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Crimson Snow  作者: mya
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『敵-かたき-』

「団長!ギルベルト様!」


 夕食を終え、自室で翌日の訓練メニューを考えていたギルベルトの所に血相を変えて飛び込んできたのは、シルヴィアにタオルを差し出した騎士である。


「どうした?騒々しい」


「あの……テオドールが……」


「テオドール?奴がどうした?」


「あいつ明日、シルヴィア様が来られてからの初訓練じゃないですか。それで短気をおこしてシルヴィア様に斬りかかったりしないよう、訓練を済ませた一部の奴らが、あいつの所に言いに行ったみたいなんですよ。そうしないとテオドールが処分される事になるからって。そうしたら、処分されても復讐できるなら構わないとか言って、説得に行った奴らを殴り倒して、部屋を飛び出して行ったらしくて。今自分と、あと数人でテオドールを探しているところです」


「バカな事を。そんな事を言いに行けば、そうなるのは分かり切っていただろうに。それでシルヴィア殿は?」


「ロイス副団長がシルヴィア様の護衛を申し出に行ったのですが、どうやら部屋にはいらっしゃらなかったようで」


「分かった。私もすぐ行く。ルディ、貴様は至急陛下にも報告してこい」


「はっ!」


 敬礼をすると、ルディと呼ばれた騎士はすぐに飛び出して行った。続いてギルベルトも部屋を出る。万一に備え、剣を携えて。


(まったく愚かな。何故わざわざ火に油を注ぐような事を。よもやテオドールが激発するのを狙っての事ではあるまいな)


 はあ、と大きく息を吐き出し、一度大きく首を横に振った。

 分かっている。恐らく本当に説得に行ったのだ。ただ彼らは若く、様々な経験が少ない故に、自分たちの行動がどういった結果を招くのか考えられなかっただけだ。

 自らもまだ二十代半ばと若いギルベルトだが、経験豊富な騎士の多くは先の内乱で失われたり、未だ療養中だったりという状態で、現在の騎士団員は平均年齢こそギルベルトの年齢を上回ってはいても、現実には年少の騎士も多く、年上でも先だってのマドラル戦が初陣だったという者もいる。つまり年齢とは関係がなく未熟者の集まりなのだ。それが結果このような事態を招くに至った。そんな未熟者を相手にシルヴィアが不覚を取るとは思えないが、ギルベルトが彼女の肩に手を置いた時の、あの過剰な反応……エーレンフリートの懸念通り、シルヴィアが不意に触れられるのを極度に恐れる性質で、その為に抵抗出来ないような事があれば、万が一もあり得る。

 と、ここで、ふとレイナルドの言葉を思い出す。


『あいつに万が一などあり得ねえ』


(万が一が起こらない事態こそ、あり得ない。盤石だと思っていた我が国の結束力が、実は薄氷の上のものだったなどと……内乱が起こるなどと、誰が考えていたというのか。あれこそ万が一にもあり得ない事態であったのに、実際に起きてしまった。だからレイナルド殿、私は貴殿ほどに彼女の絶対的な力を信じるわけにはいかない)


 シルヴィアが部屋にいないと聞いて、一番に思い浮かべた行き先はビアンカの所であった。何やら二人で話している事もあるようだし、何より彼女はシルヴィアの世話係である。スケジュールは把握しているはずだ。が‥‥‥‥


「シルヴィア様、お部屋にいらっしゃらなかったのですか?」


「という事は、今は部屋にいるはずだというのか」


「はい。食後、入浴の時間までは、お部屋にてギルベルト様に教わった事を復習されるのだと仰って。お茶を持っていきますと伝えましたら、集中したいので必要はないと、落ち着いたら後で一緒に飲みましょうと仰っていたのですが」


「そうか。分かった。休憩中にすまなかったな」


 ギルベルトはすぐに場を離れてシルヴィアを探しに行こうとしたが、ビアンカに袖を掴まれ、引き留められてしまう。振り返り、自分より遥か下にあるその顔を見下ろすと、もうすでに泣きそうな顔をしている。


「シルヴィア様に何かあったのですか?」


「いや。所用があってシルヴィア殿の部屋を訪ねたのだが、おられなかったゆえ探しているだけだ」


「そう……ですか」


 我ながら下手な嘘だと思った。メイド達の休憩室に来た際、つい大声でビアンカを呼び、一も二もなく「シルヴィア殿の所在は?」と聞いたのだ。急いでいる為、態度に余裕もなかったであろう。常は冷静なギルベルトが慌てているのだから、何か緊急事態が起きたのだと、余ほど鈍感な者でもなければ気付く。当然ビアンカも信じてはいないようで、泣きそうな顔のまま俯いている。


「‥‥‥‥ビアンカ。シルヴィア殿が行きそうな場所に心当たりは?」


 そう訊ねられビアンカは少し考えた。が、すぐに何か思い当たったように顔を上げた。


「庭はどうでしょうか?シルヴィア様、あそこに咲いている花がお気に召したようでしたので」


「なるほど。分かった。ありがとう」


 ギルベルトはビアンカの肩をポンと叩き、今度こそ走り去って行った。

 祈るように両手を合わせ、ギルベルトの後ろ姿を見送っているビアンカに、休憩室の中から二人の様子を覗き見ていたメイド達が声をかける。


「いいなあ、ビアンカ。ギルベルト様に親しくお声をかけてもらえて」


「おまけに肩に手を置かれたり。私だったら、そのまま抱きついちゃう!」


「そんな事を言っている場合ではありません。シルヴィア様に何かあったらと思うと、私‥‥‥‥」


「ふ~ん。ビアンカって、そっちの趣味があったんだ」


「そっちの趣味?」


「男より女が好きってこと」


「?!……ち、違います!憧れてはいますが、そんな事では……」


「分かってる分かってる。冗談だって。確かにシルヴィア様はカッコいいよね。私達にも優しく声をかけて下さるし」


「そうそう。通りすがりに顔を合わせたら、お疲れ様ですって言って下さるよね。騎士団長なんて身分のある方なのに」


「そうなんです。とてもお優しい方なんです。なのに騎士の方達はシルヴィア様を悪く言われるので……もし、お怪我でもされたらと心配で」


「まあ、ついこの前戦った相手だし、複雑なんだろうけどさ。戦争は国同士でやってんだから、個人に恨みをぶつけても仕方ないのにねえ。……同じ国の人間同士で殺し合って、武器も持っていない、あたしらの仲間まで殺されたあの内乱に比べたら、まだ堂々としたもんだったんだろうしね」


 年配のメイドが呟くように言った。

 マドラル戦もついこの前かもしれないが、内乱とてまだ一年も経っていないのだ。同じ国の、同じ城の中で働く者に、メイドやその家族までもが殺された。国王派だった、ただそれだけの理由で。

 ビアンカの両親はその逆で、父親は反国王派の騎士、母親は夫の意思に従い、仕えていた大臣への恩義もあって、国王派と戦って死んだ。ビアンカは自立した国であろうとする今のノイエンドルフが好きであったし、気さくな国王とエーレンフリート王子も好きだった。だから両親に逆らい、武器を取らずに他のメイド達と共に隠れていたのだが、ビアンカの両親が反国王派であった為、両親を殺されたビアンカが国王に仇為すかもしれないと、国王派の騎士達に殺されそうになった。そこを救ってくれたのはギルベルトだった。

 当時の彼は国王と王子を護る為に奔走し、凄まじい形相で歯向かう者を斬り捨てていっていた。その過程で武器を持たないメイド達が殺されていっているのを見つけ、それが国王派だろうと反国王派だろうと、


「武器を持たぬ者達を巻き込むとは、貴様らに騎士を名乗る資格はない!」


 と一喝し、片っ端から斬って殺したのだ。その姿は正に『鬼のギルベルト』という呼称にふさわしいもので、命の恩人にもかかわらず彼を恐ろしい人だと思っていたのは、その時の印象があまりにも強かったからである。

 ビアンカが自国の騎士をあまり信用できないのは、内乱の中での、そういった出来事があった故だ。しかしシルヴィアは彼らとは違う。あれほど心も姿も美しい騎士など見た事がない。同じ国の人間同士で殺し合い、あまつさえ丸腰の人間を襲おうとする騎士達のどこに、シルヴィアを非難する権利があるのか。


(シルヴィア様……やっぱり今日の訓練でも何かあったのかしら)


 気になるが、そろそろ休憩時間も終わりで、まだ少し仕事も残っている。何より自分が行った所で何か出来るわけではない。騎士達を止める権力も、力も、持ち合わせてはいない。ただのメイドなのだから。


(大丈夫。きっとギルベルト様が何とかして下さる。だって約束して下さったもの。全てをかけて守るって)


 庭の方向へと視線を向ける。また雪が舞い散る中、シルヴィアはあそこにいるのだろうか?しんしんと降りしきる雪の中に佇む彼女は、それは絵になるだろうと思う。が、その心中はどのようなものであるのか。敬愛するクリストフ王のいるアルヴァナの地を思っているのだろうか。

 異国で女性がたった一人、騎士達の暴言や暴挙に耐えているのだ。故郷を思っても不思議はない。そう思うと同時に、三月すれば彼女は国に帰ってしまうのだという事実に思い至り、寂しさを感じずにはいられなかった。



 その頃シルヴィアはビアンカの予想通り庭にいて、雪の中、訓練用の剣を無心に振っていた。本当に、ただ無心に。この国の騎士達との軋轢もアルヴァナへの望郷の念もない。あるのはクリストフへの『忠誠心』という思いだけであろう。これだけは、いついかなる状況でも心の中から失われはしない。


(‥‥‥‥‥‥‥‥?!)


 殺気のこもった気配がした。続いて雪を踏む足音。顔だけで軽く振り返ると、そこには昨日今日では見なかった若い男が、真剣を携えて迫ってきていた。


「気付いているんだろう?なぜ背中を向けたままでいる?その状態からでも俺ごときに斬られるわけはないという余裕か」


「どう取られても結構だ。斬られるつもりがないのは事実ゆえ」


「皆に聞いた通りの女だな。堂々としていると言えば聞こえはいいが、単なる自信過剰ではないのか?温暖なアルヴァナの人間の貴様が、雪の中で思うように動けるとは思うな!」


 言うなり男は斬りかかってきた。が、訓練でもそうであるように、たった一合でシルヴィアの剣は男の剣を弾き飛ばした。しかも振り向きざまに、雪に足を取られる事もなく。

 剣を飛ばされた男は、一瞬、持つ物の無くなった手を呆然と見つめ、次いでシルヴィアの紅い瞳を見た。燃えるような紅が真っ直ぐに見返している。何の迷いも恐れもない。美しいと、彼女を憎悪するこの男ですら思った。そして、そう思った事に忌々しさを覚える。

 男はチッと舌打ちをし、次いでシルヴィアの、剣を持っている方の手首を掴み、もう片腕で細い腰を引き寄せた。


「何をする気だ」


「こう接近しては、その剣も振るえないだろう。あんたが騎士としての力に優れているのは認めてやってもいいが、こういった事態にはどう対処する?」


 シルヴィアは何も言わず、抵抗する様子も見せず、相変わらず紅い瞳で男を見据えている。少しの動揺も引き出せない事に苛立ちを覚えた男は、渾身の力をこめて手首をきつく握り締めた。シルヴィアの顔が痛みに軽くゆがむ。


―この女でも痛みを感じるのか


 何故とも分からず躊躇を覚えた。が、すぐに気を取り直し剣を手放させようと、あわよくば骨にダメージを与えてやろうと、更に力をこめようとした。と、突然、紅い花の咲いている植え込みがガサッと音を立て、そこから男をめがけて剣が突き出されてきた。間一髪、シルヴィアを解放して攻撃を避けるのとほぼ同時に、植え込みの向こう側からその人物が姿を現す。


「いい加減にしろよ。テオドール」


「‥‥‥‥陛下」


 植え込みの葉を腕で退けながら出てきたエーレンフリートは、シルヴィアの腕を引き、庇うようにして自分の後ろへと移動させた。丁度そこへギルベルトも駆けつける。


「シルヴィア殿!ご無事か!」


「ギルベルト。遅ぇ。お前の方が先に報告を受けていたんだろ」


「申し訳ございません。ですが、お叱りは後ほどまた。今は‥‥‥‥」


 ギルベルトは剣を一本抜き放ち、ゆっくりテオドールに近付くと、切っ先を顔ギリギリの所へ向けた。


「申し開きがあるなら聞く。まあ、分かりきっている事だがな」


「……申し開きする気などありません。ただ、お聞きしたい事があります」


「何だ?」


「弟を……家族を殺されて、その殺した相手を恨むのが、それ程おかしい事ですか?ついこの前までいたんですよ、弟は!ここに!今だってまだ、いなくなった実感が湧かないのに、この女が目の前にいるだけで、これから何度も……何度も、弟が斬り殺された場面が甦るんですよ」


「シルヴィア殿が卑怯な手段を用いたなら恨むのも仕方ないだろう。が、彼女はいつも一対一、もしくは複数に対して一人で戦っていたと聞く。戦の中で正面から戦ったのだ。恨むのは筋違いだ」


「そんな理屈で割り切れるものじゃないんですよ!団長は家族を殺されていないから分からないんです!」


「じゃあ、俺が言うなら構わないな」


「陛下‥‥‥‥」


「俺は内乱で家族を亡くした。その直接的な要因となった奴らは、内乱の中で死ぬなり処刑されるなりしてもういないが、騎士団の中には反乱側についた奴らも結構いる。今も顔を合わせているが、恨み事を言う気はない。別に恨みもない」


「それは相手が同じ国の人間だからですよ。この女は敵国の……」


「アルヴァナと敵国になった覚えはねぇよ。勘違いすんな。同盟を結んでいない国が全て敵国だと言うなら、ノイエンドルフは世界中を敵に回しているようなもんだ。……なんて言っても無駄だろうな、今のお前には。なら言い方を変えてやる。この女だって元はアルヴァナの人間じゃない。名前といい顔立ちといいアルヴァナより西方の人間だ。ギルベルトをギルバートと呼ぶところからみて、ランズウィックあたりじゃないか?」


「!!‥‥‥‥‥‥‥‥ランズウィック?」


 その名を聞いてギルベルトのみならず、テオドールも驚いた。彼女の境遇を考えると、あり得ない国の名前だからだ。

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