『ランズウィックの惨劇』2
今回の話は、特に残酷な描写が多く含まれます。ご注意ください。
「…………!」
十数人のアルヴァナの騎士。その中で金髪の美しい少女が、死んだような目でピクリとも動かず横たわっていた。その視線の先には無惨な男女の死体。少女の顔の真横にはくり抜かれて置かれた眼球が転がっている。
少女は襲われている最中で、斬り落とされた、恐らくは死体となった男性の腕で少女の胸の辺りを叩き、
「可愛い娘の体だぞ〜。触り心地はいいか〜?」
などと笑いながら言っている者もいる。そしてそこでは隊長のピエールが全裸で寝こけていた。
「あ、団長!団長も一緒にいかがですか?」
「動かないんで面白くないっすけどね〜」
何が面白いのか、民家に笑い声が響く。
「やめようぜ。ヤバいって」
オロオロとしながら言う者もいたが、そんな事は関係がなかった。
一瞬であった。
まずシルヴィアを襲っている三人の首が落ちた。あまりの速さに、両断され落ちた首は笑った顔のまま転がった。
残りの者はそれを見て何が起きたのか理解できずに呆然としていたが、まだ襲っている状態のまま残されていた騎士達の体をクリストフが引き剥がして、地面へと叩きつけるように放ると、ようやく事態を飲み込んでパニック状態になった。
逃げようと必死に入り口へ向かおうとするが、その前に踏み込んできたクリストフの剣が閃き、また一人の顔面を右頬辺りから左こめかみ辺りに向けて切り裂く。次の一人は左肩口から右脇腹にかけて斬られた。情けも躊躇もない攻撃は、すべて一撃で致命傷となるもので、クリストフが一切の申し開きも聞く気がない事を示している。
「何でですか、団長!俺たちは同じ団の仲間じゃないですか!」
オロオロとしていた者が言う。その言葉にクリストフは、汚物を見るような目でそちらを見た。
「何でだと?分からないなら何故俺を見て怯えた?己が正しいと思うなら堂々と俺に『成果』を報告すればいいだろう。陛下の御意に従い、抵抗するすべを持たない少女を集団で犯したと。そうやってこの国を陥とす事に貢献したと。そちらのご両親を、ただ殺すだけでは飽き足らず、その亡骸をすら辱める行為が正しいものだと。……言え。言ってみろ!」
クリストフの怒声が響く。『憤怒』という感情が人の形を成したもののように、その場にいた者には見え、慄き、身動きがとれなくなった。
……その中で、ただそこに人形のように横たわるシルヴィアの目から、静かに涙が流れ落ちた。
金縛り状態になっている騎士達の目に、抜き身の状態の剣を携えて迫り来るクリストフの姿が映る。逃げ場を探して視線をさまよわせると、入り口への道を遮るように立っているレイモンが目に入った。
「副団長……助けてください」
掠れた声で訴えるが、レイモンも侮蔑の色を隠しもせず言い放つ。
「抵抗するだけの力を持たないその子と、ご両親の恐怖と絶望はそんなもんじゃなかったろうさ。被害者面すんな、クズが」
もはや逃げ場などない。自棄になった一人の騎士がそこに散らばっていた剣を拾い、横たわるシルヴィアの首筋に突き付けた。
「へへ……団長、動かないでください。動くとこの女が……」
言い切る前に、脅そうとしていた騎士の体は吹っ飛び、壁に縫い付けられた。騎士の動きに気付いていたレイモンが槍を投げたのだ。
人のものとは思えない叫びを発して宙で足をバタつかせていた騎士は、そのままそこで絶命した。
その間にクリストフは、残された他の騎士達の腕を斬り落とし、その内斬れ味の落ちた剣でも腕を叩き折って反撃の手段を失わせた上で、正になぶり殺しにしていった。そうしなければまた自暴自棄の果て、シルヴィアを殺そうとする者も出るかもしれないから。一撃で殺さないのは、多少なりとも被害者の恐怖と痛みを知れという思いからである。
他の者が殺されている隙に逃げようとした者もいたが、そういった者達はレイモンにより斬られた。
そうして隊長たるピエールが起きる間もなく、十数人の騎士達は死体となった。恐怖のあまり死の間際に狂ったのか、引きつり笑いを浮かべたまま死んでいる者もいる。
通常であれば、少女の前でこのように残酷な殺し方は避けるようにするのだが、恐らく今、この子の目には何も映っていないだろうとの判断だった。
そうして一人残されたピエールは何も気付かずまだ寝ていたが、クリストフに腹部を踏まれて目を覚ます事になる。
「な、なんだ?!……!貴様、クリストフ!」
「おはよう、ピエール卿。それが団長に向けての目覚めの挨拶か?随分躾が悪いな」
再び腹を、今度は思い切り踏まれ、ピエールはえずきながら咳き込み腹を押さえてうずくまった。何事かと辺りを見ると、自分の部下達はことごとく死んでいる。それで事態を把握したピエールは、慌てて脱ぎ散らかした服の上に落ちている剣を拾おうとしたが、その手をクリストフに踏みつけられる。
全裸のままバタバタともがく、ひどく醜く滑稽なその姿を冷たく見下ろし、クリストフはピエールが拾おうとしていた剣を手に取って、持ち主の顔面に突き付けた。
「陛下が連れ帰れと命じられたのはこの子か」
「それ……が……なん……だ」
「やはりそうか。それさえ聞けば貴様の口にもう用はない」
そう言って口内に剣を突っ込み横に斬った。絶叫が響く。うるさそうに顔をしかめ、今度は眼球に剣を突き立てる。
ピエールは、もはや言葉にならない何かを口から発しながら手で顔を覆って、これ以上の頭部への攻撃を防ごうとしたが、そうしたところで腹部を刺された。あまりの痛みと苦しみにのたうち、体が横になったところで側頭部を貫通する勢いで剣を突き立てられ、ついにピエールは絶命した。
「貴様ら全員、それでも楽に死ねたんだ。感謝しろ」
吐き捨てるように言った後、クリストフはゆっくりと少女、シルヴィアに近付く。
もはや人としての原型を留めていない男女の遺体。まだ辛うじて胴体に繋がっている母親の片手が、シルヴィアに向かって伸ばされている。最期まで娘を助けようとしていた様子がうかがえる。そして、その母親に半分覆い被さっている父親は、妻を守ろうとしたのだろう。この夫婦を笑いながら殺したというのか。わざわざ彼女の顔のそばに置かれた眼球……何を意図して置かれたのか。そのおぞましさに、これを行った見知った顔の部下達が何かに乗っ取られた怪物のように見えた。
ずっと死んだように動かなかった彼女は、視線を動かして傍に立ったクリストフを見上げた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥すまない」
クリストフは剣を鞘に納め、マントを外すとシルヴィアの体にそっと掛けた。その様子を黙って見守るレイモンの表情も、持っていきようのない怒りとやり切れなさに満ちている。
ふう、と大きく息をつき、レイモンもマントを外して両親の遺体に掛ける。もちろん弔う気持ちが一番だが、顔見知りの騎士がこれをしたという現実を突き付けられ、正直に言って見ていられない気持ちもあったのだ。
シルヴィアを助け起こそうとクリストフが手を差し出す。が、彼女はもはや声も出せず、手を伸ばす事すら出来ない様子だった。殴られて切ったのだろう。唇の端ににじむ血を拭ってやった時、「団長!」と呼ぶ声と共に、城へ向かったはずの部下が入ってきた。
その騎士達の姿を見た途端、シルヴィアの顔が恐怖でひきつった。叫ぶ形に口は開くが声が出てこない。
「来るな!」
クリストフは怒鳴り、その声で部下達はその場で足を止めた。そして先刻シルヴィアの体に掛けたマントで彼女をくるんで、ゆっくりと抱き上げる。
「今は、ここを出た方がいい。国境を出るまで目を閉じていなさい。絶対に周囲を見てはいけない。いいね?」
怖がらせないよう静かにシルヴィアに話しかけた。
「レイモン」
盟友の名を呼び、二人に近付いたレイモンは一度悲痛な表情でシルヴィアを見た後、クリストフに訊ねる。
「この子をどうするつもりだ?国に連れて帰るわけにもいかないだろう」
彼は問いかけには応えず、代わりにシルヴィアをそっとレイモンに手渡した。そして団長の証である豪華な勲章を引きちぎるようにして取ると、地面に投げ捨てた。
「クリストフ?」
「団長!」
「俺はもう騎士ではない。これからの行動は全て俺の独断だ。お前達には関係がない。が、止めようとするなら誰であろうと斬る。だから頼む……誰も俺の前に立ち塞がってくれるな」
クリストフの表情は怒りに満ちている。
低い声で押し出すように発せられた言葉に、彼の部下達は不安そうに、そして戦慄を覚えたように彼らの団長を見ていた。が、レイモンだけは険しい表情を浮かべてクリストフを見た。
「クリストフ。お前が考えている事は分かる。が、まずは落ち着け。お前がこれからやろうとしている事を成し遂げたとして、後はどうする?反逆罪として自分の身を処するつもりか?」
「反逆?副団長の言っている事は本当ですか、団長!」
「これは我が騎士団の犯した蛮行。俺は団長だ。知らなかったでは済まされない。このケリは我が手でつけさせてもらう。これまでも充分に愚かであったが今回は極め付けだ!このような命令にでも従わねばならないと言うなら、俺は騎士などやめてやる!そして、このような事を命じる者を、王と呼ぶ気もない!」
クリストフの叫びに、彼の部下達は言葉を失った。そんな中、遅れてやってきたグレンが入り口付近で立ち止まっている騎士達をかき分け、部屋の中へと入ってきた。彼もここの惨状とレイモンに抱き上げられているシルヴィアを見て大体の事情は察し、その端整な顔をしかめる。
「報告します。城には既に生存者はいないとの事です。ガストン隊長は念の為に捕縛しました」
「…………そうか。ご苦労」
「団長。陛下を……弑逆なさるおつもりですか」
「………………」
「まさか一人で行く気ではないだろうな。俺は副団長として、そんな事は認められないぞ」
「止める気か?レイモン」
レイモンの言葉に、クリストフは殺気の篭った目で彼を見た。




