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Crimson Snow  作者: mya
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『嵐の前』

 翌日。再び午前中はノイエンドルフ騎士団と共に訓練をする事になった。昨日は休みや見回り等でいなかった面子も中にはおり、既に手合わせ済みの者とは一目で分かるほど様子が違う。要するに昨日、手合わせした者たちがそうであったように、敵意をむき出しにした目でシルヴィアを見ていたのだ。

 そんな事は気にも留めず、シルヴィアはタオルを貸してくれた騎士の元へ行き、綺麗に洗われ、たたまれたそれを差し出した。


「昨日はありがとう」


「あ……いいえ」


「それでは今日も手合わせ、よろしく頼む」


 軽く微笑み会釈してからシルヴィアは一人で中央に進み出て、精神統一をするように目を閉じる。その一連の動作を見届けた後、騎士は手元のタオルに視線を落とした。特別な洗剤を使っているわけではないはずなのに、ふんわりと柔らかい気がする。そして


(何か、いい匂いがする)


 思わずタオルに鼻を近付ける。洗剤だけではない花のような香りがする。何かの香料でもつけたのだろうか?そんな事を考えていると、何者かに後ろから頭を叩かれた。


「ってー!なんだよ?」


「あいつから渡されたタオルなんか嗅いでんじゃねえよ。欲求不満か?」


「違うよ。単にいい匂いがするなーと思っただけで」


「血の臭いでもするのか?何しろ、あの女が持っていたタオルだからな」


 悪意たっぷりに言う、昨日の訓練には参加していなかった騎士を、前に立っていた副団長が振り返りギロッと睨んだ。


「下らん嫌味を言うな。そんな事では『あの方』が滞在している三月の間、一度も二合と打ち合う事すら叶わないぞ」


「……あの方……って、あの女の事ですか?」


「そうだ。シルヴィア殿は陛下の客人であらせられる。加えて他国の騎士団長でもあるお方だ。我らが対等以下に話せるような相手ではないのだぞ」


 たしなめておいて、ムスッとしたまま副団長は顔を前方に戻した。

 前日、訓練に参加していなかった者たちは、参加していた者たちの態度の変わり様を不満に思っていた。一昨日、晩餐会での出来事で、皆で怒りを新たにしていたはずなのに。一体何があったのかと聞いてみても、誰もが口をそろえて「あの人は本当に強過ぎる」や「卑怯ではない」「意外と可愛いところもある」などと言うばかりで、何があって態度が変わったのかさっぱり分からない。女の武器でも使ったのかと思ったが、鬼のギルベルト団長がいる中で、それはあり得ないかと思い直した。


(何をやったか知らねえけど、俺は簡単に懐柔されねえぞ)


 今日が初参加の者は誰しもそう思っていた。そうして……


「ギルバート卿。本日も昨日と同じ形式でお願いできますか?」


 訓練場にシルヴィアの声が響き渡る。ギルベルトが頷くと、まず昨日と同じく副団長が前に進み出た。


「今日は昨日のようにはいきませんぞ」


「はい。よろしくお願いします」


 ニヤッと笑う。不敵な笑みはマドラル戦のままだ。まったく、あれのどこが可愛いのか。今日がシルヴィアとの初訓練である騎士達が、そう冷たく見ている先で、頭を下げた両者が剣を合わせた。


「ぬぅん!」


 訓練用の剣がぶつかった鈍い音が鳴る。一撃目は受けられた。が、無理やり抑え込んだため手が痺れている。副団長は両手で剣を持ち、第二撃に備えた。しかしシルヴィアの動きはあまりにも早く、反撃に転じる暇など全く与えられない間に、たった五合でまた剣が弾き飛ばされた。


「くっ!情けない……!」


 頭を落とす副団長に、シルヴィアはただ「ありがとうございました」と頭を下げた。他に言う事など何もない。何を言っても思っても、失礼にしかならないと知っているから。


「次、お願いします」


 副団長を皮切りに、騎士達が次々とシルヴィアに向かって行った。

 今日、初めてシルヴィアと剣を合わせた者のみならず、そうでない者も、ほとんど一合で剣を飛ばされた。しかし昨日とは違い、数人は何合か耐え、その者たちは嬉しそうに小さくガッツポーズをしている。その様を見て


(本当に、これでは我が騎士団がシルヴィア殿に鍛えてもらっているようなものだ)


 ギルベルトは浅く溜息を吐き出した。

 どうも彼女は人が良さそうだし、実際に鍛えるつもりもあるのかもしれないと疑ってしまう。敵国でないとはいえ、過日は戦った間柄であるというのに。


「どうかなさいましたか?」


 気が付くと、シルヴィアがギルベルトの顔を心配そうに覗きこんでいた。不意をつかれ、ギルベルトは彼らしくもなく動揺して半歩退いた。


「ああ……いや、何でもない」


 どうにも調子が狂う。訓練の最中に考え事をして部下の様子から目を離すなど、これまではなかった。集中力にはかなりの自信があったのだが、これでは、その自信は過信だったと言わざるを得ない。

 動揺を悟られないよう、軽く一つ咳払いをして、ギルベルトはシルヴィアの顔を見下ろした。


「情けない事に、今日も貴方の訓練にならないようだな」


「まだ私の動きに慣れていないだけでしょう。数回打ち合えばその内慣れて、こんな事は出来なくなります。我が騎士団がそうでしたから」


「アルヴァナの騎士団は、皆、貴方とまともに打ち合えるのか?」


「無論。私の前の団長は我が王だったのですよ。速さも、力も、私の比ではありません。レイナルドにしても、彼の槍をかいくぐって懐に飛び込み、剣の間合いで戦う事は容易ではありません。そんなお二方と訓練してきた者達です。それぞれプライドもあるのですから、私も負けないように必死でした」


「……恐ろしい話だな。アルヴァナの騎士団は、それほどに強いのか」


「はい。ですが我が騎士団とノイエンドルフ騎士団では、得意とする戦法が異なると思います。我々は速攻による攻勢が、貴国は他国との同盟を結んでいない事から、防衛戦を得意とする守備型です。今のところ拝見していて攻撃に特化した型をお持ちなのは、エーレンフリート王だけとお見受けします」


「さすがは強国アルヴァナの騎士団長だな。冷静に見ている。だが、一つ見落としている事がある」


「それはいくつもあると思いますが、よろしければお聞かせ願えますか」


「実際は、私も守りより攻める方を好む」


 シルヴィアは目を丸くしてギルベルトを凝視した。しばらくそうした後、口元に手を持っていきクスクスと笑う。


「私は何かおかしな事でも言ったか?」


「いえ。ただレイナルドも同じような事を言っていたもので」


「レイナルド殿が?」


「はい。クリストフ陛下が王位に就いた際、自分で陰の補佐役に回ると言っておきながら、補佐よりも先陣を切る方が好きなのにと。戦でも女性に対しても突撃型なのだそうです。なので、もしやギルバート卿もそうなのかと」


「もし、そうだと答えれば、貴方はどう思われる?」


「意外です」


「即答だな」


 今度はギルベルトが笑う。その様子を見ていた一部の騎士達が、昨日いた騎士達と同様『笑う鬼の団長』に驚いていた。


「……おい。団長が笑ってるよ。明日、世界が滅びるんじゃないか?」


「団長が笑った翌日に世界が滅びるなら、今日、滅びる事になるぞ」


「って、昨日も笑っていたのか」


「ああ。やっぱりシルヴィア様と話していた時にな」


「シルヴィア様、ね。実際に剣を交えてみて、お前らが言っていた事が大げさじゃないってのは分かったよ。けど、やっぱり俺らの仲間を殺した事実は消えないだろ。ロニーの謹慎が解けたらどうなるか」


 現在、騎士団の中で謹慎中のロニーと会うことが許されているのは、ギルベルトだけだ。だから彼が現在どうしているのか知っているのはギルベルトと、食事を運んでいる者のみ。故にシルヴィアについての情報を、ロニーは何も聞かされていないだろう。

 まずギルベルトがシルヴィアの素晴らしさについて語っている所など、笑顔以上に想像がつかない。そもそもあの晩餐会での騒動で、問答無用でロニーを処分しようとしていたのだから、説得なり説教なり、ともかく言葉で納得させようという気はないと思える。食事を運ぶメイドは、ここでのシルヴィアの事を知らない。つまり晩餐会で時が止まった状態のまま。ロニーが出てくる最初の訓練で、ひと騒動起こるのは目に見えている。


「ロニーに賛同する奴もいるだろうし、確実に騒動になるな。そう言えばテオドール……あいつ見回りで晩餐会にも出席していなかったし、昨日は休暇で今日は城の守備だったよな。まだシルヴィア様と顔を合わせていないだろ。訓練での話、あいつの耳に入ってるのかな?」


 テオドールとは、先の戦いでシルヴィアに弟を殺された者の名だ。シルヴィアがノイエンドルフに来る前に殺してやるとまで言っていて、ロニー以上に怒りを露わにしている。


「ロニーもテオドールも何するか分かんねえ状態だよな。まあ、あいつらがいくら突っかかろうと、傷一つ負わせる事は出来ねえ相手とは思うけど」


「けど、本人が言ってただろ。あの人だって、いくら強くても女だからな。訓練以外の場で、武器を持っていない状態で不意に襲いかかられたら、純粋に力では勝てないと思うぜ」


「もし何かあったら、今度こそ重い処分が下るだろうな」


「ロニーはともかくテオドールは何とか抑えよう。俺達で」


 その騎士達の話は副団長の耳にも届いていた。途中、私語をたしなめようとしたのだが、彼らの懸念はもっともであった為、副団長自身も何か手を打たなければと思ったのだ。

 先の内乱に続き、また内部分裂しようものなら、今度こそノイエンドルフは完全に弱体化してしまう。あの聡い王とギルベルトが、そんな事が分からないとは思えないのだが。


 この日シルヴィアはギルベルトとは手合わせせず、もう一度他の参加者と打ち合い、訓練を終えた。

 前日と同様、後を任せる旨を告げに来たギルベルトを呼び止め、副団長はどこかで時間を作ってもらえるよう頼んだ。いつも沈着冷静な騎士団長は副団長の意図を察しているらしく「分かった。では夕食後」と短く告げて訓練場を後にした。



 ギルベルトも今回のシルヴィア受け入れについて、時期尚早だとは思った。が、それならば、いつになれば受け入れられるのか?恐らく時期など関係がない。時間が経ったところで逆に恨みが募る可能性すらある。結局はいつだろうと同じだ。そう思い直したから、両王の意見に異議を申し立てなかった。しかし、やはりそれは間違いであったかと思わざるを得ないちょっとした事件が、この日の夜に起きる。

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