表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crimson Snow  作者: mya
44/119

『国王弑逆』1

 翌日。クリストフ一行はアルヴァナへ帰還した。


 まずクリストフとレイモンは、シルヴィアをクリストフの乳母アンヌの所へ預けに行き、その間グレンはランズウィックの件に絡まなかった騎士団員達を城前に『団長命令』として集合させに行った。


「彼女の名前はシルヴィアさんというんだ。事情は詳しく話せないが、俺が預かる事にした。そこで色々落ち着くまで、世話を頼んでいいか?心身共にひどく弱っているから、ゆっくり休めるようにしてほしい」


 あれからもシルヴィアの表情は変わらず、その身をアンヌに支えられても視線すら動かさなかった。勿論声も一切発していない。あまりに酷い様子に、余程の事があったのだと察したアンヌはシルヴィアの背中をさすって、気遣わしげな目で見た。


「大丈夫だからね。まずは温かくて食べやすい食事を作るからね。それを食べたら横になるといいよ」


 そこでようやくシルヴィアはアンヌの方を見た。口を動かして何か言おうとしているが、やはり声が出ない。


「ああ!無理に話さなくていいんだよ。ゆっくりでいいからね」


 家の前でのやりとりに娘のリディアーヌも気付いたようで、家から出てきた。

 クリストフのマントに包まれている少女。男ばかりの行軍で、誰も彼女を着替えさせる事が出来なかったので、マントの下はあの時のままだ。その意味を理解したリディアーヌは険しい表情でクリストフを見上げた。


「……お兄ちゃん」


 今は亡きクリストフの父親とアンヌの夫は、共に騎士団出身で親友だった。当時クリストフの母親は衛生兵のような役目を担っており、両親揃って出征する事も多かったので、アンヌが乳母役を買って出た。その為クリストフとリディアーヌは子供の頃兄妹のように一緒に育ったのだ。故に彼女は今でもクリストフの事を『お兄ちゃん』と呼ぶ。


何か言いたげなリディアーヌに対し、クリストフは苦々しげな表情を浮かべた。


「責めたい気持ちは分かるよ。でも今は時間がないんだ。だからそれはまた次の機会に。世話を頼んでおいて悪いけど、彼女にも何も聞かないでほしい」


「時間がないって?」


「ああ。だから、ごめん。彼女の事を頼む」


 そう言い置いてクリストフは背中を向けた。レイモンはアンヌとリディアーヌに頭を下げ、クリストフに続く。リディアーヌはその後ろ姿に言い知れぬ不安を感じた。


「お兄ちゃん!」


「リディアーヌ、やめな。坊ちゃんには何かやるべき事があるんだよ。それより、このお嬢さんを休ませる方が先だよ。可哀想に。こんなに弱って。ほら、手伝いな」


 母娘のやりとりを背中で聞きながら、レイモンはクリストフが何故アンヌにシルヴィアを預ける事にしたのかを理解した。なるほど。クリストフがどこか大らかな性格なのは、あの人由来だったのか。こんな時なのにレイモンは軽く笑ってしまった。

そこへグレンが報告の為にやってきた。


「団長。団員を城前に集合させました」


「ご苦労。そのままで待機。皆、帯剣しているか?」


「ぬかりなく。それと我々の討伐隊が組まれようとしていたという情報があり、事情を知らない騎士達からどういう事なのかと聞かれましたので、団長と、下手をすれば副団長も命令違反のかどで処罰される恐れがあると、少々危機感を煽っておきました」


「思ったより陛下の耳に届くのが遅かったな。今頃討伐隊か。だが好都合だ。これでランズウィックには向かわないだろう」


 クリストフは王とは比べものにならないほど騎士達の人望がある。中にはピエール達のような国王派もいるが少数であり、何よりクリストフの強さを知っているので表立って反抗はできない状態だった。なので国王派は規律にうるさいクリストフが処分されると内心喜んでいるだろうが、そうでない者たちは、今まで王の理不尽な命令に機転をきかせて最悪の事態にはならぬよう対処してきた団長がいなくなれば、誰があの王を止めるのかと不安になるだろう。何しろ過去、王が気に入らないという理由だけで処刑されそうになった騎士もいるのだ。いつ自分が標的になるか分からないと思えば、騎士など辞めてしまいたくもなるが、そうして辞める者が続出してしまうと国を守る者がいなくなり、他国から攻められ大事な人が死んでしまうかもしれない。クリストフが上に立ち、彼に匹敵する強さを持つレイモンがクリストフを支持していたからこそ保っていた『高潔な騎士団』が崩れる。その危機感はまともな感性を持つ者なら誰でも抱くだろう。故にグレンは騎士たちにわざわざクリストフが処刑される恐れがある事を伝えた。

 これから起こす叛乱に、皆が呼応するように。


「ではグレン。俺はレイモンと一緒に陛下へ報告に行ってくる。騒ぎを拡大させない為にもすぐに終わらせるつもりだ」


「分かりました。自分は団員達が混乱しないよう、団長と副団長が動き出すまで抑えておきます」


「ありがとう。頼む」


「ご武運を。団長。副団長」


「ああ」


 クリストフは笑ってグレンの肩を軽く叩き、レイモンと共に颯爽と城へ向かった。



 城前の騎士団員達はクリストフとレイモンの姿を見るなりざわつき、口々に「団長!副団長!」「処刑なんてされませんよね」と叫ぶ。中には泣きそうな顔をしている者までいる。その様子にクリストフは一度足を止め、皆の方に向き直った。


「俺はお前達を信じている。だからお前達も俺を信じてくれ。アルヴァナ騎士団に栄光あれ!」


 それだけ言い残し、再びクリストフは歩き出した。

 クリストフはマントをつけていなかったので、気付いた者もいた。“騎士の勲章を身につけていない”。その事に気付いた者達は慄然とした。


「クリストフ団長以外の団長などあり得ません!」


「これからも我々を導いてください!」


 半ばパニックになりそうになったが、崩れそうになる隊列の後ろから「静まれ!」と大きな声がした。その声の主を見て皆が驚いた。

 グレンだ。彼は二十二歳という若さにもかかわらず、非常に冷静かつ落ち着いた性格で、あまり叫ぶ事などなかったのだ。


「グレン大隊長……」


「そのままで、団長の次の指示があるまでは何があろうと待機だ」


「しかしグレン大隊長。団長が……」


「依存するな。自立しろ。何が正しい行いか、団長は既にさんざん教えてきてくれただろう。自ら考えられるはずだ。団長は我々を信じていると仰った。ならば信じていただけるに足るだけの行動をしろ。そして団長を信じて待て。繰り返す。団長の次の指示があるまで待機だ!」


グレンの言葉で皆が兎にも角にも落ち着きを取り戻し、再び整列をした。


「アルヴァナ騎士団に栄光あれ!」


 グレンが団長と副団長の背中に向かって叫び、皆も唱和する。心の中でクリストフの処刑を望んでいる者も、この異様な雰囲気にのまれ、心の中ですら「ざまあみろ」と言えなかった。

 皆の声を聞き、レイモンは後ろ手で手を振って城内へと入っていった。



 城内にも既に噂は届いているらしく、通り過ぎる二人を城で働く者達が不安そうに見送っている。「クリストフ様、お逃げください」と言う者もいた。だが、もはや意識は『国王弑逆』のみに向けられており、クリストフはただ微笑んで王の待つ謁見の間へと向かった。


「おめおめと、よく戻ったな、クリストフよ」


 王の前でひざまずくクリストフとレイモンに投げかけられた第一声はそれであった。王の手下である大臣達は嘲笑しながら二人を見ている。が、レイモンは心の中で笑いを堪えていた。

 二人とも謁見の間に入るに際し、帯剣を許されない可能性も考えていて、その場合の対処まで話し合っていたのだ。しかし実際には帯剣したまま通された。自分達はよほど王に信用されているのだなと思うと、これが笑わずにいられるだろうか。

 当然そんなレイモンの内心を知らない王は、頬杖をついて足を組み、侮蔑の色もあらわに二人を見下ろしている。


「貴様らは別の任務を与えていたであろうに、何故ランズウィックへ行った?」


「…………」


「答えられぬか。そうであろう。貴様らは常日頃から独断専行が目立っていた。余が寛大であるのをいい事に、命令違反も詭弁を弄して自らを正当化しおって。これまでの功績もあるゆえ見逃してきたが、今回ばかりはそうもいかぬ。我が国のさらなる発展を妨げるようなまねは許しがたい。よって両名の騎士の称号を剥奪の上クリストフ、貴様を公開処刑、レイモンは監獄にて一生を終えるがいい」


「…………」


「何か言い訳はあるか、クリストフよ。どう言い繕おうが決定は覆らんがな」


「…………さらなる……発展だと?」


 低く、押し殺すような声で呟かれた言葉は、王の耳には届かなかった。いや、届いていたとしても、その言葉について思考する事はかなわなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ