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Crimson Snow  作者: mya
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『語り合う時間』1

 シルヴィアは時間が空くと、紅い花の咲く庭で自主訓練をしているか、最近ではメイド達の休憩室に顔を出したりもしている。

 ビアンカの休暇を二日後に控えたその日、午前の予定を一区切りつけて休憩していたギルベルトの所へロイスが訪ねてきた。この時もシルヴィアはメイド達の所へ行くと出て行っている。


「団長、下の者の要望を持って参ったのですが、よろしいですか?」


「またシルヴィア殿との訓練の要望か?それは許可できないと言ったはずだが」


「いえ。訓練ではなく、シルヴィア殿と話す機会を設けて頂きたいとの事です」


「話す?」


「はい。アヒム(もう一人の副団長)の所にも要望が来ているそうです」


「彼女が聞けば受けたいと言い出すだろうが。私としてはあまり気がすすまないな。いつまたロニーやテオドールのように暴走するバカが出ないとも限らん」


「団長が同席する形ではいかがですか?」


「私が同席?それで皆が納得するのか?」


「それは問題ありませんでしょう。何しろ皆が望んでいるのはシルヴィア殿との歓談ですから」


「歓談?」


 ロイスによるとこうであった。

 ロニーとテオドールの件があり、仕方がないと理解はしているが、大臣やその他貴族はシルヴィアとの交流の機会があって、我々騎士団とは雑談をする機会すら与えられないのは残念だ。訓練に関しては危険があるかもしれないとしても、話をするくらいであれば問題がないのではと。


「それで。この要望に関してロイスはどう考えている?」


「私としては皆の言う事も理解できますが、参加する者をどう絞るかが問題ですな。要望を挙げている者の中に、腹に一物抱えている者がいないとも限りませんし、かといって一部の者に絞るとなると、外された者が不満を訴える可能性があるでしょう」


「私も同感だ。が、シルヴィア殿が帰る日までこのままというわけにもいかないだろう。陛下にご判断を仰いでみるか……まあそうすると恐らく二つ返事で許可が下りるだろうが」


 少し苦笑しながら呟くギルベルトを見てロイスは驚いた。そんなロイスの様子にギルベルトはすぐに気が付いた。


「どうした。何を驚いている?」


「失礼ですが、団長はシルヴィア殿が来られてから、少し変わられましたな」


「変わった?私が?」


「はい。この一年、シルヴィア殿が来られるまで、いつも険しい顔をされていて、そのように表情を緩める事もなかったので。以前から厳しい方ではありましたが、それでも訓練以外の時には軽くお笑いになる事もあったのが、内乱以降は一時たりとも気を抜いていないように見受けられて心配しておりました」


「‥‥‥‥‥‥‥‥そうか」


 自分はそれほどに笑っていなかったのかと今更ながら知った。内乱以降、エーレンフリートの体制を早急に確立させる事しか考えずに来たから、そんな事に気付く暇もなかった。

 誰もが多かれ少なかれシルヴィアに影響を受けている。そもそも長年他国との交流を避けていたこの国に、客人として招かれた人物だ。国そのものに変化を及ぼしたといっても過言ではない。それほどの人物と騎士団員達が交流を持てないのは、ノイエンドルフ騎士団にとって損失以外の何物でもない。ないのだが‥‥‥‥。


「分かった。いずれ陛下に許可を頂いてからになるが、私が同席した上での食事会を定期的に催すとしよう。その際、必ずロイスかアヒムも参加するように」


「‥‥‥‥‥‥‥‥え?」


「どうした?」


「まさか団長直々に許可が頂けるとは思っていませんでした」


「私も自分がこんな心境になった事に驚いている。これもシルヴィア殿の影響というわけか」


「でしょうな。シルヴィア殿が他国の騎士団長であらせられる事が残念です。この国の騎士であったなら喜んで肩を並べて戦えたものを」


 それは恐ろしく無意味な仮定だと思う。何故なら彼女が最初からノイエンドルフの人間であったなら、間違いなく騎士になどなっていなかったであろうから。残念ながらエーレンフリートが認め、自分達が影響を受けた彼女の姿はアルヴァナの、クリストフの騎士であるからこそ見られるものなのだ。

 彼女の境遇を聞き、ランズウィック出身であると知り、今の彼女を形成しているものが何かを僅かながら理解した。目の前で両親が惨殺され、自らも命の危険があったところを、あの圧倒的な力をもって救ってくれたクリストフは、シルヴィアの目に絶対的な騎士の理想像として映ったことであろう。その騎士は傍若無人な国王に反旗を翻し、民を王の圧政から解放した。まるで物語のヒーローのように。彼女の目指す先にはいつもクリストフがいて、その存在がなければ騎士、シルヴィア・オルドリッジは誕生していない。


 そうしてこの後、エーレンフリートに許可を取ったギルベルトは、ロイスに明日の夕食時に会食をする旨を伝えた。まずは試しという事でエーレンフリート、ギルベルトと副団長二人の内の一人、それ以外の騎士達の中から十人でと決まった。その自由枠十人を決める際、大騒ぎした結果じゃんけん大会を開いていたもので、ギルベルトは呆れ半分、シルヴィアとの会食を望む者の意外なまでの熱意に対する驚き半分で部下達を見ていた。


 時間は少し遡り、ギルベルトが会食の許可を取りに行く前、気分転換に部屋を出たエーレンフリートは、廊下でシルヴィアに出くわした。


「よっ!今は休憩中か?」


「はい。なので少し厨房に行っていました」


「厨房?」


「久し振りに何か作りたくなって。昼食の準備で皆さんが忙しくなる前に厨房をお借りしたのです。それで、これを」


 シルヴィアは持っていたレースの包みを持ち上げ、エーレンフリートの前で開いてみせた。そこにはバターの香り高い焼き菓子があった。


「なんだ、これ。美味そうだな」


「アルヴァナのお菓子です。アルヴァナには華やかで美味しいお菓子が色々あって、私も最初は驚きました」


「……そうか」


 最初はという言葉に、シルヴィアがランズウィックの人間であった事を思い出す。異国であるアルヴァナの菓子の作り方を覚えるまでに、どのような思いを抱え、どれほどの苦悩を乗り越えてきたのか。そう考えて、気が付くとこう切り出していた。


「なあ、昼食まで少し話さないか?で、その菓子を俺にも食わせてくれよ」


「昼食前ですよ」


「菓子の一個や二個でメシが食えなくなることはねえよ。ほら、行くぞ」


 有無を言わさず、エーレンフリートは自室に向けて歩き出した。本当は応接室の方がいいのだろうが、シルヴィアが発熱した時にギルベルトが自分の部屋へ連れて行ったのと同様、他の者が簡単に入ってこられない場所の方が、何かと気を遣わずに話せると思ったのだ。


「さ、入れよ」


「え?ですがここは陛下のお部屋では」


「ああ。それがどうかしたか?」


「私は他国の騎士団長です。国王の私室に入るわけには……」


「ギルベルトの部屋には入っただろ。今更」


「ギルバート卿とはお立場が違うかと」


「俺はお前を信用している。だから気にするな」


「と申されましても」


「それとも何だ?お前が俺を信用していないのか?部屋で二人きりになったら何をするか分からないと」


「いえ。決してそのような事は」


「なら入れ。……ああ、もう面倒くせぇ!」


 そう言いながらエーレンフリートはシルヴィアの肩に手を回して、強引に部屋に引き入れた。

 エーレンフリートの私室は国王の部屋にしては華美ではなく、ギルベルトの部屋と変わりなく見えた。が、そこは流石に国王と公爵家の長男と言うべきか、調度品はどちらもひと通り質の良さそうな物が揃えられている。

 一方、同じ国王でもクリストフの部屋は、まず並べられた剣が目に入る。それにシンプルな机と椅子。その椅子に腰掛けて、よく剣の手入れをしていた。しかしシルヴィアがクリストフの元に行ったばかりの頃は、部屋にある武器類には布が掛けられ、シルヴィアの目に入らないようにしてくれていた。怖がらせないようにと。そんな事を思い出していると、頭上から声がした。


「またクリストフ王の事を考えているのか?」


「はい。同じ王でも部屋の印象は随分と違うものだと」


「そうなのか?まあクリストフ王の見た目からすると、華やかな部屋のイメージがあるが」


「それが、我が王の部屋は必要最小限の物しか置かれていないのです。ソファセットも私が城に入ってから初めて置いたそうですし、ベッドも元々は騎士時代に使っていた小さな物をそのまま使用していて、長身の陛下は体を伸ばすとベッドから足が飛び出していたそうです」


「ベッド?それもお前がクリストフ王の元へ行って変えたのか?」


「だそうです。二人で寝るには小さ過ぎるという事で」


「って、お前、クリストフ王と寝ていたのか」


「ギルバート卿からお聞きになっていませんか?」


「……ああ。ギルベルトは知っていたのか。つーか、お前クリストフ王とは体の関係はないと言っていなかったか?王がそれを望むはずがないと」


「え?あ……寝るというのはそういった事ではなく、言葉通りの意味です。アルヴァナへ行ったばかりの頃、私はまだ精神的に不安定だった上に、命を狙われる危険があるからと、陛下とレイナルドが常に側にいて下さったのです。その過程で共に寝る事もあったので」


「ふーん……」


ある程度分かった気ではいたが、やはりシルヴィアとクリストフは奇妙な関係だと思う。シルヴィアがアルヴァナに行ったという五年前なら、彼女は十六歳、クリストフ王も今のエーレンフリートくらいの年齢であっただろうに、ベッドを共にして何もなかったとは。クリストフ王がそういった事に興味がないのか。それとも単にストイックな性格で、助け出した少女に手を出す気になれなかったのか。


「エーレンフリート陛下?」


 シルヴィアはどうしたのかと言うようにエーレンフリートを見上げた。その顔に戦場での不敵な笑みは重ならない。


(やっぱりあの事と関係があるのか)


 不意に触れられた時の、あのこわばった表情。明らかに思い合っている様子の二人の妙な距離感。これらは恐らく関係があるのだろう。シルヴィアとクリストフの関係がどうあろうと構わないが、触れられるのを恐れる理由がエーレンフリートの考え通りだとすれば、シルヴィアに好意を抱いているギルベルトにも注意を促さなければならなかった。

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