『邂逅』1
その女騎士と最初に会ったのは一年前。不慮の死を遂げた父王に代わり、エーレンフリートが王になったばかりの頃、戦場での事だった。
彼の国の同盟国と戦争になり、その戦場に彼女の騎士団が援軍として送られてきたのだ。
エーレンフリートの国ノイエンドルフでは、王が先陣を切って戦う。代々そうであったわけではないが、彼の祖父や父がそうしていたし、何よりエーレンフリート自身が安全な場所にいて他の者達を危険な目に遭わせるのを良しとしない性格だった。自分の力量にある程度の自信もあり、強い相手と戦える事に興奮を覚える程度には闘志もある。
ノイエンドルフ優勢の中、余裕を持って見ていると、敵の、ある一団のいる所だけが切り崩されていくのがエーレンフリートの目に入った。
「あれは、確かアルヴァナ国からの援軍とかいう一団か」
「はっ。左様でございます」
「強いな。面白い。俺が行く!ギルベルト、お前はマドラルの残党共の掃討を指揮しろ!」
「お待ち下さい!お一人では危険……」
ギルベルトの言う事も聞かず、援軍一団の方角へと馬を走らせた。
現場が近づくにつれ一人の騎士が目に入った。見事な白と金に彩られた鎧をまとい、後ろで結われた黄金の髪を振り乱して剣を振るう人物は意外にも細身で、背の丈もそれほど大きくは見えない。まるで……
「……女?」
確かめる為、そして何より剣を交わす為に混戦の只中に割って入った。馬上から大剣を振り下ろし敵を切り倒していく。その姿に気付いた味方が歓声を上げた。
「王だ!」
「エーレンフリート様が来られたぞ!貴様ら、気合いを入れろ!」
一気に士気が上がる。その中で金髪の騎士がゆっくりとエーレンフリートの方を振り返り見た。
「エーレンフリート王か」
「その通りだが、こちらの名前を確認する前に、てめぇが名乗るのが筋ってもんだろ。女」
挑発するように、ことさら『女』を強調して言う。えてして勇ましい女性は性別を云々される事を嫌うからだ。
が、金髪の騎士は挑発には乗らず、静かに紅い瞳でエーレンフリートを見据え、頭を下げた。
「失礼しました。私はアルヴァナ国騎士団団長シルヴィアと申します。マドラル国の要請を受け、此度の戦に参戦させて頂きました」
「騎士団長?女がか。アルヴァナも落ちたもんだな」
「好きに申されよ。では……参る!」
言うが早いか疾風のようにエーレンフリートに駆け寄り、斬撃一番、馬の首を薙ぎ払った。
あまりの早さに周囲の目には瞬間移動にも見え、斬撃から馬が前脚を高く上げて苦しそうにいななくところまでは、逆にスローモーションに見えた。
「……ちっ!」
舌打ちをして馬からひらりと飛び降りると、すぐさま女騎士からの第二撃が降ってきた。恐ろしい程の早さだ。並の剣士なら確実に斬られていた事だろう。しかしエーレンフリートは並の剣士ではない。大剣を振り女騎士の剣を払った。
「っと、危ないな。今、マジで殺る気できただろ」
不敵に笑いながら、ふざけた言葉を口にする。実際はそれほど余裕があるわけではないのだが、こうして余裕を見せる事で味方に安心感を与え、敵には威圧感と焦燥感を与えると知っているからだ。が、シルヴィアと名乗った女騎士は動じないまま、また剣を構える。
その顔や鎧にはおびただしい量の返り血がこびりついていて、ここまでの激戦を物語っていた。白い肌の色と金髪、白と金色で彩られた鎧の中で燃えるような紅の瞳が異彩を放ち、強い印象を与える。獲物を見据える鷹の目とはこのようなものだろうか?そう思わせる猛禽類の目だ。
「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合い一閃、シルヴィアの剣が振り上げられ、エーレンフリートの鼻先と前髪をかすめる。今度はエーレンフリートの剣がシルヴィアの首めがけて振られる。それをシルヴィアの剣が受け止めると、二つの剣の間で火花が散ったように見えた。
「お前やるなあ。面白い!」
「そちらこそ!さほど大柄というわけでもないのに、そのような大剣を振るってよく身軽に動かれる!」
「身の丈の話なら俺よりお前の方が驚きだぜ!」
「自覚しています!」
言葉を交わしながら剣を交わすこと二十合ほど。力は完全に拮抗している。
周りの者たちが手を出す事も出来ないまま膠着状態に入った時、エーレンフリートめがけて矢が飛んできた。その矢はシルヴィアが、矢が飛んでくる方向に背中を向けたまま剣で払って落とした。
「……レイナルドか」
一言呟くと、おもむろに剣を鞘に収めた。
「エーレンフリート王。実に良き闘いで楽しかった。が、残念ながら時間切れのようです。私はこれにて失礼させて頂きます」
「おい、待てよ。戦場を放棄するのか?」
「今日の劣勢は覆せません。直に退却命令が出ます。私が王との闘いに興じている間に無駄な犠牲も出ましょう。そちらも。兵の命ひとつひとつに替えはありません。王ならば大事にされる事です。では」
そうして背中を見せたと同時にマドラル陣営の退却を報せる狼煙が上がった。はあ、と息をつき、エーレンフリートも剣を収める。
シルヴィアはすぐさま周囲の兵たちに撤退に際する指示を出し、自らは部下であろう隻眼の大男が引いてきた馬の頭を撫で、その背に乗った。
「待てよ!おまえ、まだマドラルに留まるのか?」
「何故そのような事を?」
「それなら、また闘える」
「……王の命令次第で、あるいは」
「そうか。まあ国に戻ったとしたら、今度は俺の方からアルヴァナへ攻め入るとする」
「そのような事、簡単に仰らないで下さい」
そう言って苦笑した顔が意外にも可愛く見えて、エーレンフリートは驚いた。つい先刻までは猛禽類の鋭さで喉笛に噛みつこうとしていたのに。
「また戦場で見える事、私も願っています。では!」
シルヴィアは手綱を引き、現れた時と同様、疾風のように去って行った。隻眼の男もエーレンフリートに一礼し、後に続く。
その後ろ姿を見送っていると自らの忠臣も馬を引いてやってきた。
「エーレンフリート様。お怪我は?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「エーレンフリート様?」
「ん?……ああ、大丈夫だ。結構ヤバいところはあったけどな」
「!?それほどに強い騎士だったのですか?」
「ああ。強かった。俺が今まで見た中で最強の、最良の獲物だ」
「また闘うおつもりですか?」
「当然だ!あいつは俺が殺る」
「負ける可能性は考えられないのですか?」
「負ける?俺が?ふんっ!あり得ないな。そもそも王が負ける事を考えて戦が出来るか」
「なるほど。それはその通りですね。それはともかく我が方も撤退しましょう。怪我をした兵の治療も急がせなくては」
そのギルベルトの言葉を聞き、シルヴィアの言葉を思い出す。
『兵の命ひとつひとつに替えはありません。王ならば大事にされる事です』
(俺に説教しやがって。まるでギルベルトだ)
次に会った時には決着をつけてやるとも、あれほどの強敵とはそうそう会えないのだから何度も剣を交えたいとも思う。相手が女だとか、そんな事はもう頭になかった。
力が拮抗した相手と出会えて、ギリギリの命のやり取りをする緊張感を味わえる。その高揚感にエーレンフリートは酔っていた。