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Crimson Snow  作者: mya
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『クリストフ王という存在』

 城に戻った後、シルヴィアはすぐにメイド達の休憩室に向かった。

 すでに夕食の時間近くになっていたので、騎士団員達の所へ土産を持って行くのは翌日にして、ギルベルトはエーレンフリートが仕事をしているはずの政務室へと足を向けた。


「お、なんだ。帰って来たのか」


 政務室に入るなり、このエーレンフリートの第一声である。


「帰って来たのかとはどういう意味ですか」


「二人で出掛けついでに外泊しても良かったのに、という意味だ」


「何を仰るかと思えば。何故私がシルヴィア殿と外泊しなければならないのですか」


 呼び捨てをするようにしたと知られれば、余計にからかわれる事が目に見えているので、あえて『シルヴィア殿』と言う。


「あいつ、自分が女だって事も忘れているような感じがあるからな。多少強引に口説きでもしない限り、男として意識してもらえないぞ」


「だからといって何故それがすぐ外泊につながるのです?そんな事を請えばかえって軽蔑されるでしょう」


「ふーん。意識してもらいたいのは認めるのか」


「否定した所で無駄だと分かっているだけです。そんな事より私の留守中、何か変わった事はありませんでしたか?」


 話題を変える為にそう訊ねる。エーレンフリートは意地悪くニヤリと笑って「はいはい」と言うと、机の上に置かれていた書類の一つを取り上げ、ギルベルトに向かって差し出した。それを受け取り目を通す。


「‥‥‥‥これは?」


「見ての通り、要望書だ」


 それは、団の訓練時間には無理でも、休憩時間や休日にでも、少しの時間でも構わないのでシルヴィアと打ち合いたいという、ルディをはじめとした三十名弱の騎士達の要望書であった。最初からシルヴィアに好意的であったルディならば、こう言い出す可能性も考えていたが、名簿に名を連ねている者の中には、シルヴィアがノイエンドルフへ来ると決まった際、エーレンフリートに直接異議を唱えに来た者もいて、ギルベルトを悩ませた。


「エーレンフリート様はいかがお考えですか」


「いいんじゃねえか?」


「そんなに簡単な話ではありませんでしょう。この中に、訓練に乗じてシルヴィア殿に害意を抱く者がいないとも限りません」


「あいつが、そう易々と不覚を取るかよ」


「勿論そうでしょうが、そういった事ではなく、彼女の心労を案じているのです」


「俺には、あいつの心労の原因は、うちの連中の反発にあるようには見えないがな」


「では何が原因と?」


「何だかな……あまり話す機会もなかったから、はっきりとは分からねえが、あいつ、妙に何か焦っている気がするんだよな」


「焦っている?」


「ここに来ると決めた事もそうだが、無理やり状況を変えようとして、それに応じて気持ちも変えようとしている、といった感じか」


「クリストフ王に関する何かでしょうか」


「だろうな。つーか他に考えられねえ。まあアルヴァナに行ってからも、それほどの年月を経ているわけじゃねえから、あちらでもゴタゴタしている事は充分に考えられるんだが、あいつは意に介さないだろ。あいつが考えているのは、いつも王の事だ」


「‥‥‥‥」


「こだわり過ぎるんだろ。色々と。騎士としてあるべき姿とかな。あそこまでこだわるのには理由はあると思うが、それを聞くには俺達はまだ知り合って日が浅すぎる。だから、だ。あいつがゴチャゴチャと考える事なくいられるのは剣を握っている間だけだろ。その時間を少しでも多く作ってやる方が、かえって心労を少なくしてやれるんじゃねえか」


「心労を取り払う為に、多少の危険には目を(つむ)られると。私は首肯(しゅこう)しかねます」


「ルディみたいな、心底あいつと訓練したがっている奴はどうする?」


「諸事情は皆知っているのですから、ロニーとテオドールの件があるので許可は出来ないと言えば納得するでしょう」


「お前達を信用していないと、面と向かって言う気かよ」


「全面的に信用していないのは事実ですから。内乱が起きてから今日までも、日が浅すぎるのです」


 冷静を通り越した冷たい表情で、ギルベルトは言い放った。

 これは何もギルベルトが部下を全く信用しない、薄情な人間だというわけではない。国王の側近として、情で人を判断し、再び内乱の種を見逃してしまう事があってはならないと思う故だ。それはエーレンフリートも理解できるのだが、内乱で身近な者を討った上、生き残った者達まで疑いたくはない。出逢って間もないシルヴィアを信用出来て、自国の騎士団は信用出来ないというのも妙な話だ。そうは思っても


(俺の考えだからな)


 ギルベルトに自分の考えを押し付けるわけにはいかない。立場も責任も違うのだから。


「分かった。とりあえずこの件は保留だ。何と言ってもまだあいつが帰るまで時間がある。さしあたりロイスが言ってたように、もう少し鍛えてからにしろとでも言っておけばいいだろ」


「分かりました。ではそのように伝えておきます」


「‥‥‥‥‥‥‥‥」


「何か?」


「いや、たった数日でここまで影響力のある存在だ。三ヶ月経つ頃には、皆どうなってんだろうなと思ってな。お前も含めて」


「心境やものの考え方の変化という意味でですか」


「そういう意味では、お前は変わらないだろ」


「では、どういった部分で?」


「他の皆はお前の言った意味で。お前は結婚ってもんを意識するようになるかもなって意味だ」


 また意地悪く笑いながら言う。

 結婚を意識する相手とは誰か?などと、とぼけた事を言うつもりはない。つい先刻、彼女を意識していると認めたばかりだし、何かと鋭いエーレンフリート相手に嘘やごまかしは通用しないと分かっているからだ。

 しかしたった三ヶ月で結婚まで考えるようになるものなのだろうか?今まで特定の女性を好きになった事がないギルベルトには想像がつかない。シルヴィアを好ましい女性だと思っているのは確かだが、それとこれとは話が別だと思う。


「いつも申し上げておりますが、私よりエーレンフリート様の方が先です。主君である貴方を差し置いて、私が先に所帯を持つなど考えられません」


 いつもならここでエーレンフリートが「年齢から言えばお前が先だ」と言う所なのだが、この時は違った。ギルベルトを正面から見据え


「じゃあ、もし俺があいつを伴侶にしたいと言ったらどうする?」


 と聞いてきた。ふざけている様子ではないが。


「‥‥‥‥本気ですか?」


「たとえ話だ」


「ではお答えします。もし同じ女性を好きになったのであれば、私は身を引きます。王家の存続と安定の為に、まず誰よりエーレンフリート様が伴侶を得るべきだからです」


「あいつが俺よりお前を選んだら?それでも尚かつ俺があいつを望んだらどうする?」


「あり得ない話ですが、そんな事態になれば彼女に選択権があるでしょう。我が国の女性ならともかく、他国の騎士団長である方です。結婚するにあたり、我が国の事情を考慮して頂くのも筋としておかしい話かと」


「なるほど。そりゃそうだ。まあ俺らの心境どうこうはともかく、たった三ヶ月であいつの心にクリストフ王以外の人間が入り込む余地は全くないだろうな。余計な心配って事か」


「私もそう思います」


 それが三ヶ月でなく、一年だろうが十年だろうが、彼の王を押しのけてシルヴィアの心に入り込む自信など、ギルベルトにはありはしない。シルヴィアがクリストフに心酔しているからという理由だけでなく、とにかく彼の王は張り合うのが愚かに思える程に非の打ち所がないように思えるのだ。特に最初に見た処刑場での姿は忘れようにも忘れられない。あの圧倒的な存在感と強さと美しさに呑まれた。元はギルベルトと同じ騎士団長という立場でありながら、風格といい実力といい、とても同列では語れないと思う。

 エーレンフリートがシルヴィアを伴侶にと言い出したのは、あくまでもたとえ話だ。今の所、彼女を女性として意識している部分は少ない。今までどの女性にも抱いた事のない感情は持っていると思うが、それは恋愛感情とは言えず、好敵手であり、騎士としての姿勢が称賛に値する人物といった印象だ。とはいえ時折女性としての魅力を強烈に感じたりもするのは事実で、だからこそあのようなたとえ話が出てきたのだった。


(つまり何か。俺が気に入っているのはクリストフ王に影響を受けた部分というわけか。俺から見ても、あの王抜きには語れない奴なんだな)


 益々クリストフ=ドゥ=ラ=パトリエールという人物に対する興味が湧く。滅ぼした国の人間を手元に置き、失意にあったであろうその人間に心酔されるに至るまで支えた事といい、商人の娘にすぎなかった十六歳の少女を、ここまでの騎士に育て上げた事といい、並大抵の人物に出来る事ではない。しかも周辺諸国に勇名轟く騎士であるギルベルトをして「二撃目は受けきれない」と言わしめる剣の実力。そしてその人物は自分と四~五歳しか違わない若者という事実。


(つくづく前に会った時あまり時間がなかったのが残念だ。もっとゆっくり話してみたいな。今度は俺からアルヴァナに押し掛けてみるか)


 エーレンフリートとクリストフが再び話す機会は、エーレンフリートがアルヴァナに出向くまでもなく、後に訪れる事になる。それは決して望んだ形ではなかった。

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