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Crimson Snow  作者: mya
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『悩めるギルベルト』

(!……私は……ああ、そうか。あのまま眠ってしまったのだな)


 衛兵が動いた気配で目を覚ましたシルヴィアは、ギルベルトが渡してくれたシャツを片手で抱えたままである事に気付き、だるい体を起こして着替え始めた。

 女性としてはそこそこ身長はある方だが、ギルベルトの背が高い為、裾の長さは充分ある。一番上までボタンを留めれば胸元が見える事もない。男性もののシャツを女性が着ると、必要以上に艶めかしく見えると、クリストフのシャツを着たシルヴィアを見て、レイナルドがからかうように言っていたので、少々気恥ずかしく思っていたのだ。だが、これならとホッとする。

 そんな本人の安心とは裏腹に、部屋に戻ってきてシルヴィアの姿を見たギルベルトは、内心で激しく動揺する事になる。


「……シルヴィア殿。ちゃんと横になっていなくては、治るものも治らないぞ」


「すみません。今、着替え終わったばかりなので」


「眠っていたのか?」


「はい」


「そうか。それは失礼した」


 言いながら薬と水を手渡す。触れた手が熱い。これほどの熱がありながら、真剣を持った男を二人相手に何時間も戦っていたのかと、改めて思う。


「‥‥‥‥ギルバート卿?」


 気がつくと、薬と水を渡したその手のまま、シルヴィアの手を握っていた。


「ああ。失礼」


「先ほども聞きました。そんなに失礼な事はなさっていないと思うのですが」


 クスクスと笑いながら言う。笑われたギルベルトの方はというと、シャツの裾からスラッと伸びた足に目がいかないようにするのに必死で、余計に不自然な態度になってしまう有様だ。それをごまかす為、再びベッドに横になるよう促した。が、シルヴィアは首を横に振った。


「薬も頂いた事ですし部屋に戻ります。私がここにいては、ギルバート卿が休めないでしょう」


「いや。非常に情けない話ではあるし、言いにくい事でもあるが、ロニーやテオドールのような馬鹿者が他にもいるかもしれん。貴女の身の安全を保障する事が出来ない以上、ここにいて頂くのが一番だと思う。これは信じて頂くしかないが、誓って貴女に不埒(ふらち)な真似はしない。だからここで私に護らせてもらえないだろうか」


「しかしギルバート卿は、どこで寝られるのですか?」


「長椅子の上ででも寝る。私の事は気にしなくてもいい」


「それではギルバート卿がお風邪を召されます」


「私はそれほどヤワではない。貴女は何も心配せずに、まずは体を治す事だけを考えていればいい」


「分かりました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」


 頭を下げて薬を飲んでから、シルヴィアはベッドに入った。ギルベルトの立場は分かるし、ここで意地を張っては彼を困らせるだけだと思ったからだ。


「なんだか懐かしい気がします」


 ギルベルトに、額に濡れタオルを置いてもらいながら、シルヴィアが呟いた。


「懐かしい?」


「アルヴァナへ行ってしばらくの間は、クリストフ陛下とレイナルドが、こうしてずっと付いていて下さいましたから」


「らしいな。レイナルド殿から聞いた。やはり危険な目に遭った事も?」


「それは当然。でなければ男性に同じ部屋で寝ていただくなど、当時の私には考えられませんでした」


「今は、私は構わないのか?」


「私の為を思って、こうして下さっているのですから」


「そう信じて頂けるとありがたい。私は全力で貴女の信頼に応える」


 その言葉を受けてシルヴィアは微笑んだ。そうして目を閉じる。体調の悪さもさる事ながら、やはり緊張感が並大抵のものではなかったのだろう。目を閉じてそれほど間を置くではなく、寝息を立て始めた。

 シルヴィアは気配に異常に敏感との事なので、彼女を起こさない為にも、ここは自分も寝てしまうのが一番邪魔にならないだろうと、ギルベルトも長椅子に寝転がった。

 そこからチラッとシルヴィアに目をやる。美しい寝顔に、つい先ほどまで大の男を二人相手にして勇猛果敢に闘っていた人物だという事を、忘れてしまいそうになる。


(テオドールもロニーも騎士になって十年以上になる。対してシルヴィア殿は、少なくともランズウィックが滅ぼされた五年前までは騎士ではなかった。でありながら、この意識の差はどうだ。……忠誠心の差か……)


 クリストフが王になったのは、今のエーレンフリートと同じ年頃だったという話だ。しかも元々王族なのではなく騎士出身。シルヴィアも商人の娘で騎士になって五年弱。つくづく何事も年数だけで測れるものではなく、資質も大切なのだと思い知らされる。

 クリストフ王に対するアルヴァナ国内での支持は圧倒的なものだと伝え聞く。前王が国力の強さに溺れ、先代までに築いてきた富と信頼を食い潰していたせいで、国民の不信感も募りに募っていたところを、少数の部下のみを率いてクーデターを起こしたのだ。しかも、その比類ない強さと美貌で人気が高かった騎士団長が。国民にとっては英雄なのかもしれない。加えて王になって以降、失政も一切ないとくれば、熱狂的な支持を受けるのも当然だろう。シルヴィアがクリストフを崇拝するのも分かる。


(クリストフ王の為の騎士、か)


 剣を持っている時と持たない時では、別人のように変わる女性。どちらが本来の資質なのだろう。そう考えずにはいられない程に、騎士としての彼女の姿は理想的で、普段の彼女の姿は女性として魅力的だ。どちらが、などと他人が考えるまでもなく、本人が、あの圧倒的な存在感を持つ国王の騎士である事に生きがいを感じているのだから、そちらでいいのだろうが。


(それにしても理想を追い過ぎて、無茶をし過ぎなのではないだろうか)


 はあ、と溜息をつく。恐らく自国ではこのような事はないのだ。以前はあったとしても、少なくとも現在は。無茶をしているのは自らの部下が原因。つまり己の責任ではないか。それを無茶をし過ぎだなどと、偽善もいいところだ。


(そうだな。彼女のスケジュールを決める立場にあるのだし、来たばかりで訓練と講義しかしていない私にも責任はある。その為に来たのだとは言っても、彼女は親善大使という役割も負っている客人だ。まずは城下の案内などをするべきだったのだ)


 シルヴィアの体調が良くなったらそうしよう。それは恐らく彼女の希望とする所ではないだろうが、放っておけば三ヶ月まるまる剣を振り続けかねない。そう思い、今度は苦笑しつつ再びシルヴィアを見ると、彼女は不意に目を開いた。と同時に、足音が聞こえてきて部屋の前で止まった。


「ギルベルト、起きてるか?明日以降のスケジュールの事で……ん?」


 ノックもせずに部屋に入ってきたのは、当然エーレンフリートである。

 彼が近づく気配で目を覚ましたシルヴィアは、他国とはいえ王の前で寝ているわけにはいかないと、ベッドの上で体を起こしたのだが、彼女が訓練場を出てすぐ倒れたという事を知らないエーレンフリートにしてみれば、ギルベルトの部屋で、しかもベッドにギルベルトのシャツを着て座っているという事は……と、考えてしまうのも無理からぬ事で。


「あ、悪ぃ。邪魔したな。要件については明朝でいい」


 ニヤニヤと笑いながら、こんな風に言われてしまう。シルヴィアはただでさえ熱で赤い顔を更に赤くして、ギルベルトは呆れたような表情を浮かべた。


「妙な誤解をなさらないで下さい。シルヴィア殿が発熱されたので、看病の為に私の部屋にお連れしただけの事です」


「ふーん。ビアンカも呼ばずにか」


「彼女をここに呼べば、恐らく寝ずに看病すると言い出すに決まっています。そんな事をされれば、シルヴィア殿も気を遣って休めないだろうと思ったのです」


「はいはい。分かっているよ、ったく。真面目なヤツだな。面白くない」


「面白いとか面白くないといった話ではないでしょう。それで、明日以降のスケジュールがどうかなさったのですか?」


「大事なお話でしたら、私は席を外しますが」


「ああ、いい。病人は寝てろ」


 言いながらエーレンフリートは、改めてシルヴィアをベッドに寝かせ、布団をかけてやった。


「悪かったな。うちの連中が迷惑をかけて」


「いいえ。むしろ私がご迷惑をかけたと思っています。私が来た事で、皆さんの心を乱してしまいました」


「提案したのは俺だ。お前は気にしなくていい。と、そんな話は今はいい。熱があるんなら、治るまで絶対に訓練に出てくるんじゃねえぞ。ギルベルトもだ。しっかり看ててやれ」


「は、かしこまりました」


「それでだ。明日以降……と言っても、熱が引いて以降の話だが、当面、訓練は当初の予定通りギルベルトとマンツーマンでやれ。これはロイスからの申し出だ」


「ロイス殿が?」


「うちの連中は色々な意味で未熟だって事が、お前が来てよく分かったんだよ。だからもっと鍛えて、改めてお前と手合わせしたいらしい。団員達もそれで納得した」



「そうですか。分かりました。また皆さんと手合わせするのを楽しみにしています」


 そう言って微笑むと目を閉じ、再び眠りに落ちた。その様子を見届けて、エーレンフリートは


「本当に熱があったんだな」


と、静かに言った。


「私が不埒な考えを抱いてシルヴィア殿を連れ込んだのかと、本気で思っておられたのですか?」


「そういう意味じゃねえよ。熱がある状態で、ロニーとテオドールの相手をしていたんだなって事だ」


 それはギルベルトも思った事だ。誰しも思うだろう。いつから体調が悪かったのかは分からないが、少なくとも打ち倒した後に急激に悪くなったのではあるまい。なのに、あれほどまで見事に戦えるものなのかと。


「クリストフ王が、こいつを騎士団長にした理由が分かる気がするな。強さもあるだろうが、何よりこの姿勢が象徴になる」


「たった数日で、うちの団員達にも影響を与える程ですからね。私がアルヴァナに出向したところで、こうはいかないでしょう」


「出向したいと思うか?」


「興味はありますが私にはとても無理です。目を離そうものなら、エーレンフリート様が何をしでかすやらと心配で」


「お前な。もうちっと主君を信用しろよ」


「信用されたいのでしたら、もう少し日頃の行いを改めて下さい」


 ここまでのやりとりが展開された時、シルヴィアが目を閉じたままクスッと笑った。


「あ、何だ、こいつ。タヌキ寝入りしていたのか」


「そばで話し声がしていては、眠りたくても眠れないでしょう。で、ご用件は先ほどの、明日以降のスケジュールの件だけですか?」


「それだけだ。ああ、あとロイス以下、何人かの奴がこいつに謝りたいと言っていたな。特にルディは悲壮な顔をしていた」


「そう言えばルディは最初からシルヴィア殿に対して公正な態度で接していましたね。分かりました。起きられたら伝えておきます。とは言っても、聞こえているかもしれませんが」


 そう言ってシルヴィアを見ると、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。やはり聞こえているらしい。その穏やかで優しげな笑顔に、エーレンフリートもギルベルトも癒された気持ちになる。


(剣を持っている時とは印象が違い過ぎるな。本当に同一人物なのか)


 エーレンフリートもそう思う。これほど戦いに向かなそうな人物、それも女性の身でありながら、戦う理由はなんだろう?少し見ただけでも思うくらいなのだから、ずっと一緒にいるクリストフやレイナルドなどは日々感じている事であろうに、何故戦わせるのか。


「エーレンフリート様?」


 ギルベルトの呼びかけで我に返る。他国の騎士団長が戦う理由など考えても仕方がない。自分はノイエンドルフの王であり、まだ内乱の傷も完全には癒えていない状態で、まず大事なのは人心も含めた国の安定を図る事だ。

 シルヴィアの額にあるタオルを改めて濡らして冷やし、再び額に乗せ直してからエーレンフリートはドアの方に向かった。


「じゃ、俺は部屋に戻る。こいつの面倒しっかり看てやれよ」


「かしこまりました。今後のスケジュールに関しては、明日にでも提出できるようにしておきます」


「あ~いい、いい。今夜はもう遅いんだから寝てろ。看病しながら、空いた時間にでもやりゃいい」


「‥‥‥‥はあ」


「なんだ?慌てる理由でもあるのか?」


「いいえ。ございません。エーレンフリート様もお早く休まれますよう」


「分かってる。ったく、お前は母親か」


 苦笑しながら手を振り、エーレンフリートは部屋から出て行った。


 結局エーレンフリートに部屋に留まるよう頼む事は出来なかった。クリストフとレイナルドに(なら)い、二人で付き添っていれば、男と二人きりであるよりはシルヴィアとしても幾分安心も出来るであろうし、自分も気が楽だったのだが。

 こうしてギルベルトはシルヴィアの看病をしつつ、スケジュール表の作成をして、一睡もしないまま朝を迎える事になる。

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