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Crimson Snow  作者: mya
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『不穏』

「……シルヴィ?」


 アルヴァナの政務室で仕事中のクリストフは、シルヴィアの声を聞いた気がして手を止めた。国を出立してたった数日なのにと、自分で呆れてしまった。案の定そこにいた補佐官に


「陛下。もうお寂しいのですか?」


 と、笑いながら訊かれてしまう。


「五年間、ほぼ片時も離れず一緒にいた家族みたいなものだからね。当然だよ」


「シルヴィア様は騎士団長であらせられますが、あの方を伴侶として迎える事はお考えになられないのですか?皆が思っている事です。城の者も、騎士団員も、民も、誰もがシルヴィア様をアルヴァナの人間だと認めております。真摯なお人柄といい、美しさといい、王妃となるに相応しい方だと」


「シルヴィが望んだならそうするよ。けれど、あの子は望まないだろうね」


「何故ですか?あの方も陛下をとても慕っておられるではありませんか」


「それと男として愛するかどうかは別だよ。もしあの子が私を望んで私がそれを受け入れたとしたら、『負い目』のせいだと思ってしまうだろうから。お互いにね。私達は相手の心を真直ぐに見られないんだ」


 心が読めない表情で言う。が、クリストフの父親と旧知で、子供の頃から後に騎士団長となり、王になるまでの経緯と、王になってから今までの彼を見続けてきた補佐官には分かる。これは『戒め』だ。

 クリストフは根っからの騎士だ。民を愛し、国を愛していて、それらを守る事に命を賭けて悔いはしない。だが騎士でありながら『王』に忠誠を尽くす事が出来ず、あまつさえその手に掛けた。それは誰に非難される事のない正義の行いであったと、心ある者たちなら思っている。しかしクリストフ本人は、自分は騎士として失格なのだと考えた。そして今度はシルヴィアを守りたいが故に王となった。王としても失格だと。己に厳しいクリストフは、それならばせめて、全てを守り通そうとしているのだ。王として国と民を愛し、騎士の心でシルヴィアを、国と民を護る。自分の事は二の次として。自らは何も欲しがらず。見かけによらず不器用な方だと思う。


「ところで例の件の調査はどうなっているんだい?」


 さりげなく話題を変えるようにクリストフが言った。


「その件ですが、シルヴィア様をノイエンドルフから呼び戻された方がよろしいかと」


「どういう事だ?」


 一瞬にして表情が変わった。クリストフはシルヴィアの事となると王の仮面を捨てる。ただの騎士となるのだ。それほどに大事にしているのだから、彼女を妃にと思うのだが、今はそういった話ではない。


「実は『例の男』、マドラル以後の足取りを調べた所、どう見てもノイエンドルフに入ったとしか思えないのです」


「今もか?」


「出た形跡がありませんから」


「マドラルでロワイエ殿の話を聞いた時、嫌な予感はしていたのだが……。やはりノイエンドルフの内乱も奴の仕業か。しかし目的が分からないな。各国を一斉に内乱状態にし、混乱させるならともかく、仕掛ける国も時期もバラバラだ。一体、何がしたいのか。レイモンが何か掴んできてくれるといいが」


「シルヴィア様は……」


「ああいった術は、心にやましい事があったり邪心を抱えているとかかり易いそうだ。あの子は目指すものに真直ぐで、今は他の事など目に入っていない。だからシルヴィに関しては術にかかる心配はしていない。ただノイエンドルフは内乱が治まって月日もそれほど経っていない分、人心も不安定だろう。特に内乱の場であった城の中は。私が見た所、エーレンフリート殿やギルベルト卿は大丈夫だろうが、他がどうか。シルヴィが巻き込まれる可能性はある」


「では、やはり呼び戻しますか?」


「あの子は、ああ見えて頑固だ。しかも相当な決意を持ってノイエンドルフへ行ったのだから、そんな理由では絶対に戻ってこない。私はシルヴィの望みを叶えてやりたいんだ。だから命令して連れ戻すような事はしたくない」


「シルヴィア様が危険にさらされても、ですか?」


「裏で動くさ。そういった仕事を得意とする者を送り込む。ギルベルト卿にも、あの男の情報は伝えておくか。その辺の手配を頼めるか?」


「かしこまりました。陛下」


 補佐官は頭を下げて部屋を退出した。彼は仕事が早い。今からすぐに密偵や暗殺を生業としている者の選定に入るだろう。それにしても……。


「……じれったいな」


 国王という立場上、あまり自ら動くわけにはいかない。本当はすぐにでもノイエンドルフへ行き、男を見つけ出して斬り捨ててしまいたいのだが。人任せにしなければならないのは、自らの剣で国と民を護りたいと騎士になったクリストフには、じれったいにも程がある。


(シルヴィ……どうか無事に帰って来てくれ。私は君が心から幸せになれる日を見届けなくてはいけないんだ)


 シルヴィアを城に連れてきてから、ほとんど片時も離れた事はなかった。レイナルドには「過保護だ」といつも呆れられるが、自分が目を離した隙に彼女に何かあればと心配で仕方がないのだ。それは彼女の為にならない。分かっているから今回の事を了承した。しかしマドラルで『例の男』が存命と聞き、よもやと調べさせたその結果が、最悪にもノイエンドルフにて所在を確認されるとは。

 彼女の強さに対しては絶対の信頼を置いている。直接彼女に害意を持って迫る相手には、そうそう後れを取る事はないだろう。彼女が自分で自分の身を守れるよう厳しい訓練を積んだのだから。しかし策略に関してはギルベルトのように見抜いたり対処したりといった事は出来ない。真直ぐであるが故に。シルヴィアも自覚していて、その辺りも学びたいのだろうが。

 本当は彼女を騎士になどしたくなかった。自分の傍に置いて、命のやり取りとは無縁の平和な場所で過ごさせてやりたかった。だが彼女は騎士になる事を望んだ。『クリストフのような騎士』になる事を。彼女の望みは全て叶えてあげたい。だから止める事は出来なかった。『シルヴィアの願いは叶えてやる』、それは彼女を迎え入れた時の、レイナルドとの誓いであった。そして一生を賭けて見守ると。


(シルヴィ‥‥‥‥)


 窓辺へ立ち、ノイエンドルフの方角を見る。比較的温暖な気候のアルヴァナとは違い、彼の国はもうひんやりと冷たい風が吹いていた。シルヴィアの故郷も雪の季節が長い国だ。どこか懐かしさを感じているかもしれない。  

 ノイエンドルフの民には申し訳ないが、せめてシルヴィアがいる三月(みつき)の間だけでも、何事もなく過ぎて欲しいと思う。騎士たちとの軋轢(あつれき)はあるとしても、それ以外の所では心穏やかに過ごして欲しい。目の届かない場所にいる彼女の為に、今クリストフが出来る事は祈る事だけであり、それが歯がゆかった。

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