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Crimson Snow  作者: mya
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『誓い』

 こうしてクリストフは、まずランズウィックの民に復興の手伝いをさせて欲しいと頭を下げた。

 彼とその部下が侵略するつもりがない事は、彼らの行動で既に示されているので、ランズウィックの人々にも思うところがないではないが、一応受け入れた。元々この国とアルヴァナは交易が盛んで、『英雄クリストフ』の名声はこの国にも届いていたし、彼の言う事ならひとまず信じられるだろうと。


 ここに残す部下に指示を出し、「では」と去ろうとした時、その声が聞こえてきた。


「シルヴィアの死体がないぞ!あいつ、まさか生きていて逃げやがったのか?!」


「生きてるですって?どこよ!見つけて殺してやる!」


「な…………」


 ランズウィックの人々と話す前に、シルヴィアを託されていたレイモンは、その理由をここで理解した。クリストフがシルヴィアを抱えていたのでは、話している時に気付かれるかもしれない。それを避ける為にレイモンに彼女を託し、クリストフ自ら話す事で、彼に皆の意識を集中させて早々に去ろうとしていたのだ。

 クリストフは皆のこの反応が予想できていたようだが、レイモンにはさっぱり分からない。それ故に「真っ直ぐだ」と言われたのだろうが。

 何を言っているのかと言おうとしたレイモンを制し、「行くぞ」とクリストフが促した時、震える小さな声が聞こえてきた。


「……ごめんなさい……」


「シルヴィアがいたぞ!」


「人殺し!あんたのせいで姉さんは……!」


「お前さえいなければ、この国はこんな事にならなかったんだ!お前も死んで詫びろ!」


「夫を返して!」


 人々が一斉にシルヴィアを抱いているレイモンを取り囲み、口々に彼女を責める言葉を吐いた。シルヴィアはひたすら「ごめんなさい……ごめんなさい……」と謝り続けている。わけが分からない。この子も被害者ではないのか。何故アルヴァナの騎士である自分達ではなくこの子が責められているのか。

 あまりの言い種にレイモンが抗議しようとすると、クリストフが肩に手を置いて頭を横に振り、ランズウィックの人々へと視線を向けた。


「申し訳ありませんが、シルヴィアさんは我が王から連れて帰るよう仰せつかっています。このような言い方はしたくないのですが、ランズウィックへの侵略を諦めるよう進言する際の、彼女は貢物になりますから、このまま連れ帰らせていただきます」


そう言い置いてクリストフは歩き出し、レイモン達も続いた。

 『シルヴィアを犠牲の羊として捧げる事でランズウィックを助ける』

 と言われては、置いていけとも言えない。ランズウィックの人々は歯ぎしりをしながらも、そのままクリストフ達を見送った。



 ランズウィックを出てからはひたすら馬を走らせ、夜になって宣言通り休息のための野営を行なった。地方の反乱勢力の鎮圧を命じられ、現地に赴いて以降今まで、皆ろくな休息を取っていなかったのだ。さすがに疲労困憊である。

 が、クリストフとレイモンは火の番ついでに起きて話していた。


「なあ、クリストフ。ランズウィックのあれは何だ?なんであの子が責められなきゃならない?」


「……ピエール達はあの子の誘拐を命じられていた。あの子を探す際、まず聞くだろう。家はどこだ、陛下は娘を連れてこいと仰せだと。ランズウィックを陥とせと命じられたとは、わざわざ宣言しない」


「!……つまり、ランズウィックが襲われたのは、あの子の誘拐ついでだと思われたのか」


「俺達が到着してからも、恨むならシルヴィアとかいう小娘を恨むんだなと、奴らが言っているのを耳にした。責任転嫁をして被害者に罪悪感を抱かせ、そちらに恨みを向けるのは、ああいった悪事を行う人間の常套手段だ。例えば人質をとって剣を突きつけ、お前らが言う事を聞かないとこいつが死ぬ事になる。お前らのせいでこいつは死ぬんだ、という場合とかな。殺された人質に近しい者は、殺した加害者ではなく、そいつの言う事を聞かなかった人間に『なぜ言う事を聞かなかったんだ』と責める。そういうものだろう」


 クリストフがシルヴィアを国に連れて帰るという決断をした理由も合点がいった。あのままシルヴィアをランズウィックに残せば、彼女は仇の国の騎士ではなく、同じ国の見知った者達によって虐殺されてしまう。戦慣れしたアルヴァナの騎士に立ち向かう事が出来ない腹いせを、シルヴィアを責める事で晴らす意味もあるだろう。


「俺が言っちゃいけない事だろうが、ランズウィックの連中も、同じ国の女の子を生贄にして自分達の安全を図った上に、それが上手くいかなかったからと責めて憂さ晴らしして恥ずかしくねえのか。守ろうって野郎はいなかったのかよ」


「気持ちは分かるが、正に俺達が言える事ではないな。俺達は侵略者だよ。被害国に対して何も言う権利はない」


「悪いが俺はそこまで割り切れねえな。不愉快なものは不愉快だ」


「それでいいよ。お前がそうして率直に言ってくれるから俺は冷静ぶっていられる。これから俺は、感情のままに行動するわけにはいかなくなるからな」


 王になるとはそういう事だった。感情のままに行動していては、今の王となんら変わりない。冷静に物事を判断し、国と民を守るために動かなければならない。それらを守る為には民に我慢を強いねばならない事も出てくるだろう。


「……無論、成功すればの話だが」


「グレンじゃないが、お前が失敗などするはずがないだろ。それはそうと、あの子はどうするんだ?」


「アンヌに預けようと思う」


「アンヌと言うと、お前の乳母だった人か」


「ああ。アンヌの家には彼女と娘のリディアーヌしかいない。それで少しは安心できるといいんだが」


「……大丈夫なのか?」


「何が?」


「お前が王になったら、あの子の出自を知る連中が危険視すると思うぞ。そういう連中から守りきれるのか?」


 現場を見た騎士達も、シルヴィアの境遇に同情はしても、それがクリストフの庇護下に入るとなると事情が変わってくるだろう。自分達が彼女に恨まれる立場である事は分かっているが、だからといって無条件に何をされても受け入れるというわけにはいかない。今は何も言ってないが、クリストフが彼女を連れ帰る事には異論のある者もいたはずだ。


「状況が落ち着いてみないと分からないが、場合によっては俺自身が保護しようと思っている」


「それこそお前の身を案じて暴走する奴が出るだろ」


「男が女性をずっとそばに置いていたら皆はどう思う?世間はその二人の関係をどう見るだろうな」


「あの子をお前の情婦に見せかける事で守ると?」


 レイナルドが『恋人』ではなく『情婦』と言ったのは、クリストフが王になれば、侵略した国から連れ帰ってきた女性を王妃になどするわけにはいかないと、それこそ皆の反発がシルヴィアに向いてしまうと分かりきっているからである。

 そもそもが情婦にする為に王が誘拐を命じた子だ。そういったポジションでいる分には、少なくとも恋人であるよりはマシであろう。


「……身勝手なんだよ。分かっている。あの子は何があろうと両親といたランズウィックに残りたかったかもしれない。落ち着いたら死にたいと思うかもしれない。アルヴァナという土地が、騎士の姿が、男という性が、全てあの子を怖がらせ苦しめるかもしれない。被害者でしかないのに危険人物だと心ない言葉を投げかけ、あまつさえ害そうとする者もいるかもしれない。だから連れて行くべきでないのは分かる。俺が勝手に償いたいと、あの子を再び幸せに生きられるようにする事が、その唯一の道なのだと思っているだけだ。そんな事はあの子も望まないかもしれないのに。守りたいなどとどの口が言うのかと我ながら思う。しかし見てしまったからな。最期まであの子を救おうとしただろうご両親の姿を。俺が代わりに、とは言えないが、俺の命はあの子の為に使うと決めたんだ。誰にも何も言わせない」


「それが、お前が王になる決意か」


「ふさわしくないな。どう考えても。あの子の望みを、死以外なら全て叶えたい。その為の力が欲しくて王という立場を望むのだから。だが俺がアルヴァナという国を、民を、より良いものにしたいという思いに嘘偽りはない。だから行動は示す。王を弑逆する罪はそれで贖う。俺は王の心で国を、民を導き、騎士の心であの子を守る。どうせ騎士という肩書きは捨てるんだ。心の中に騎士を住まわせていても、誰にも気付かれないし問題ないだろう」


 こうは言っているが、クリストフの心裡はどれほど複雑か。

 騎士団長としてアルヴァナという国を少しでも良くする為、王からの命令はどうあろうと、民への一方的な暴行、略奪などは厳しく罰するという空気を作り上げ、内外に『高潔な騎士団』として知られるようにしてきた。それが実はクリストフの目が届く範囲のことでしかなく、バレなければいいとばかりに、今までもこのような事が行われていたかもしれないと分かったのだ。シルヴィアと両親があのような事になったのは、クリストフとレイモンにそれを教える為であったように思えた。もちろん、実際にはそうでないのは分かっているのだが。

 そして何よりクリストフは王になりたいという野心など抱いた事はなかったのだ。剣を取り人を守る事を選んで生きてきた彼が、国のトップに立ち政治を行わなければならない。畑違いの仕事だ。自分に務まるのか不安に思わないはずもない。が、自らそれを選ばざるを得ない状況だった。そして選んだ以上は自らの責任として王としての責務を全うしようとするのだろう。


 心の中に騎士を住ませたまま。


「……クリストフ。俺、騎士団を抜けるわ」


「レイモン?」


「お前は好きに動けなくなるんだ。代わりに俺を使え。それにお前が王で俺が騎士団長にでもなってみろ。最初からそのつもりで叛乱の機会を狙って、わざとランズウィックを見殺しにしたと言いがかりをつけてくる奴も出てくるぞ。先にその芽を摘んでおけば、少なくとも見殺しにしたとは言われないだろう」


「……悪いな。付き合わせて」


「けしかけたのは俺だ。その責任を取るってだけの話だ。それにあの子の事も。俺もあの子が心から笑えるようになるまで……いや、幸せを感じられるようになるまで見守ろうと思う。その時まで俺もお前も死ねないぞ。分かっているな?」


「ああ。分かっている。全てやり遂げなければ叛乱する意味がなくなるからな」



 こうして二人の間の誓いは立てられた。

 

 クリストフは王になり、レイモンはその手足となると。そして二人でシルヴィアが幸せになれるまで彼女を守ると。

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