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Crimson Snow  作者: mya
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『あるいは嫉妬のようなもの』

「やれやれ‥‥‥‥」


 二人が打ち合っている姿を、ギルベルトは訓練場の出入り口から苦笑しながら見守っていた。他にも副団長のロイス、ルディ達下級騎士もいる。


「こうして少し離れた場所から見ていると、改めてシルヴィア殿の剣技の美しさが分かりますな。動きに一切の無駄がない」


 感嘆の吐息を漏らすロイスに、ギルベルトが応える。


「あれでも本調子の時と比べれば、やはり動きが鈍っている。私と打ち合った時は更にキレがあった。戦場では更に凄まじかったのだろうな」


 その言葉にルディはうんうんと頷く。自らが斬られそうになり、エーレンフリートが来た事で助かった彼は、本当に間近でシルヴィアの戦いぶりを見たのだ。

 向かい合った時は恐ろしくて、圧倒的な力の差に死を覚悟するしかなかった。しかしエーレンフリートと戦う姿は不思議と殺気が感じられず、ただ、ただ楽しそうで美しかった。危険すぎる相手と単独で戦っている王に加勢もせず、見惚れてしまった自分は騎士失格なのだろう。それでも敵である騎士団長の堂々とした戦いぶりは、あまりにも見事で、だから他の者のように仲間を殺したシルヴィアを憎悪する事は出来なかった。恐らく同じ騎士として、憧れに似た気持ちを抱いたのだと思う。


(それにしても陛下とシルヴィア様、本当に楽しそうに打ち合われるな)


 思わず笑みがこぼれる。と、不意にギルベルトが眉をひそめ、訓練場の中に足を踏み入れた。


「陛下、シルヴィア殿、そこまでにして下さい」


 ギルベルトの制止に、二人同時に手を止める。


「なんだ。いつの間に来てたんだ?」


「少し前からです。陛下、シルヴィア殿は病み上がりなのですよ。あまり無理をさせないようにして下さい」


「ああ、そうか。病み上がりだったな。途中から忘れていた」


「忘れないで下さい。シルヴィア殿は大事な客人なのですよ。無理をさせて更に具合を悪くしたら、いかがされるおつもりですか」


「ギルバート卿。エーレンフリート陛下を責めないで下さい。私が調子に乗ってしまったのが悪いのですから」


「いや。貴女の体調管理に関して、我々が注意を払わねばならないのだ。この度の発熱も異国の慣れない環境での生活と、私の部下のしでかした不始末による心労が重なった為だろう。これで再び体調を崩されでもしたら、クリストフ王に申し訳が立たない」


 いつもの小言。普段の彼を知っている騎士団の面々はそう思ったが、エーレンフリートだけは、声の調子に不機嫌さが含まれているのに気付いた。病み上がりのシルヴィアの体調を気遣ってのことかもしれないが、それならばここに来た時点で即止めそうなものだ。では何故と考えて、すぐにある事に思い至った。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ああ。なるほどな」


 納得の言葉を、笑いを含んだ調子で呟いたエーレンフリートに、ギルベルトは首を傾げる。


「何ですか?」


「まったく、お前はうるさいな。クソ真面目に仕事ばかりしているから、お前も疲れが溜まってんじゃねえか?もう今日は休んどけ」


「は?突然どうなさったのですか」


「命令だ。シルヴィア、お前も。俺と打ち合ったんだ。今日の訓練はもういいだろ。ギルベルトに外へ遊びに連れて行ってもらえ」


 突然そう言われたシルヴィアは少し驚いた顔をしてから、「そうさせて頂きます」と答えて頭を下げた。

 その後、二人揃って訓練場を出てすぐにギルベルトが訊ねる。


「先刻、何やら驚いておられたようだが」


「はい?ああ、エーレンフリート陛下に名を呼ばれたので」


「?……それが何か?」


「一瞬、何故驚いたのか自分でも分からなかったのですが、少し考えてみると、エーレンフリート陛下に名で呼びかけられたのが初めてだったと気付いたのです」


「初めて?ここに来て数日にもなるというのに」


「あまり話す機会がなかった為かもしれません」


「言われてみれば。貴女とエーレンフリート様は、話した時間より剣で打ち合った時間の方が長い印象だ」


「今のところは間違いなく」


 クスクスと笑う。

 こんな男女の関係も珍しいだろう。言葉を交わすより剣を合わせた時間の方が長いとは。不可侵条約を結び、今後は打ち合う機会もそうないであろうし、さすがに言葉を交わす方が多くなるだろうが。


(それを残念に思ってはいけないのだろうな)


 心の中で呟く。先刻までの充実感を思い出すと、残念に思わずにいられない。

 今まで幾度も強いと感じる相手と打ち合った事はあるが、楽しいと、この時間がもっと続けばいいと思う程に打ち合いたいと感じたのはエーレンフリートだけだ。彼の剣に邪気がないからか、単に力が拮抗しているからか。理由は分からない。


「シルヴィア殿?」


「え?あ、はい。何でしょう?」


「やはりお疲れか?ならばエーレンフリート様はああ仰ったが、今日も部屋で休んでおられた方がよいのではないか」


「いえ。あまり寝てばかりいると体が鈍ってしまいます。ギルバート卿さえよろしければ、城下を案内して頂きたいと思います」


「ああ。私は構わないが、それより……」


「はい?」


「公式の場ならともかく、普段は卿と呼ばなくてもいい。私は貴族というよりエーレンフリート様の側近としての立場の方が、つまり騎士としての立場の方が強い。もう少し気安く呼んでもらえないか」


「気安く……ですか。ではギルバート様でいかがでしょう?」


「そうだな。それで結構だ」


「では私の事も殿などつけずに、もう少し気楽に呼んで下さい。それこそエーレンフリート陛下のように呼び捨てで結構です」


「そうか。では今後そうさせてもらおう」


 お願いしますと言った後、シルヴィアは再びクスクスと笑った。


「何か?」


「いえ。改まって言うと少し気恥ずかしいものだと思って」


「確かに」


 ギルベルトも笑う。ここに騎士団の面々がいれば、また奇異に感じた事であろう。エーレンフリートであれば、お前達は堅苦しいと言う所か。

 エーレンフリートといえば先刻、改めて彼の察しの良さを思い知らされた。早朝、所用があって部屋を出て戻ってみれば、寝ていたはずのシルヴィアの姿がなく、恐らく訓練場か庭だろうと見に行くと、やはりそこに彼女の姿があった。集中して剣を振っている様子で、邪魔をしては申し訳ないとその場で見ていると、主君の声が聞こえてきた。会話の中に何やら自分の名前も出てきて、あまつさえ「可哀想」などと言い出す始末。人がいないと思って好き勝手な事をと呆れつつ、そのまま二人が打ち合い始めたのを見ていた。やがて自主的に早朝訓練にやってきた騎士団の面々も加わり、訓練場の入り口に軽く人だかりが出来たわけだが(余談だが、シルヴィアが来てから自主的に早朝練習を行う者が増えた)、周囲の者が感嘆の声を上げる中、ギルベルトの心の中は複雑な感情に支配されていった。

 最初は良かったのだ。楽しそうな二人を呆れながらも微笑ましいと思った。が、その内二人の姿に、戦場で命のやりとりをしながらも相手を認めあった者同士の、他の人間には入り込めない独特の空気感がある事に、軽く苛立ちをおぼえた。シルヴィアの体調が心配だった事は事実だ。しかしそれ以上に、嫉妬に似た感情を抱いた事は否定できない。そうして止めに入って、その気持ちをあっさりエーレンフリートに見抜かれた。だからこそ彼は「二人で出掛けてこい」などと言い出したのだ。そのような気を回さずとも、とは思ったものの、実際シルヴィアが回復したら城下を案内しようと考えていたので、断る理由もない。


「シルヴィア殿……いや、シルヴィア。エーレンフリート様と手合わせした後で疲れているだろう。出掛けるのは午後からにして、それまでは自室で休んでいるか?」


「いいえ。大丈夫です。私は子供の頃からじっとしているのが苦手で、むしろ動いている方が元気が出ます」


「ならば準備が出来次第、出掛けるとしようか。私は部屋で待っているから、ゆっくり準備をするといい」


 そう言って一旦お互いに自室へ戻った。

 シルヴィアは倒れてから数日、ずっとギルベルトの部屋で過ごしていた為、自室といってもここで過ごした時間はまだ長くはない。なので自室だという実感もない。


「シルヴィア様。ビアンカです」

 ノックの音の後、小さな声が聞こえてきた。「どうぞ」と返すと、小柄な女性が姿を現した。その表情は相変わらず恥ずかしそうでありながら、どこか嬉しそうだ。


「あの……ギルベルト様とお出かけになると伺ったので、準備のお手伝いに参りました」


「ああ。ありがとう」


 シルヴィアの外出の準備を手伝いながら、何故かビアンカはずっと上機嫌な様子だった。髪を梳いている時には鼻歌まで唄い出す始末である。


「何か良い事でもあったのか?」


「え?あの……シルヴィア様、ノイエンドルフへ来られてから気が休まる暇もなかったのではないかと思っていたので……気晴らしになればと思ったのです。この国を嫌いになられては哀しいですから」


 これは半分は本音で、残りの半分は本心を隠していた。

 シルヴィアとギルベルトの距離が縮まり、もし恋仲にでもなれば、シルヴィアがノイエンドルフに移り住む可能性もあるのではないか?アルヴァナの騎士団長という立場上簡単にはいかないだろうが、彼女は女性だ。結婚するとなれば、彼女を可愛がっているらしいクリストフ王が、女性としての幸せを優先しなさいと許可を出してくれるかもしれない。そうなれば、ずっと一緒にいられる。シルヴィアと。そしてギルベルトの近くにも。そう考えると、二人で出掛けるという事が我が事のように嬉しくなる。

 そんな思惑を知らないシルヴィアは、ビアンカの頭を優しく撫でた。


「あなたは優しいな。大丈夫だ。ここへ来て嫌な思いなど一度もしていない。だから嫌いになったりはしない」


「本当ですか?」


「ああ。私は嘘はつかない。だが城下を見に行けるのは、気晴らしなどではなく純粋に楽しみだ。仕事が休みであれば、あなたも誘えたのにな」


「そんな!私が同行するなど恐れ多いことです」


「ギルバート卿がいらっしゃるからか?それなら今度、あなたの休暇に二人で出掛けようか」


「え?よろしいのですか?」


「もちろん。私が誘っているのだから」


 ビアンカの顔が先刻までよりも更に嬉しそうに輝く。内向的で、今まであまり親しい友達もいなかったビアンカにとって、このような誘いはただでさえ嬉しいのに、その相手が憧れのシルヴィアとくれば嬉しくないはずもない。


「嬉しい……です。絶対に約束ですよ」


「分かった。ギルバート卿にも早速話を通しておく」

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