『国王弑逆』2
「…………っ!!」
あまりにも一瞬の出来事で、その場にいるレイモン以外の人間は、何が起きたかすぐには理解できなかった。呟いた直後、瞬時に玉座に駆け寄ったクリストフが王の首を刎ねたのだ。
王の首は、驚く間もなかったのか嘲笑を浮かべたまま、頬杖をついていた手と共に、体を玉座に残して落ちた。
「いつものようにふんぞり返っていなかったのは僥倖でしたね。いかな私でも玉座までは斬れませんから。お陰で痛みも恐怖も感じず楽に死ねたでしょう。陛下はそれをさんざん他人にお与えになったというのに」
そう言って複雑そうな表情でしばらく王の首を眺めた後、片膝をついて「失礼します」と頭を下げ、首を抱えて皆の方を振り返った。
その顔には王の返り血がこびりついている。
「ひ……ひぃぃぃぃぃっっっ!は、叛逆だ!」
ようやく事態を飲み込めた大臣の一人が叫ぶ。それを皮切りに謁見の間はパニックになり、大臣達は王の護衛についていた騎士達に「誰かクリストフを殺せ!」と命令するが、『英雄クリストフ』に立ち向かえる者など誰もいはしない。ゆっくりと玉座へ到る階段を下りて近づいてくる騎士団長を恐怖に満ちた表情で見やり、騎士達は剣を抜く事すら出来なかった。
それほどにこの時のクリストフは、殺意が人の形を為したもののように、誰の目にも映った。
「あなた方まで殺す気はないが、俺を殺せと命ずるなら容赦はしない。俺の部下達は国や民を守る為にいるのであって、あなた方個々人を守る為に命は賭けさせられない。そんな事は、俺がさせない」
そう言ってクリストフは剣を大臣達に向け、睨みつけた。
騎士達はずっと自分達の命は権力者の好きに使い捨てられるものだと思っていた。しかし、そうではないとクリストフが言ってくれた。その言葉に騎士達が感動していると、一人の文官が何か閃いたようにクリストフを指差し笑った。
「そうだ!貴様は陛下から騎士の称号を取り上げられたであろう。何が部下だ。貴様は騎士ですらない、ただの平民ではないか!」
「それがどうした?」
こう言ったのはレイモンである。そしてクリストフの方を向いてニヤッと笑う。
「行ってこい、クリストフ!本格的に暴れるぞ!」
「ああ。ここは頼む」
その言葉を合図にクリストフは走って謁見の間を出て行き、レイモンはその場に残った。
「おい、あんたら。俺はクリストフと違って陛下にも、その手下にも敬意を払うつもりはないんだ。どういう事か分かるな?文官だろうが騎士だろうが、あいつの行く道を阻む者は俺が斬る」
「クリストフの行く道だと?何だ、それは」
「察しが悪いな。簡単な話だ。あいつは王になる。その邪魔は誰にもさせねえって言ってんだ!」
言うと同時に王の従兄弟でもあった法官長に走り寄り、右腕を斬り落とした。
「ぎぃやああぁぁぁぁぁ!!」
「聞き苦しい声上げてんじゃねえよ。貴様、今までにどれだけの人を無実の罪で裁いて殺してきた?金品を巻き上げる目的で潰した家もあったよなあ。あのクソッタレな王の機嫌取りの為に。そのおこぼれに与って好き放題してきて、まだ命が惜しいか」
「き、貴様らも……陛下のご命令に従って……きただろうが……」
「ああ。俺達騎士団も同罪だ。だからクリストフが動いた。これ以上罪を重ねない為にな。もう死んでしまった人達には償えないが、今、生きている人達にはこれまでのような思いはさせない。この国を変えるという、あいつの決意は固いぜ」
「たかが騎士に……何ができる?!どうせ……戦しか……できない……分際で…………」
「そうだな。政は専門外だ。が、クリストフはあんたらと違って、民が何に苦しめられてきたか、騎士達が何を思って任務を果たしてきたか直接見てきた。それを知っているだけでも今までよりはマシだろう」
痛みと怒りと悔しさからか法官長の顔が醜く歪み、レイモンはその被害者面を不愉快そうに見下ろしていた。文官達も騎士達もその様子を見守りつつ、下手に動けば今度は自分が斬られるという恐怖から、動くに動けない状態に陥っている。
そんな一時の静寂を破り、外から熱狂的な歓声が聞こえてくる。やがて怒号と叫声と。
「始まったな。お喋りの時間はここまでだ。選べ。恭順か死か」
こうしてクリストフの王位簒奪は成った。
前王は世襲で王位を継いでから二十年。民に重税を課し、身内と自分にかしずく者をひいきし、欲しいと思った物は全て力ずくで奪い、他国をいたずらに侵略する、類型的な暴君であった。
前王の代で騎士団長の地位に就いたのはクリストフを含め三名だが、一人は『例の男』に操られたアルヴァナ騎士団による民の虐殺事件の責任を取る為に、一人は民を弾圧する王の命令に逆らった罪で、それぞれ処刑されてきた。クリストフも明らかに王のやり方には反発していたので、そろそろ何らかの理由をつけて処刑されるのではないかと噂されており、クリストフ自身もその可能性は考えていたようだ。その場合は唯々として従うつもりだと言っていたが、それは己の騎士としての矜持を守るだけの自己満足であり、部下である騎士団員や、自分の死後も弾圧され続けるであろう民への責任から逃れる事になるのではないかという迷いもあると、そうレイモンに話した事がある。今回の事は結果的にいいキッカケになったのだ。
騎士クリストフ=ドゥ=ラ=パトリエールとランズウィックの犠牲を代償に、アルヴァナという国は変わるだろう。
暴君が『英雄クリストフ』に倒された。そして彼はこの国初の世襲によらない王となる。それはアルヴァナ国民にとっては正に英雄譚であり、他国にとっては大国アルヴァナが侵略戦争を仕掛けてくる心配が当面なくなりそうなのは歓迎すべき事であった。
前王派はその多くが日和見主義で、クリストフが王位に就くにあたり抵抗はさほどなく、あったとしても精鋭であるクリストフ直属の部隊の敵ではなかったので、戴冠式まで滞りなく済んだ。
国王派だった文官の解任に伴う新しい人事、国庫や各領地の現状の把握等々する事は山ほどあったが、それでもクリストフは毎日必ずレイモンと共にシルヴィアの様子を見に行った。
彼女はあまり食事をとらないらしく、みるみる痩せていった。まだ一言も話していないが、皿洗い等片付けの手伝いを、弱った身体でしようとするという。
「よく家の事をする子だったんだろうね。そう思うと気の毒で気の毒で……」
アンヌが事情を聞かされていないなりに何か察しているらしく、泣きながらそう言った。
やがてひと月ほど経った頃、予想通りの事態が起こり始めた。
前王が領土欲と自己肯定感を肥大させた結果、ランズウィックに攻め入るよう命令し、暴走した騎士達が滅ぼすに至った。それを遅れて知ったクリストフが怒って前王を弑逆したという事が知れ渡ったのだ。それと同時にシルヴィアを救出して連れ帰った事も。
当然どういった経緯でシルヴィアが連れ帰られたかを知らない人々は彼女を危険視した。
「クリストフ様は正義感の強いお方ゆえに救出されたのだろうが、あの娘は危険ではないのか?」
「我が国に復讐心を抱いているに違いない!」
「せっかく暴君の圧政から解放されたのに、賢明な王となられるであろうクリストフ様を殺されてはたまらない。あの娘は他国に追放するべきだ」
「いや、生かしておいてはいつ復讐しに戻ってくるか分からない。殺すべきだ!」
「被害者なのにこの上殺すというのは、あまりにも酷過ぎないか?ランズウィックに戻してやるべきだろう」
過激派はごく一部ではあったが、皆一様に不安を覚えているようで、口を揃えて「あの娘はクリストフ様の目の届く場所に置くべきではない」と言う。それをアンヌの家に訴えに行く者が続出したのだ。
「あんたらそれでも人間かい!前の王を暴君と言うけど、じゃあ、あんたらの言ってる事は何だい!何の罪もない傷ついた女の子を寄ってたかって追い出せだの何だの!それが大人の言う事かね!」
アンヌは毎度そう言って追い返していたそうだが、いつ暴挙に出ようとする者が現れるとも限らない状況だった。
「やはり俺の所に連れてくるしかないか……」
「本当に大丈夫なのか?あの子の精神がもつのか心配なんだが」
「彼女には申し訳ないと思っている。が、行動で示すしかない。俺の所が安全な居場所だと思ってもらえるように。そして本当にそうなるように」




