『ランズウィックの惨劇』1
今回から過去編になります。
昨日更新分の後書きで書かせていただきましたが、過去の話は過激な表現も多いのでご注意ください。
ひとまず今日の話では、そういった表現は含まれていません。
ランズウィックの惨劇の数日前。
突如としてクリストフ直属の騎士隊に、ここ最近勢いを増している地方の反乱勢力を鎮圧してこいとの命令が下った。しかも騎士団長たるクリストフが率いて行けと。
国対国の戦争ならば団長が率いるのは当然だが、地方の反乱の鎮圧にクリストフをさし向けるなど、それまではなかった。ましてや副団長であるレイモン(レイナルド)にも行けと言っている。あまりにも大げさな話だ。特にクリストフ直属の騎士隊は民の反乱の鎮圧(正しくは弾圧)に対して批判的であったし、命令には従って現地に赴くものの、鎮圧と言うよりは説得をして騒動を収めてきていたので、国王からすれば面白くなく、この隊は戦争の際に激戦区に置いて嫌がらせをする為に使う事が多かったのだ。その、騎士達に色濃く影響を与えているクリストフそのものに動けと言う。充分に胡散臭さを感じつつも国王の命令には逆らえず、クリストフとレイモンをはじめ、直属の騎士隊は現場へ向かった。
国内とはいえ広大なアルヴァナの領地の、その地方までは二日ほどかかる。そしていざ着いてみると暴動はおろか、集会すら開かれていなかった。
「クリストフ、どう思う?」
「どうも何も。何かやろうとしていて、それには俺たちが邪魔だから適当な理由をつけて追い払ったんだろう」
「で、どうしますか、団長?」
「何も起きていないものを、鎮圧しようもない。手ぶらで帰って、また陛下にお叱りを受けるさ。問題は俺たちを遠ざけて何をしようとしているかだが……」
よもやこの隊の内の誰か、もしくは複数人の身内を、これまた適当な理由をつけて捕らえようとしているのではあるまいなと、一瞬思いはしたが、いくら愚行を積み重ねている王といえども、そんな事をすれば騎士団の反発が深刻なものになるのは想像がつくはずと、その考えを打ち消した。
「いずれにせよ気になる。速やかに王都に戻ろう」
そうして急ぎ王都へと引き返す途中、早馬を駆って他の騎士隊の者がクリストフの元へやってきた。
「団長、急ぎ報告したい事が」
「どうした?」
「ピエール隊とガストン隊が陛下の命令でランズウィックへ向かったそうです。直接聞いたわけではありませんが、両隊の者がそう言ってるのを何人も聞いたので、恐らくは確かかと」
「……ピエール隊とガストン隊?」
その両隊は隊長が国王の血縁関係にあり、隊員も国王の親戚または姻戚関係の者が複数人いるため、民の弾圧といった、クリストフを使いにくい任務によく使われる。
勿論クリストフとて王に仕える騎士である。民の弾圧であろうと命令には従わなければならない。が、非道な行いを嫌い、民あっての国家だと言ってはばからないクリストフとその直属の部下達は、当然のように民や下級騎士達に圧倒的な人気があり、下手に機嫌を損ねて反乱を招いては面倒だと、そういった任務から遠ざけるようになったのだ。
わざわざクリストフ達を王都から遠ざけ、ピエール隊とガストン隊を形だけの騎士団しか持たないランズウィックへさし向ける意味。そんなものは考えるまでもない。
「しかし何故ランズウィックを。あそこの資源はランズウィックの民でなければ有効利用できないゆえ、手を出さないのが暗黙の了解だったはずだが」
「ピエール隊長が、ランズウィックをアルヴァナ領にしてしまえば資源の独占をはかれる。民は脅して使えばいいと陛下が仰っていたと話していたそうです」
「バカな事を。そんな事をすれば他国が黙ってはいまい。下手をすれば他国が連携してアルヴァナに攻め入ってくるぞ」
「それと誘拐も指示されているようです」
「誘拐?」
「先日我が国を訪れた、ランズウィック製の剣を売りに来ていた商人を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。俺の剣も二本、確かその商人から買った。それが?」
「その商人が先日は娘を連れてきていまして、私も見かけましたが、美しい娘だったんですよ。陛下もお気に召したようで、ついでに連れ帰れと命令があったと」
話を聞きながら険しい顔を浮かべていたクリストフが、怒りに顔を歪ませた。どこまでアルヴァナという国を貶めるのか。戦う力を持たない国を攻め、若い娘の誘拐まで命じるとは。
「……分かった。報告ご苦労。俺に伝えた事は陛下に気付かれないよう、君はそのまま王都に戻れ」
「団長はどうなさるおつもりですか?」
「俺たちはランズウィックに向かって両隊を止める。ここの反乱勢力を抑えろと命令はされたが、そんなものはなかったので、ここでの任務は完了したものとする。本当は一人で行きたいところだが、俺だけ戻らないとなると怪しまれるからな。みんな、すまないが付き合ってくれ」
「当然だろう。胸くそ悪ぃ。これ以上国の恥を晒してたまるか」
「そうですね。来るなと言われても無理矢理にでもついて行きますよ」
レイモンと、端正な顔立ちの騎士が続けて言う。他の者も頷き、すぐさま馬を全力で走らせ出した。
ランズウィックに向かう道すがら、先程の端正な顔立ちの騎士がクリストフに訊ねた。
「団長。今からでは恐らく先の隊がランズウィックに着く前に止めるのは無理でしょう。現地でピエール隊とガストン隊が行う事は明白ですが、方針はいかがいたしますか」
「陛下の御意は、あくまでランズウィックを手に入れる事と商人の娘を連れ帰る事だ。ランズウィック騎士団は実戦経験もなく、形だけのものでしかない。王に対し降伏を呼びかければ大きな抵抗も出来まい。であればそれ以外の暴行略奪等の行為は御意に背くものとして処断の対象となると、とりあえずの説得は試みる。分かるな?これはこの隊を守る為の詭弁だ」
「つまり……」
「逆らう奴は斬れ。投降する者は捕縛しろ」
「分かりました。縛りおく為の縄は足りますかね」
「足りなくなるくらいの投降者が出ればいいがな」
そうしてクリストフ率いる騎士隊は、ピエール、ガストン両隊の一日遅れでランズウィックに到着した。そこで見たものは……
まず目に入ったのは死体の山。中にはアルヴァナ騎士団の服を着たものもあるが、ほとんどはランズウィックの民のものだ。
泣き叫ぶ女性の上にのしかかる者、襲った家から金品を運び出す者、年老いた親に覆い被さる息子の無防備な背中を刺す者、動かなくなった親にすがりつく子供ですら斬ってまわる者……皆一様にゲラゲラと笑っている。
クリストフは女性を襲っている者の襟首を掴み、無言で女性から引き剥がした。
「なんだ?!邪魔をするなら貴様も殺して……ひっ!クリストフ……団長!何故ここに……」
「答えろ。貴様らの受けた命令は民の虐殺や暴行、そして略奪か」
「いえ……あの……」
男は後ろめたそうに目をそらしたが、クリストフが剣を抜くと同時に男の鼻の辺りを真一文字に軽く斬った。斬られた所を手で押さえ、叫ぶ男の胸ぐらを掴んで立たせ、更に問う。
「ハッキリ答えろ。この蛮行は陛下の御意によるものか。それともピエール卿の命令か」
「へ、陛下が……だって国を奪うとは、こういう事ではないですか!」
「分かった。貴様らは命令を笠に着て、それぞれ独自の判断で蛮行をはたらいているのだな。ならば話は簡単だ」
そう言うとクリストフは胸ぐらを掴んでいた手を離し、男がバランスを崩してよろめいたところを一閃のもと斬り伏せた。そして襲われていた女性に頭を下げると、率いてきた部下を振り返った。
「命令だ!ランズウィックの民を守る事を最優先しろ!」
「はっ!」
命令を下すとクリストフは即走り出し、レイモン達が後に続いて民を襲っている者達を斬っていった。
クリストフがランズウィックに乗り込んできている。その事実を知ったピエール、ガストン隊の者達は戦慄をおぼえた。この様な行為を、あの団長が許すはずがないという認識は誰にもあったし、『アルヴァナの英雄』と呼ばれるクリストフの常識はずれの強さは、誰より味方であるアルヴァナ騎士団の団員が一番よく知っている。しかもクリストフのいる所には、彼に匹敵する実力の持ち主のレイモン・マクファーレン、その二人に次ぐナンバー3と言われるグレン・バシュラールも常にいる。勝てるはずがない。
恐怖に駆られた騎士達は逃げ出す者や許しを乞う者、自分達は命令に従っただけだと開き直って、数人で一斉にかかれば勝てるとクリストフに向かっていく者と、様々だった。逃げ出す者と許しを乞う者に関しては殺す事はせず捕縛したが、向かってくる者は片っ端から斬った。言い訳を聞く余裕などない。ヤケになった騎士が何をするかも分からなかったから。それほどに、ピエール、ガストン隊の行いは非道残虐だった。
最初、何故アルヴァナの騎士が同じアルヴァナの騎士を斬っているのかと、事態が呑み込めなかったランズウィックの人々は、後から来た隊は自分達を助けてくれているのだと理解すると、クリストフ達の指示に従うようになった。
ランズウィックの人々を一箇所に集まるよう指示し、そこの守りを率いて来た部下の半数ほどに固めさせた上で、クリストフとレイモン、それにグレン達は王族のいる居城を目指した。ピエールとガストンがそこにいるという情報を得たからだ。
が…………
「なんだ、この騒ぎは?」
騒ぎに気付いて民家から出て来た一人の男が、クリストフと目が合うと
「やべっ!なんで団長が!」
と叫び、慌てて再び民家に飛び込んでいった。
その男はほぼ服を着ていない状態で出て来たので、何をしていたのかは一目瞭然だった。
「おい、やべーよ。団長が来ているぞ」
「バレたらマズいな」
「大丈夫だって!団長も誘おうぜ!」
クリストフ達がその民家に近付くと、中からそういった声が聞こえてくる。
「……グレン。他の者を率いて城へ向かってくれ。何か気になる。レイモン。来てくれ」
「ああ」
「分かりました」
中で起きている事は分かる。
民家の中で多人数では行動しにくい事と、あまり多くの男に目撃させるものではないという判断から、クリストフはレイモンと二人で中に入った。




