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Crimson Snow  作者: mya
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『城下にて』

 ギルベルトは訓練をしていなかったので、シャワーで汗を流す必要がない分、早く準備が整った。準備と言っても、そもそも服を着替えて外出用の鞄を用意する程度のものである。十分と経たずに出かけられる状態にもなる。

 そうして待つ事小一時間ほど。ようやくシルヴィアがやってきた。


「お待たせして申し訳ありません。ギルバート様」


「‥‥‥‥ああ、いや。では行こうか」


 シルヴィアの平服はアルヴァナの民族衣装風で、城内にいる時のドレス姿や、騎士服、訓練着と比べて少し幼く見えた。幼く見えたと言っても、ビアンカのように年齢の割にという意味ではなく、普段の大人びた雰囲気とは違うという意味でだが。


「アルヴァナでは、普段はそのような服装を?」


「はい?あ、これは我が王が、こうして出掛ける時用にと持たせて下さったものです。国では騎士服と訓練着と寝巻きを着るくらいで」


「クリストフ王やレイナルド殿と出かけたりはしないのか?」


「もちろん出掛ける事もありますが、いつも騎士服です」


「そうか。よくお似合いなのに勿体ない」


 本当によく似合っている。元が商人の娘なのだから、騎士になるまではこういった服を着ていたのだろうし、当然かもしれない。


(もしかするとこれはクリストフ王の願いなのか。彼女に、騎士をやめて普通の娘として生きて欲しいと。だから平服など着ない生活を送っているのに、この服を用意していたのではないだろうか)


 レイナルドから聞いた、シルヴィアの境遇を思い出す。たった五年しか経っていないのに、こうして笑って話をしているのが信じられない。実はまだ立ち直ってはおらず、表面上平気な振りを装っているだけかもしれないが、だとしても気丈な女性だと思う。


「あ、ファルケンマイヤー伯爵よ」


「え?本当だわ」


「騎士服でいらっしゃらないのは珍しいわね。でも平服も素敵」


 女性の声は大きい。これらの会話は、こそこそと交わしているつもりなのだろうが、話題の当人やシルヴィアの耳にも届いた。


「やはり人気がおありなのですね」


 クスクスと笑いながらシルヴィアが言う。


「私に限らず、女性は騎士が好きなものだろう」


「そうですね。物語の影響でしょうか」


「貴女は違ったのか?」


「私は、自分が騎士ですので」


「騎士になる前は?」


「……憧れていたかもしれませんね。よく思い出せません」


 表情が硬くなる。当然だ。騎士になる前の彼女、それはつまりランズウィックにいた頃の話なのだから。

 バカな事を聞いたと反省した。彼女の祖国はアルヴァナの『騎士』によって滅ぼされたのだ。それ以前に憧れがあったとしても、そんな気持ちは一瞬で失ってしまっただろう。今、自らが騎士となっている理由は分からないが、少なくとも憧れなどという気持からではないのは分かる。

 ギルベルトは手を伸ばしてシルヴィアの手を握り、その手を引くようにして彼女の少し前を歩き出した。突然の事にシルヴィアは驚き、後ろからギルベルトの方を見ると、彼は背中を向けたままで呟いた。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥すまない」


「何故、謝るのですか」


「無神経だった」


「本当に無神経な方であれば、そうして謝ったりなどしません。ギルバート様は私に気を遣い過ぎです」


 声に苦笑の色が滲む。顔を見ていないのでかえって分かる。まるで自分の方が年下のようだと思った。しかしそれを恥ずかしく思わないのは、この女性が相手だからだろうか。今までこんな事がなかったので、よく分からない。


 それから二人は市場を見て回ったり、昼食をとりに店に入ったりしていたが、あちこちで「ファルケンマイヤー伯ギルベルト様が異国の美女を伴っている!」「恋人か?」「多くの女を泣かせてきた伯も、ついに年貢の納め時か」などといった声が聞かれた。直接言ってこないのは、やはり『鬼のギルベルト』として有名だからだろうか。ともかく、そういった声を耳にする度に、ギルベルトは憮然としていた。


「シルヴィアど……シルヴィア。誤解しないで頂きたいのだが」


「何をですか?」


「私は多くの女性を泣かせた覚えなどない」


「ああ。そのような事ですか。あれは陰ながらあなたをお慕いして、泣いている者が多くいるという意味だと私は捉えていました」


「なら、いいが」


「ギルバート様は真面目すぎるほど真面目な方です。お会いして間もなくても、それくらいは分かります」


「それは、あまり嬉しくない評価だな」


「どうしてでしょう?」


「女性に真面目だと言われてしまうと、その女性を愛しいと思っても、下手に何も出来なくなるからな。いちいち口づけてもいいだろうか、などと聞けるものではない」


「なるほど。それは失礼しました」


 完全に『その女性』の中に自分を含めていないなと、笑うシルヴィアを見ながら思った。意識されていないのがいい事なのかどうか。少々溜息をつきたい気分でいると、ふとシルヴィアが


「……ギルバート様。国民の方々に、私がどういった立場の人間で、何故ここに来たのか通達はしてあるのでしょうか?」


 と聞いてきた。


「ああ、それは。アルヴァナの騎士団長が、不可侵条約締結の大使として我が国に来訪していると」


「では、あちらにいる方々に声をかけても問題ありませんか?」


「問題ないが、一体何を」


調査(リサーチ)です」


「調査?」


 詳しく聞く間もなく、シルヴィアは二人組の女性の所へ駆けて行く。

 最初は驚いていた様子の女性達も、シルヴィアと何やら話している間に笑顔になり、ある方向を指さした。頭を下げられ恐縮した様子の女性達に手を振り、戻ってきたシルヴィアに何を調査してきたのかと聞いた。


「美味しいお菓子を売っている店を聞いてきたのです」


「菓子?」


「はい。そういった店は女性の方が詳しいものですから。お世話になっている礼に、ビアンカに手土産を買って帰りたいのです。あと、出来れば騎士団の方々にも」


「そのように気を遣う必要はない。貴女は客人なのだぞ」


「これは私の気持ちですから。騎士団の方々には、かえって不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが」


「そういう者ばかりではないだろうが……どうしてもそうしたいか?」


「はい」


「分かった。では、そちらの方は私から渡そう。もちろん貴女からのものだという事は伝えさせてもらう」


「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」


 まだまだ滞在期間は残っているというのに、こんな事をしていたらキリがないのではと、ギルベルトなどは思う。逆に自分がアルヴァナへ行ったとして、シルヴィアと同じ事をするかと問われれば、絶対にしないと答えられる。そもそもアルヴァナからシルヴィアを預かるにあたって礼金や品も前もって受け取っているし、逆の立場だとしても同じ事をするだろう。この上、礼など必要ないはずなのに。


(本当にこの女性は人が良すぎる)


 とはいえ呆れたりはしない。むしろ女性店員にお勧めのものはどれかと聞きながら、楽しそうに菓子を選んでいる姿が愛らしいと感じると同時に、癒される気持ちにもなる。それが表情にも出たのだろう。ギルベルトの顔を見た店員が、シルヴィアに小さな声でこう言った。


「お客様は、ファルケンマイヤー伯爵の恋人でいらっしゃるのですか?」


「いや。城に滞在させていただいているので、お世話になってはいるが」


「でも伯爵の方はお客様の事をお好きなのではないかしら?だってあんなに優しそうなお顔、初めて見ますもの」


「プライベートで城下へ来られる事が少ないので、そういった印象があるのではないか?仕事だと厳しい表情にもなる」


「それはそうかもしれませんけど、でもお客様と伯爵、とてもお似合いですよ。美男美女で」


「それは勿体ない言葉だ。ありがとう」


 ニコッと微笑む異国の騎士団長に、女性店員は赤くなった。シルヴィアは女性としては少々背が高い程度で、外見的に男性っぽい要素はないのだが、雰囲気男前とでも言えばいいのか。カッコいいと思ったのだ。

 その様子を少し離れた所から見ていたギルベルトは、店を出た後、何を話していたのか、何故店員が赤くなっていたのかと聞いた。


「ああ、あれは、赤くなっていたのは気付きませんでしたが、話の内容は、私がギルバート様の恋人なのかと聞かれたのです」


「またか。まったく。誰もかれも異国からの客人に対して失礼な事を」


「女性は恋の噂話が好きなものですし、別に失礼な事とは思いませんでした」


「そういうものか。では貴女もそういった話が好きなのか?」


「以前はそれなりに。最近は男性とばかり接しているので、そのような噂話をする機会も多くはありませんが」


「……なるほど。ではここにいる間は、ビアンカとでも女性同士の会話を楽しんで行かれるといい。騎士団長の肩書は背負っていても、それよりまず親善大使なのだから、ノイエンドルフでまでずっと剣を握っている必要はない」


 ランズウィックが侵略されるまでは、普通に女の子同士の会話を楽しんでいたのだと思うと、そう言わずにはいられなかった。だが恐らくシルヴィアの性格上、「鍛錬を怠って腕が鈍ってしまっては我が主に申し訳が立ちません」などと、生真面目な表情で言うと思っていたのだ。ところが意外にも彼女は嬉しそうにニッコリと微笑んだ。


「もうすでに女同士の話を楽しませて頂いています。ビアンカを世話係に選んで下さったエーレンフリート陛下に感謝しなければ」


「本当に貴女とビアンカは仲が良いのだな。まるで以前からの友人のようだ」


「あ、話の流れついでになりますが、ギルバート様。実は次のビアンカの休暇に一緒に外出しようと誘ったのですが、よろしいですか?」


「二人でか?」


「はい。そのつもりです」


「それは許可できかねるな。私の目が届かない所へ行かれては、貴女の身の安全について気を配りようもない。貴女がそうそう遅れを取る事はないと知ってはいるが、万が一という事もある。どうしてもと言うなら、私も同行させてもらいたい」


「そうですか。では、ギルバート様からビアンカにそのように伝えていただけますか?」


「ああ。それは構わないが。何か事情があるのか?」


「あの子の立場からすれば、ギルバート様は口をきくのも恐れ多い方ですから、一緒に出かけるとなると躊躇するのも当然でしょう。ですが直接お声をかけて頂いただけたなら、断るのは逆に失礼にあたりますし、同意するのではないでしょうか」


「それは考えが及ばなかったな。失礼した。しかし、そうか……私が一緒では楽しめないかもしれないな。誰か別の者を護衛に付けようか」


「ギルバート様が一緒では楽しめない?どうしてですか?」


「私は硬いし、何より皆に恐れられている。ビアンカのようにおとなしい子では、萎縮してしまって当然だ」


「私はそのように思わないのですが。現に今も楽しんでおります」


「楽しい?」


「はい。ギルバート様は話し易い方ですし、お優しい方とも思います。そういった方と一緒にいて不快になろうはずもないかと」


「話し易い?優しい?私がか」


「はい」


 自分を指して言われたとは思えない形容に、ギルベルトは戸惑った。堅物で、世俗的な話題を持ち出す事など滅多にない自分が話し易いと。たまに気が向いて女性と同伴している時も、ろくに自分からは話しかけず、ほとんど相手の話に曖昧に相槌を打つだけで、恐らく無口で無愛想な男だと思われているだろう自分が。しかも優しいとは。騎士団の連中が聞けば、口に出せない異論を腹にため込んで胃に穴が開きそうだ。そしてエーレンフリートが聞けば大笑するだろう。

 ハッキリと戸惑っている様子のギルベルトを見て、シルヴィアは軽く笑った。


「あくまでも私の評価です。そのように戸惑わずとも」


「今まで言われた例がないのだ。戸惑いもする」


「不快でしたか?」


「まさか。良い様に言われて不快になるほど、捻くれてはいない」


 慣れない評価に照れくさい気持ちはあったが、表面上は平静を装って言う。しかし隣にいる女性は全てを見透かしているかのように笑っている。まったくこの女性は。ギルベルト自身が知らなかった一面を露わにしてくれる。自分が照れくさいなどと感じる事がある人間だとは、ギルベルトは全く知らなかった。

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