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Crimson Snow  作者: mya
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『消せない過去』

 数日後、レイナルドがアルヴァナのクリストフの元へ戻った。

 レイナルドの姿を見た時、いるはずもないのに隣にシルヴィアが微笑んで立っている気がして、クリストフは自嘲気味に笑った。当然それに気付かないレイナルドではない。


「なんだ。シルヴィアを連れて帰ってきて欲しかったのか?」


 ニヤニヤと笑いながら言う。


「本音を言えばね。私が連れ帰りに行きたいくらいだよ」


 お茶を持ってきたメイドと共に、部屋にいた補佐官が頭を下げて退室していった。レイナルドと、普段はシルヴィアがいる時には、自然に彼らだけにする習慣が側近たちにはある。

 元々が騎士で、政治に関する事は本業ではないクリストフが黙々と政務に励む様子に、せめて息が抜ける時間を作ってもらおうと、周囲の者達が暗黙の了解でそうするようになったのだ。


 二人だけになった空間で、まずはレイナルドが口を開く。


「お前の予想通り、歓待の晩餐会の席で早速騒ぎになったぜ」


「だろうな。で、その後は?」


「シルヴィアに切りかかった奴は三日間の謹慎と一ヶ月のトイレ掃除、だそうだ」


「それは何より」


 詳しく聞かなくてもその場の事は見て来たように想像がつく。シルヴィアは自分に向けられる恨みを当然のものとして受け止め、堂々と振る舞った事だろう。問題はシルヴィアに切りかかった騎士の処遇の方だった。ギルベルトは規律に厳しいタイプであるようだし、処分しようとしたはずだ。実際それは正しく、クリストフやレイナルドとて自分の部下がその様な不祥事を起こしたら、規律を守る為に処分しようとするだろうが、今回の場合、騎士団との確執が充分に予想される中での条約の締結、シルヴィアの派遣決定でもあり、彼女の身が無事である以上アルヴァナとしては殊更問題を大きくするつもりはない。何よりシルヴィアが望まない。問題を起こした騎士が処分されれば彼女は心を痛める。クリストフはそれを憂慮したのだ。

 が、エーレンフリート王は軽い処分で済ませたという。内乱の後で、人心に更なる動揺を与えない為の配慮とも考えられるが、結果的に一番いい形で治まったと言える。


「それとシルヴィアが少しでも休めるようファルケンマイヤー伯に頼んでおいたが、まあ色々伏せたままでは無理があってな。簡単にあいつの境遇については話しておいた」


「どの程度だ?」


「シルヴィアの両親が、あいつの目の前でアルヴァナ騎士団に惨殺された。前王がシルヴィアに目を付けて、てめぇの情婦にする為に連れてこいとの命令を受けたが、両親が阻止しようとした為、邪魔だとばかりに酷え殺し方をしたと。騒ぎを聞きつけ駆けつけたお前に、シルヴィアは助けられた、とまあ、その程度だな」


「それで納得したのか?」


「さあな。ただ、それは起きた事のほんの一端で、実際にはもっと酷い事があったとも言っておいた。‥‥‥それ以上は言えないからな」


「あの子がランズウィック出身だという事は?」


「言っていない」


「そうか」


 クリストフもレイナルドも、あの時の事を忘れた日はない。

 アルヴァナの中心部から遠く離れた街での暴動鎮圧を命じられた。それまで地方の暴動など放置していた国王が突然、何故騎士団の中でも精鋭の、クリストフ直属の部隊を派遣しようなどと思いついたのか、疑問を覚えないはずもなかったのだが、命令に逆らうわけにはいかず、暴動鎮圧に向かった。その留守中を狙って、国王は特に自分の息がかかった部隊にランズウィック制圧を、シルヴィアの拉致を命じたのだ。

 資源豊かな小国ランズウィックは、戦力はないに等しかったにもかかわらず、それまで他国の侵略を受けなかった。それは彼の国の資源を独占する事を狙った各国が、お互いをけん制し合っていたり、その資源が特殊な技術を必要とするもので、ランズウィックの者以外が資源化するのは困難であった為だ。微妙なバランスの中で、資源と技術力によって成り立っていた国。それを、あまりの暴君ぶりに国民からの反発が大きかったアルヴァナの国王が、ランズウィックを手に入れる事で覆そうと、そして商売でアルヴァナを訪れた両親についてきていたシルヴィアの美しさに目を付け、ついでに手に入れようとした結果、あのような惨劇を招いた。

 クリストフがそれを伝え聞き、部下を率いてランズウィックに駆けつけたのは全てが終った後。街中に散乱する死体の山。襲われ、泣き叫ぶ年若い女性達。強奪した品々を掲げて自慢げに笑う団員達。

 そして一軒の家の中。そこで死んでいた夫婦の遺体の酷さと、死んだような目をして動かない美しい娘の姿を見た瞬間に、抑えていた怒りが爆発した。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥あの時のシルヴィアを忘れられない。


「レイモン。あの男は現在、ノイエンドルフにいるようだ」


「何だと!?それは確かなのか?」


「姿を確認したわけではないらしいが、足取りがノイエンドルフで途絶えている事から、間違いないと見ている」


「つまりノイエンドルフの内乱も奴が仕掛けたってわけか。考えてみりゃいかにもやりそうな事だ。で、当然手は打ったんだろうな」


「ああ。密偵と、ギルベルト卿に報せを送った。詳細が分かり次第アサシンを送り込む。今度こそ息の根を止める‥‥‥必ず!」


 本当は自分が乗り込みたいのだろうと、両の手を合わせて強く握り締めているクリストフを見ながら思う。気持ちは分かる。レイナルドも同じ思いを共有しているから。


「しかしなあ、今までの奴の行動から考えると、内乱を起こさせた上で更にノイエンドルフで何か仕掛けるとは思い難くないか?奴は今までひと騒動起こした上で、すぐに姿を隠していただろ」


「分かるものか。あんなクズ野郎の考えなど」


 この美しい国王の口から発せられたとは思えない、粗い言葉。シルヴィアがこの場にいたら、驚いて自らの耳を疑っていた事であろう。


「実際の所、クリストフはどう思っているんだ?奴の行動原理を」


「行動原理などあるようには思えないな。混乱したところで、国が滅びる程のダメージを受けたのはランズウィックだけだ。他は皆、一時的に国力が弱ったものの、すぐに立て直‥‥‥‥」


 突然、クリストフは何かに気付いたように目を見開いた。そして考えを巡らせるように口元に指を当てる。


「どうした?」


「そうか。その為に過日の戦を。何故気付かなかったのか‥‥‥」


「おい。一人で納得してねえで、俺にも分かるように説明しろ」


「奴が一人で動いているのではない可能性は考えられないか?狙いを付けた国に潜入、事を起こしてそのまま潜伏し、別の国に潜入した者が時間を置いて事を起こす。いかにも一人の人間の仕業であるかのように見せかける為に」


「はあ?何でそんな面倒な事を」


「考えられるのは、そいつらが小規模集団である場合か。国を相手に正面から戦える力はないから、国力を削いで弱体化を狙う‥‥‥となると、バックにどこかの国がついている事もあり得るな」


「目立たずに動く為か。そう思うに至った理由は?」


「ノイエンドルフは元々国民の王族に対する信頼が厚い国であるが故、内乱があろうと国として大きくは崩れなかったが、未だ人心に動揺はある。マドラルは現在ロワイエ殿の元、国の立て直しを図っている所である上、愚かな前王が十五年かけて国費を無駄に浪費し、あちらこちらにと侵略戦争を仕掛けては国民の命を落とさせ、不信感も植え付けた故に不安定。我が国は五年前の件で騎士団は一度瓦解。今はなんとか立て直したものの、結果的に侵略した形のランズウィックに人を割いており、王都の守りは以前より手薄になっている。そこへ、過日のノイエンドルフへの侵攻だ」


「つまり単純バカの前マドラル国王をけしかけてノイエンドルフを攻めさせ、各国騎士団の消耗を狙い、更に国の防衛力を削ぎにかかってきたってわけか。しかし小規模集団なら、いくら消耗させた所でそこが限界だと思うんだがな。一体、狙いは何なんだ」


「だから、あくまでも狙いは混乱させる事にあるんだろうな。問題はその先だ。それが分かれば今後の動きも多少は読めるのだが」


 他国との同盟を避けて来たノイエンドルフが、限定的とはいえアルヴァナと組んだのは、単独犯であれ組織的に行動しているのであれ、想定外だったことだろう。マドラルもロワイエの治世が落ち着けば、アルヴァナとの同盟は強化される。混乱の結果、アルヴァナは暴君から解放され、鎖国していたノイエンドルフは他国との交流を持つようになり、マドラルは一度愚かな前王が王位に就き、排除された事で、ロワイエの治世に障害と成りえるものが無くなった。

 ランズウィックがアルヴァナの統治下に入った以外は、戦力が削られる事はあっても、国としては良い方向へ向かったと言える。混乱と弱体化を狙っていたのであれば、さぞ苛立っていることだろう。


(‥‥‥本当にそうなのか?だとすれば、あまりにもお粗末過ぎる。もしや単に騒動を起こすのが真の目的という事はあるまいな)


 クリストフは目に見えてイライラとしていた。ここ五年、王になってからの彼には見られなかった顔だ。それだけノイエンドルフにいるシルヴィアが心配なのだと分かる。そばにいれば守る事が出来ても、目の届かない所ではどうしようもない。レイナルドもクリストフと同じ思いを抱いて隻眼を閉じた。


「ところでレイモン。ノイエンドルフの城下などで何か聞かなかったか?噂話程度の情報でもいい」


「噂話か‥‥‥エーレンフリート王の治世になって一年、彼の王の姿を見なくなったとは聞いたな。王子だった頃は、ファルケンマイヤー伯を伴ってよく城下に顔を出していたそうだが」


「今はまだ残務処理もあれば、公務に慣れてもいないだろうから、余裕がないんだろう。当然だな」


「それと騎士団の顔ぶれが変わって、少し騎士の不祥事が増えたと言うか、傍若無人な奴が目に付くようになったらしい」


「良くないな。仕掛ける相手が選り取り見取りじゃないか。やはり早々にギルベルト卿に話を通した方が良さそうだ。頼めるか?レイモン」


「ああ。任せろ」


「帰って来たばかりで悪いな」


「責任を背負って動けないお前の事を思えば、俺は楽なもんだ。いくらでも使ってくれ。それがシルヴィアの為にもなるなら尚更だ。ついでに俺の部下も動かさせてもらうぜ。マドラルと、その他怪しい動きがある国がないか調べさせる」


「分かった。今夜にでもその辺の話を詰めよう」


 クリストフは遠くノイエンドルフの方角へと目を向けた。シルヴィアが彼の地へ行ってから癖のようになった行動だ。


(シルヴィ‥‥‥‥)


 アルヴァナを出立する前、真紅のドレスに身を包み、はにかみながら微笑んでいた。何故かその時の姿は愛らしさ以上にクリストフに胸騒ぎを覚えさせ、思わず抱きしめ離せなくなった。不安を気取られない為、言葉に出しては「可愛い」と言いつつ。

 シルヴィアに対する自分の想いが男女間で言う所の愛なのか、家族に対する愛情のようなものなのか、クリストフ自身にもよく分かっていない。出逢いがあのような形であったから、抱きたいと思った事もない。ランズウィックの惨劇を思い出し、パニックに陥る彼女を落ち着かせるため抱きしめ寝ようとも、浮かぶのは邪な思いではなく、あの死んだような目をして動かない、さながら打ち捨てられた人形のごとくボロボロで横たわっていた姿。

 同情だと言われればそうなのだろうとも思う。始まりは間違いなくそうだ。しかし今は愛しさと、何よりも彼女の幸せを願う気持ちが強く、シルヴィア以外の女性など目に映らない状態だ。とはいえもし彼女がクリストフ以外の誰かを愛し、一生を共にしたいと願えば、心から祝福できるだろうとも思う。自分がその相手に選ばれたら複雑であろうとも。


(‥‥‥‥本当にそうなのだろうか?今はあの子が離れる事など考えられないから、そう思っているだけではないのか?シルヴィが誰かを愛して実際に離れる時が来たら、俺は幸せであればいいと手放せるのか)


 俯いた先にシルヴィアの姿が見えた。笑顔で見上げる姿に重なり、光を失った瞳で見上げる姿が。であるからこそ自分は彼女の傍に居続けてはいけないのだろう。クリストフが彼女の姿にランズウィックの惨劇を重ねるように、彼女もクリストフの傍にいる限り、自分の身に起きた事を過去に出来ないであろうから。

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