表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crimson Snow  作者: mya
48/119

『クリストフ様のような騎士に』

 あくまでも『レイナルド卿』と呼ぶグレンを、ムスッとした顔で睨むレイモンを見て笑いつつ、クリストフが訊ねた。


「ところで今日はどうしたんだ?団長になる決心でもしたのか?」


「違いますよ。妹が半年前にパン屋を開いたのですが、このパンが……まあ身内びいきもあるかもしれませんが、なかなか美味ですので、シルヴィアさんに召し上がっていただきたいと思いまして持参しました」


 そう言ってグレンはパンの入った袋を差し出した。受け取ったシルヴィアが「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑むと、グレンも優しい微笑みを返す。

 この男はその若さと、年齢より下に見える顔に似合わず落ち着いていて、貴族的で端麗な風貌と紳士的な振る舞いから通称『王子』(付けたのはクリストフ)と呼ばれている。当然女性にもかなりモテるのだが、浮いた話は今までない。お陰で女性に興味がないのでは?などと勝手な噂を立てられ、本人は迷惑している。


「本当は妹を連れてこようと思ったのですが、陛下やレイナルドに対して前のように気楽に接するわけにはいかないと言いまして。シルヴィアさんには会いたがっているのですがね」


「私としては気楽に接してもらいたいのだけれどね。じゃ、国王命令という事で今度アデリーヌを連れてきてもらおうかな。レイナルドに会いたいだろうに遠慮させては可哀想だろう」


「お気遣い、感謝いたします」


 このやりとりにレイモンは苦笑いを浮かべ、シルヴィアは首を傾げる。それに気付いたクリストフは笑いながらシルヴィアを見た。


「王子の妹さん、アデリーヌは以前からずっとレイナルドに憧れていてね。もっとも、会ってもいつも真っ赤になってあまり話せないんだけど」


「俺はこんな男だからな。アデリーヌみたいに真っ直ぐな良い子には似合わねえと思うんだが」


「お誉めいただいて恐縮ですが、妹は自分がしっかりしている分ナヨナヨした男に用はないそうで。レイナルド以外の男は視界にも入らないようですよ。と、こんな話をしている場合じゃなかった。では自分はこれで失礼します」


「訓練か?」


「はい。本日は非番なのですが、稽古をつけてほしいと言われていまして」


「それは大変だな」


「ええ、大変ですよ。一年半ほど前に団長と副団長が同時に抜けて、現在その席が空いていますので」


「だから王子が団長になればいいと、いつも言っているのに」


「自分がその席に座るのは好ましくないでしょう。レイナルドが退いたのと同じ理由で」


 つまりクリストフの影響を強く受けているグレンが団長の座につくと、クリストフとその一派が国を私物化する為に最初から色々仕組んでいたと、ランズウィックの件も利用したのだと言い出す輩が必ず現れるので、それを避けたいのである。何しろ王と、その息のかかった者たちが要所要所で重要な位置を占めていたのでは、王に対する不満があっても口に出して言えない空気が自然にできてしまう。それでは前の王と変わらない。そんな事をクリストフは望まない。それが分かっているからレイモンもグレンも一歩退いた立場でいるよう心がけている。

 そうして「では、また」と去ろうとするグレンを、シルヴィアが「あの、グレン様」と呼び止めた。


「どうかしましたか?」


「私の立場でこのような事を申し出てよいのか分かりませんが、私が騎士になることは可能でしょうか?」


「シルヴィア嬢ちゃん?!」


「騎士に……なりたいのですか?何故?」


「あの時……ランズウィックが攻められた時、何もかも現実とは思えませんでした。目の前で起きている事の全てが夢なのだと、こんな事は現実ではあり得ないのだと。ですが何十分、何時間経とうとも状況は変わらなくて……これは現実で自分も死ぬのだと諦めた頃、クリストフ様とレイモン様が来てくださったのです。大げさではなく、神様から遣わされた方々だと思いました。クリストフ様のお言葉で両親の尊厳を守っていただいた気持ちにもなりました」


 シルヴィアがクリストフとレイモンの事は最初から怖がっていなかった、その理由を初めて知った。ランズウィックを滅ぼした国の騎士団の団長と副団長が、よりによって神の遣いに見えたのだと……。

 『そんな立派なものではない』クリストフもレイモンも苦々しい思いでシルヴィアの言葉を聞いた。


「ここに来てしばらくまでは早く両親のいる所へ行きたいと、そればかり思っていました。生きていてもあの時の事を思い出すばかりで、怖くて悲しくて……。でも悪夢の中でも両親が必死に私を救おうとするんです。生きのびてほしいと。そうして目を覚ますといつもクリストフ様が側にいて手を握ってくださっていました。両親もクリストフ様もレイモン様も、私のために人生が狂わされたのだというのに、私を守ろうとしてくださって……」


「違う。シルヴィア嬢ちゃんのために人生が狂わされたなんて事はない。俺たちは……」


「……レイモン。シルヴィアさんの話を聞こう。私たちが何と言おうと、シルヴィアさんがそう考えている事は変えられないのだから」


クリストフの言葉に、シルヴィアは感謝して頭を下げた。そうして話を続ける。


「そう考えている内に、自分の事しか見えていなかったことに気づいたんです。ランズウィックを救ってくださったのはクリストフ様とレイモン様だけじゃない。グレン様や麾下の騎士隊の方々。結果としては攻めた側になるアルヴァナの騎士の方々が、復興のためとはいえランズウィックに残るのは、さぞ居心地の悪い事でしょう。心ない言葉を投げかける人もいるはずです。その方々はどのような思いでいるのだろうと。私を保護している事で責められていたアンヌさんとリディアーヌさん。それでもいつも私を庇って優しくしてくださった。団長や副団長として尊敬も敬愛もしていらっしゃったであろうクリストフ様とレイモン様を、騎士団の方々から奪ってしまった。仲間同士で戦わせてしまった。クリストフ様から、レイモン様から騎士という称号を失わせてしまった。クリストフ様に王になるという重い決断をさせてしまった。……命がけで私を生きのびさせようとしてくれた両親の気持ちを無にして、死ぬ事ばかり考えていた……。全て自分の責任であるように感じました。ですがそうして自分を責めたところで何も変わらない。であれば私に何ができるのかと考えて、ひとつの思いが浮かんだのです。もう誰も、私のために何かを失わせてはいけないと。それには強くならなくてはいけない。せめて自分で自分を守れる力が、強い心が欲しいと」


「それで騎士になりたいと?」


「はい。クリストフ様のような騎士に」


「……私の……ような?」


「はい」


 クリストフは驚いたような、そしてショックを受けたような何とも形容しがたい表情を浮かべた。レイモンにも気持ちは分かる。クリストフは自らが思い描いていた理想の騎士にはなれなかったと思っているのだ。それはレイモンも同じ。

 たかが一人の騎士にどうこうできたものではなかった。それは事実だ。王に仕える騎士である以上、命令には従わねばならない。そうして国と民を守るために剣を取ったにもかかわらず、実際には王の命令だからとその民に剣を向け、戦う力を持たない国を侵略するのを是とする団員を野放しにしてしまった。

 どうにもできなかった……騎士とはそのようなものなのか。そう絶望して騎士の称号を捨てた者を、守れなかった対象である女の子は『貴方のようになりたい』のだと言う。自分のようになってはいけない。そもそも今後は平和に幸せに生きてほしいと思っているものを、戦いの場に出たいなどと、到底許容できるものではない。そう思っているのだろう。


 しかしクリストフの口から出てきた言葉は、レンモンが思ってもみなかった事だった。


「分かった。君がそうしたいのなら私が協力しよう」


「クリストフ?!」


「陛下?」


「まずは基礎体力をつけなければならない。筋力も。剣を握るのはその先になる。騎士団員と同じ訓練が耐えられるようになるまで鍛えるとなると、女性の君は男以上の努力と気力も必要だ。基礎訓練の繰り返しが少なくとも1〜2年は続く覚悟をしておくようにね」


「はい」


「待てよ、クリストフ!本当に嬢ちゃんを騎士にする気か?」


「ああ」


「何でだ?この子はもう血なまぐさい場所に置くべきじゃないだろう。いくら本人が望んだって……」


「とりあえず訓練の様子を見学していただいては?シルヴィアさんは自分に打診してきたわけですし、お連れしますよ。自分は稽古をつけなければならないので、陛下かレイナルドに付き添っていただけるのであれば、ですが」


 落ち着いた声でグレンが言った。

 レイモンとしては、よりによってランズウィックとシルヴィア自身を襲ったアルヴァナ騎士団の訓練風景などを見せるものではないと、そんなものを見せたらシルヴィアがショックを新たにしてしまうのではないかと思うのだが、クリストフはグレンのこの進言を容れ、クリストフとレイモンが共に付き添ってシルヴィアを訓練場へと連れて行くと言う。シルヴィア本人も嬉しそうにしていて、王であるクリストフが許可した事だ。レイモンは内心本当に大丈夫なのかと疑いつつも反対も出来ず、同行することにした。


 訓練場に入る前、グレンがシルヴィアにこう忠告した。


「シルヴィアさん、今日は訓練ですので皆訓練着を着用しています。騎士服とは少々違いますし幾分かマシだとは思いますが、それでも辛くなったら無理をせず、ここを離れてください。急いで慣れる必要はないのですから」


「ありがとうございます、グレン様。あの……」


「はい。何でしょう?」


「せっかく焼き立てのパンを持ってきていただいたのに、申し訳ありません。アデリーヌさんにも失礼な事を」


 このシルヴィアの言葉に虚をつかれたグレンは、一瞬驚いた顔をしてから思わず吹き出してしまった。


「失礼しました。てっきり騎士団の事について何か聞かれるものだと思っていたので。そのような事を気になさらないでください」


 まだ笑いを含んだ調子で言う。これはおかしい発言だったのかとシルヴィアが首を傾げるもので、クリストフも彼女の頭を撫でて笑った。


「いい子だね、シルヴィアさんは。もしパンが硬くなってしまってもパン・ペルデュ(フレンチトースト)にしてもらえばいいんじゃないかな。アンヌがよくそうしていたから」


 シルヴィアを育てた両親の人柄が偲ばれる。この子は非常に優しく真面目で思いやりがある。物事の飲み込みも早く、食事のマナーなどもすぐに身につけた。もしかすると剣技も……とは思うが、レイモンとしてはやはりシルヴィアは戦いから離れた場所に置いておきたい。クリストフは自分以上にシルヴィアを大事にしているようなのに、何故許容するのか。

 

 この後の見学では、青ざめた顔をしながらも、シルヴィアは真っ直ぐ前を向いて訓練の様子を見ていた。クリストフはそんな彼女の肩に手を置き、ずっと支えるように隣に立っていた。

 この時の二人の心情は後に至るまでレイモンには分からないままだ。ただ、シルヴィアの紅い瞳が色を強くしたように映ったのは見間違いではない。

 よく話すようになり、食べるようになり、少しは笑うようにもなった。が、まだあれから一年半。未だ悪夢にうなされるし、たまにその目が何を、どこを見ているのか分からなくなることが多々あったのだ。それがこの時を境に変わった。目的を見つけたのだろう。しかし……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ