『語り合う時間』2
衛兵に紅茶を持ってくるよう厨房への伝言を頼み、エーレンフリートはソファに腰掛けて向かいの席をシルヴィアにすすめた。
「急に引っ張り込んで悪かったな。たった三ヶ月しかないのに今までろくに話せなかったからな。無理矢理にでも時間を作らねえと機会がなくなっちまう」
「そうですね。エーレンフリート陛下はいつも政務でお忙しいですし」
「それもちょっと考えてはいるんだ。せっかく親善大使が来てんのに、俺自身が国同士の交流の話もしないで政務室に篭ってんのもどうだろうとな。とりあえず急ぎの仕事だけ片付けるようにして、もっとお前と話す時間を取るかと」
「そう言えばアルヴァナの事をお話しすると言って、そのままになっていますね」
「だな。お前を見ると、話すよりつい打ち合いたくなるから困ったもんだ」
言いながらニカッと笑う。シルヴィアも心から同意した。
もはや命のやり取りをしたいとは思わないが、エーレンフリートとは話すより剣を交わす方が、百の言葉を紡ぐより分かり合えそうな気がするのだ。もちろんそれは錯覚で、人である以上言葉ほど相手を知る手段は他にはないと分かってはいるが。
それからシルヴィアはエーレンフリートの求めに従い、アルヴァナの話をした。その途中でメイド長が紅茶を持ってきて、「シルヴィア様の作られたお菓子、陛下も召し上がられるのですか?とても美味しくて驚きますよ」と言ったことから、シルヴィアが厨房でメイド達にも菓子を分けていたとうかがい知れた。
「そういやお前、よくメイド達の所に行って話しているみたいだな。最近そういう話を聞く」
「はい。お仕事の邪魔にならないよう気を付けてはいますが。あまり好ましくないとお考えなら控えます」
「いや。むしろ有難い。内乱の時、あいつらの仲間も結構殺されてな。その記憶はまだ鮮明だろうから、内乱に関係のない外の人間であるお前と話す事で、少しは空気の入れ換えつーか、頭の中をこれからに向けて切り替えられればと思うんだよ。騎士団の連中も同様だ」
それにギルベルトも。
口に出しては言わないが、ギルベルトもまだ内乱から気持ちが抜け出せていない。周囲の人間は誰であれ内乱の種になり得る者で、信用してはいけない、いつ裏切るか分かったものではないという目をしている。
そして他の誰よりエーレンフリート自身も……。
「あの方達の仲間という事は……メイドの皆さんも巻き込まれたのですか?」
「ああ。戦う気も力もない女達が殺された。国王派も反国王派もない。どちらもまるで上手くいかない苛立ちを晴らすように、逃げる女達を斬っていった」
「……」
「丁度いい。こういう話の流れになったついでに、ちょっとお前に不躾な質問をさせてもらう」
「はい。何でしょうか?」
「ずっと気になっていたんだが、ギルベルトに肩に手を置かれた時、なんか過剰に反応していただろ。率直に聞く。お前、男に触れられるのが怖いのか?」
「そう見えますか?」
「普段は見えねえな。あの時だけだ。現にクリストフ王やレイナルド相手には平気そうだし、さっき俺に肩を掴まれても別段変わった様子は見せなかった」
「では何故」
「あの時の表情の強張り方が尋常じゃなかったからだ。それにお前の境遇を考えるとな。あの過剰反応の理由が一つの答えに行き着くんだ。そう考えるとお前がクリストフ王との結婚があり得ないと言った理由にも結びつく」
エーレンフリートの指摘に、シルヴィアは表情を変えなかった。ただ気持ちの整理をするように、長い沈黙の時間を置いて大きく息を吐き出した。
「好奇心から知りたい、といった事ではありませんね。陛下はそのような方には思えませんから。騎士団の方々との接触で私の弱点を知られるのを懸念している、といったところでしょうか」
「そうだ」
エーレンフリートは少し嘘をついた。シルヴィアの言った事も当然懸念材料の一つだが、一番にはギルベルトだ。彼がシルヴィアへの好意を募らせて、彼女に触れたいと考えるようになってはマズイと思ったのだ。シルヴィアを守る立場であるはずのギルベルトに恐怖を覚えられては、守るに守れなくなる。
「陛下のご懸念はもっともだと思います。が、気を張っている状態であれば耐えられる程度の弱点です」
「また気を張っていない状態で触れられたらどうするんだ」
「私は気配に敏感です。誰かが近づいてきたと分かった時点で接触はあるものという心構えでいれば大丈夫です」
「はあ……落ち着かないな、それは」
何故この女性は、こうならなければならなかったのか。何の落ち度もない、ただの商人の娘であったはずなのに。男である自分に匹敵する程の力を持ち、気配に敏感で、気を許していない人間がいる所では熟睡も出来ない。この先ずっと変わらないのか、それとも時と共に変わるものなのか。自国の民すら疑心の対象になってしまったギルベルトや、本来自分達を守るはずの騎士達を信用出来なくなったメイド達の事とシルヴィアを重ねて見ずにはいられない。
これ以上、女であるシルヴィアに突っ込んだ事を訊くのはさすがに気が咎める。エーレンフリートの指摘を否定しなかった事から、恐らく予想は当たっているのだろうと確信に近いものを得られたので、話題を変えようとして、その前に一口シルヴィアの作った焼き菓子を齧った。
「!?……何だこれ。めちゃくちゃ美味いな」
「恐れ入ります。お口に合ったようで安心しました」
「アルヴァナの菓子はこんなに美味いのか。いや、お前の腕が良いのは勿論なんだろうが」
「食にこだわりがある国なのです。菓子だけでなく食事はことごとく美味ですよ」
「そうか。皆にも食わせてやりたいな。交易を避けていたせいで、他国の食事情など俺も含め知らないからな。……やはり俺や父や祖父のやり方は間違っていたのか」
積極的に鎖国をしていたわけではない。しかし極力他国との接触を避けてきた結果、食事すら狭い世界の中にいたのだと思い知る。この国にある食材で、この国の料理のみを作り、世界にはこのように美味なものがあるのだという事を知る機会もなく、この国で死んでいく。やり方は間違っていたが、内乱を起こした者達の主張自体は間違っていなかったのかもしれない。そんな事を思っていると、
「ですがエーレンフリート陛下や先代、先先代の国王陛下のお陰で、この国は他国の戦争に巻き込まれる事なく、王と民の距離も近い、民にとって暮らし易い国であれたのだと思います」
エーレンフリートの方を真っ直ぐに見て、シルヴィアがそう言った。続けて言う。
「何が正解か私には分かりませんが、少なくとも民に無茶な労働も無駄な犠牲を強いる事もなかったここ三代の王は、民にとって良い王だと思います。それは他国に対しても言える事で、ノイエンドルフは他国の民を苦しめてもいません。アルヴァナの前王がした事を思えば、誰もノイエンドルフの方針を責める事は出来ないのではないでしょうか」
シルヴィアの言葉は、内乱以降エーレンフリートの中にあった「狭い世界で生きる事を強いる王家の方針を、皆内心では不満に思っていたのではないか」という不安や迷いを、完全にではないが取り払ってくれた。
結果論なら何とでも言える。しかし今に至るまで国が戦火で焼かれる事も、騎士達が他国の戦争に駆り出される事もなかったという事実はここにある。他国と交流をしつつそうする方法もあったのかもしれないが、それは結果論なのだ。今からでもそのやり方を模索したって構わない。その為の土台は出来て、目の前にキッカケとなる大使がいる。勢いで結ばれた不可侵条約が、エーレンフリートの目指す国造りの方向性を示してくれるのかもしれない。
「……ありがとうな」
「偉そうな事を申してしまい、かえって失礼であったかと思いますのに、礼の言葉を頂けるなど勿体ない事です」
これはシルヴィアの本心だった。クリストフもこのように迷い悩みながら王としての役目を果たしているのだろうか。そう思うと言わずにはいられなかったのだ。「貴方は間違っていません」と。




