『亡国の民』
ランズウィックはクリストフの前の王に滅ぼされた。つまりアルヴァナに侵略され、属国にされた西の小国だ。
アルヴァナの前王の傍若無人振りは、国交のないノイエンドルフに届くまでに有名だった。ランズウィックは資源豊かな小国で、形だけの騎士団こそあれど戦とは無縁の平和で静かな国であった為、アルヴァナの侵略行為に対して無力だったと聞く。そうして国を、民を蹂躙されたと。それが五年ほど前。丁度クリストフが謀反を起こした時期と変わらないはずだ。つまり自分の国を滅ぼした国の元騎士に、シルヴィアは仕えているという事になる。
「シルヴィア殿。エーレンフリート様の仰った事は‥‥‥‥」
「はい。私はランズウィックの出身です」
シルヴィアは淡々と答えた。出身地を見抜かれた事に対して少しのショックもないようだ。知られても構わないという事だろうか。しかし……。
「あんた、何のつもりで自分の国を滅ぼした奴に仕えているんだ?」
「我が王によって滅ぼされたわけではない」
「けど当時、騎士団長だったんだろう?」
「ああ。だが私の故郷に攻め入ってきた騎士隊を指揮していたのは別の者だ。我が王ではない」
「クリストフ王が指揮していたのではない?どういう事なのだ?」
こう訊いたのはギルベルトだ。ランズウィック侵略は間違いなく国王の命令だろう。その実行部隊の隊長が騎士団長ではないというのは、にわかに信じ難い事実だ。
「クリストフ陛下は侵略行為を是とされる方ではありません。そして当時から実力も人望も群を抜いておりましたゆえ、クリストフ陛下が異議を唱えれば、騎士団がそれに従うと考えたのでしょう。秘密裏に事が運ばれたようです」
「いや、秘密裏と言っても隠し通せるものでもあるまい。なのに何故……」
「まったく。お前は頭が固いな。簡単な事だろう。知ったからクリストフ王は謀反を起こしたんだろうが。時期的にも間違いない。違うか?」
「その通りです。知ってレイナルド以下、主だった部下を率いて駆けつけて下さいました。ですが、その時にはもう‥‥‥‥」
その時シルヴィアの表情に変化はなかった。が、わずかに手が震えている事に、傍にいたエーレンフリートだけが気付いた。
ランズウィックの民は、その多くが虐殺されたという。街は想像を絶する惨状だったはずだ。その様を思い出せば、シルヴィアがいくら気丈でも震えもするだろう。
納得がいかない。直接的ではないにせよ、自分の故郷を滅ぼした人間、国に、心から仕えられるものだろうか?そんなはずがない。弟を殺されただけでこれほどに憎いのだ。故郷を奪った人間の顔を見続けて、平静でいられるはずがない。自分の心情と照らし合わせ、テオドールはそう思った。そして……
「あんた、クリストフ王に復讐する気なんだろ」
「復讐?」
「側近として働き、信用させておいて油断させ、殺すつもりなんじゃないか?そうでもなければ自分の故郷を滅ぼした国に仕える理由などないだろう」
「先刻も言った。我が王が故郷を滅ぼしたわけではない。復讐する理由などどこにもない」
「アルヴァナがランズウィックを滅ぼした事実に変わりはない!憎いだろう?その国を治めているクリストフ王が。憎くないはずないじゃないか!」
「テオドール!」
ギルベルトがテオドールを一喝する。常であれば逆らえない、公子であり伯爵という身分を持つ鬼の団長の声。が、憎しみに染まったテオドールの心には何も届かない。これがエーレンフリートの声であったとしても同じであっただろう。届いたのは仇敵の静かな声だった。
「私は我が王を憎んでも恨んでもいない。しかし貴方が私を憎むのは当然の事だと思う。他の騎士の方々にしても同様。故にテオドール殿。貴方の気が済むまで、その剣をもって私に向かってくるがいい。私はこの剣でお相手しよう」
「‥‥‥‥何?」
「シルヴィア殿?!」
「エーレンフリート陛下、ギルバート卿、私のわがままをお許し下さい。私にはノイエンドルフとの不可侵条約の締結と親善大使という役目があります。それを果たしたい。その為にも騎士団の方々の、アルヴァナに対してのわだかまりを少しでも取り除きたいのです。簡単にいかないのは百も承知。言葉では解決しない。ならば、私にはこの剣しかありません」
「貴女の言いたい事は分かる。が、それならテオドールも訓練用の剣を使用させるべきだ。万が一、貴女が怪我でもされたら、それこそクリストフ王の怒りを買って、条約の話はなかった事になる」
「我が王は私の意をくんで下さる。怪我をした所でノイエンドルフに責任を問う事はなさりません。ご安心を」
「しかし‥‥‥‥」
「いいだろう。やりたいようにやれ」
「エーレンフリート様!」
「訓練場に移動するぞ。俺が見届けてやる。テオドール、それでいいな?」
「……は……陛下」
返事をしながら、テオドールはシルヴィアの心を量りかねていた。真剣に対し、訓練用の殺傷力のない剣で戦うと言う。要するに闇討ちに失敗したテオドールに、改めて仇討の場を与えるという事だ。しかも王の公認で。それほどに自分の力に自信があるのか?ナメるにも程がある。今から行われるのは訓練ではない。持久戦になれば男の方が有利に決まっている。怪我どころか命が奪われる可能性すらあるのに、それを考慮しないとは。
一方、訓練場へと向かう最中、ギルベルトはエーレンフリートを諌めていた。
「エーレンフリート様。一体、何をお考えですか。このような事を許可するとは」
「‥‥‥‥ギルベルト。一時的に謹慎を解くからロニーを連れてこい。他の奴らも、気になるなら見に来ればいいと伝えろ」
「ロニー?この上、騒動を大きくする気ですか?」
「あいつの言う通りだ。俺やお前が注意すれば、皆その場では引くだろう。けど、わだかまりはなくならない。三ヶ月の間それでやり過ごすのもアリなんだろうが、それではあいつの気が済まないらしい。潔癖な奴だ」
「シルヴィア殿の為と?」
「いや。あいつに押し付けるんだよ。重責を。俺ではテオドールの憎しみを消してやれないからな。他の皆も」
「シルヴィア殿との戦いで、憎しみが消えるとでも?」
「さあな。ただあいつはここの誰とも、俺やお前とも違う執念にも似た信念を持っているみたいだからな。あいつの騎士としての姿勢は自分の理想に対して忠実で、故に潔癖なんだろう。憎しみや恨みなんて次元でどうこうなるもんじゃない。それが皆にも分かれば、少しでもわだかまりが解けるんじゃないかと思ったんだ」
「女性一人の身にそんな役目を負わせるのは、私は反対です」
「ま、そうだろうな。それがお前の騎士としての矜持だろうし。俺は王として客人を遇し、自分の騎士団を大事にしたいんだよ。皆が納得出来るように。それを俺自身の力で出来りゃいいが、出来ねぇからあいつに任せる。無責任だとなじられようが。……ああ、お前にしても同様だぞ。皆に納得してもらいたいという事は、お前にも納得して欲しい。だから本当にあいつが危険だと思ったのなら割って入ればいい。その時期じゃないと判断したら俺が全力で止めるがな」
「それでは意味がないではありませんか」
ギルベルトは苦笑した。この人はこういう人なのだ。いずれ王となる立場ではあったとはいえ、予想もしていなかった事態で突然王になり、国を背負うには未熟だと自覚しつつ、出来る限り自分のやり方でその責任を果たそうとしている。その負担を少しでも軽くして差し上げたい。子供の頃からエーレンフリートに仕える者として育ってきたギルベルトの、それが役目だと信じているから。
「ではエーレンフリート様。ロニーを連れて参ります。団員達にも伝えて参ります故、少々お時間を頂けますか」
「分かった。二人には、しばらく待つように言っておく」
エーレンフリートの言葉にギルベルトは一礼し、速足で騎士団員達の所へと向かった。ロニーを先に向かわせては、エーレンフリート一人で抑えきれない場合もあるかもしれない。なので、ひとまず副団長であるロイスに伝え、団員とロニーを連れて来させようと思ったのだ。
シルヴィア本人やエーレンフリートが信じる程に、シルヴィアの身の無事を信じる事は出来ない。二人の意思に反しようが、いざという時にはテオドールやロニーを斬ってでもシルヴィアを護る。レイナルドと、そしてビアンカとも約束したのだし、何より自分で誓っていたのだ。シルヴィアがここに滞在する間、自分が彼女の騎士になるのだと。
(騎士の騎士か。妙だが、このような事態では仕方あるまい)
ここでふと思った。クリストフ王は何故征服した国の、本人が言うには商人の娘だったというシルヴィアを騎士として召し抱えたのだろうか?
確かランズウィックは民の多くが虐殺された事と、王族が根絶やしにされた事で、クリストフ王が返還しようにも出来なかったという話だ。極端に国力が弱まった為である。今はアルヴァナ領の一つとしてクリストフが派遣した伯爵の称号を持つ騎士が統治しているとの事だが、それと何か関係があるのか。
(どう考えてもつながらないな。シルヴィア殿が自ら希望し、クリストフ王がそれを受け入れたとしか。ならば何故シルヴィア殿は、アルヴァナの騎士団に入る事を望んだのだ?テオドールの言葉ではないが、クリストフ王は自らが復讐の対象となるとは考えなかったのか。分からない事だらけだ)
クリストフを見る、シルヴィアの笑顔を思い返す。あの笑顔が作りものだとは思えない。そしてシルヴィアを見るクリストフの優しい瞳。二人の絆は、ただの主従には見えなかった。そう。情愛が絡んでいると思えるほどに。とても復讐云々といった血なまぐさい言葉は連想できない。
(何らかの事情があるのは間違いない。聞けば話してくれるものだろうか?)
そう思うのは興味本位だ。今まで他人の事情に興味を持った事などない自分が何故と思う。しかも、まだ出会って間もない他国の騎士団長に。
(いかんな。私らしくもない。これでは部下たちに示しがつかない)
頭を軽く横に振り、雑念を追い払って更に歩を速める。彼女がアルヴァナの騎士になった経緯より、まずは目先の問題を解決するのが先なのだから。




