだ」
言いながらシルヴィアの頭を撫でる。
「いえ、あの……陛下のお顔はとても好きです」
「え?」
言ってから、今度はシルヴィアがハッとして、口元に手をやって顔を真っ赤にした。
「あ、ち、違うんです。とても安心できると言うか、優しくて……という意味で、その……」
「あ、ああ。分かっている。ありがとう」
クリストフも少し照れているようだった。彼は比肩するもののない程の美貌の持ち主で、面と向かって容姿を褒められる事など慣れきっているはずなのだが。
何やらいい雰囲気と言うか、ほのぼのとしてしまった空気に、やれやれと苦笑してレイモンは頭を掻いた。
「クリストフ。これからは俺もシルヴィア嬢ちゃんの訓練を手伝うことにする」
「なんだ?突然」
「お前は何でもかんでも一人でやろうとし過ぎなんだよ。何のために俺が騎士を辞めたと思ってんだ。ちったあ俺にも分けろ、バカが」
「気遣いはありがたいが口が悪い。女性の前だぞ」
「うっせー!俺に上品さを求めるのはいい加減諦めろ。それよりどうなんだ?手伝っていいのかダメなのか」
「……ダメだと言ったところでやるだろう。ただ条件がある」
「何だ?」
「この先何があっても手加減はするな。この子の為を思うなら。私やお前くらいの体格の男に、ある程度対抗できる術が身につけられれば、大抵の男相手には戦えるだろうからな。それが約束できないなら、これからも私一人でやる」
いっそ冷ややかとも言える表情で言う。
クリストフは元々明るい性質の持ち主で、血の気が多い頃もあった。それが激変したのがランズウィックの事件だ。更に王を手にかけた事で彼の中で何かが変わったらしく、以前なら絶対にしなかった種類の表情を浮かべるようになった。今も普段は飄々としていて明るいが、王としての役割を果たす時、シルヴィアに関する事では人が変わったようになる。元を知っている者たちからすれば心配になる程だが、暴君になったわけではなく、むしろ権力を笠に着て傍若無人に振る舞う人間に対する憎悪が増した結果なので、誰も何も言わない。
が、この男だけは違った。
レイモンはクリストフの顔を手で掴み、グイッと後ろに押した。
「うわっ!なんだ?」
「俺に凄んでどうすんだ。念を押されなくても分かってる。力なら俺がお前より上回っているから役に立つだろうと思って言ってんだよ。スピードと技でクリストフ、力で俺を相手に出来りゃ騎士として上々だろ。だから本気でやるさ」
その言葉を聞いて、シルヴィアが嬉しそうな顔をして頭を下げた。
「ありがとうございます。レイナルド様のご助力がいただければ更に心強いです」
「やると決めたからには俺は容赦ないぞ。覚悟しておけよ」
「むしろそのようにお願いします。陛下もいつも本気で指導してくださるので感謝しているのです」
そう言いつつ少し顔を曇らせる。その事に目ざとく気づいたレイモンは、話し終わった後でクリストフの部屋を出る際、シルヴィアの手を引いて「ちょっと借りるぞ」と連れて出た。




