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Crimson Snow  作者: mya
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『初訓練』1

 訓練と言っても全員が一斉に参加するわけではない。城の守備についている者、城下に見回りに出ている者、休日の者もいる。

 この日、参加しているのはほぼ百人。そのほとんどが悪意を込めた目でシルヴィアを見ている。が、そんな事は気にも留めない様子で、ギルベルトの前に進み出た。


「ギルバート卿。本日の訓練について、お願いしたい事がございます」


「願い?聞こうか」


「一度、全ての方と手合わせしておきたいので、順番に、休むことなくかかってきて頂きたいのです」


 この発言は騎士団の面々の怒りに拍車をかけた。バカにしているとしか思えなかったからだ。女が一人で百人もの相手と連続で手合わせをして、体力が保つと考えている時点で侮っている。『多少』強いからといって自惚れるのもいい加減にしろと。

 ギルベルトとしても、そのように無茶な要求は入れられないと思ったが、答える前にエーレンフリートが


「いいんじゃないか。ギルベルト」


 と、ことも無げに言った。


「エーレンフリート様!」


「そいつは修行の為に来てんだ。ぬるくちゃ話になんねぇだろう。他の奴らも。そいつを叩きのめしたいなら、いいチャンスじゃねぇか。やってみろよ。真っ向勝負でな」


 エーレンフリートの意図は分かる。訓練の場で命にかかわらない形でなら、シルヴィアも気が済むし、騎士団の面々も鬱憤がある程度晴らせるという事なのだろう。それに実際に剣を交えたエーレンフリートにはシルヴィアの実力が分かっていて、ある程度は大丈夫だという確信があるのかもしれない。

 あまり真っ向勝負とも言えないと思うが、王の言葉は絶対だ。仕方なくギルベルトはシルヴィアの申し出を許可した。


「ありがとうございます」


 エーレンフリートとギルベルトに頭を下げ、一度深呼吸をすると、シルヴィアはキッと前を見据えた。


「順番はそちらのご自由に。手加減は無用に願う」


「では、私から行く」


 そう言って進み出たのは、二人いる副団長のうちの一人である。彼はあからさまな悪意は示していないものの、配下の者たちを諌めるでもなく、言わば黙認している形だ。


「後から出て、疲れている所を手合わせしたから、などと言われるのは不本意なのでな。最初から全力で行かせて頂く」


「元より言い訳などする気はない。参られよ」


「ふん。可愛くない女だ」


 さすがに嫌悪感を露わにし副団長は剣を抜いた。そうして構えた瞬間……


「うおっ!」


 懐に飛び込んできたシルヴィアが剣を抜いたと思うと、たった一合。打ち合う間もなく副団長の剣は弾き飛ばされた。


「次!」


 シルヴィアの勢いに押され、次の者が出た。また一合。剣が飛ばされる。次の者も、その次も。


「‥‥‥‥す‥‥‥‥ごい‥‥‥‥」


 騎士の一人が呟いた。

 パワーではない。的確に剣の急所をつかれ、しっかり握っているはずの剣が、いとも簡単に飛ばされてしまう。気迫も、動きの美しさも、ノイエンドルフの騎士たちとは比べ物にならなかった。

 結局、百人と打ち合うのに1時間とかからず、シルヴィアの息を乱す事すら叶わなかった。彼女は呆然とする騎士団の面々を前に頭を下げ、背筋を伸ばして涼しい顔をしている。


 シルヴィアは、あのクリストフ王の率いる騎士団全員と手合わせし、団長の座を勝ち取った人物なのだ。それをギルベルトは実感させられた。何より彼女の型はクリストフに酷似していて、彼の師事により剣の腕を磨いのだと分かる。


「ギルバート卿。まだ貴公と打ち合っていません。お相手願えますか?」


 大胆な申し出に騎士団員の間にざわめきが起こる。が、今度は誰もナメているとは思えなかった。口惜しいが、圧倒的な力を誇る双剣使いの騎士団長相手に、シルヴィアがどの程度戦えるのか興味すら持った。


 挑まれたギルベルトは、


「そうだな。そもそも貴女は私に剣を習いたいと言われて来たのだから、お相手するのは当然だ。が、その前に小休止を取ってもらおう。万全の状態の貴女とやり合いたいからな」


 と、薄笑みを浮かべて言った。これは間違いなく本音だ。ノイエンドルフではエーレンフリート以外、本気で打ち合える相手のいないギルベルトとしては、これほどの手練と手合わせ出来るのは本望だからだ。


「分かりました。では、少し休ませて頂きます」


 ギルベルトの言葉を受けたシルヴィアは、だが座ることも無く、窓べりに軽く腰をかけて目を閉じた。

 そんな彼女を見た騎士の一人が、何かを決意したかのように一度訓練場から出て行き、濡らしたタオルを持って戻ってきて、シルヴィアにそれを差し出した。


「どうぞ」


 目を開いたシルヴィアは驚き、差し出されたタオルを眺めていたが、やがてそれを受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう」


 そう言い上を向くと、タオルを顔に乗せて「気持ちいい」と呟いた。

 間近で見たシルヴィアの美しさに騎士は息をのんだ。よく見ると伸ばした首は細くて長く、タオルに乗せられた手も肩も小さい。これほど華奢なのに大の男百人と戦い、勝ったのか。しかも息一つ乱さず。改めて騎士は、目の前の女性が一国の騎士団の団長で、エーレンフリート王と対等に戦えるだけの人物なのかと驚いた。


「あ、あの……もっとちゃんと休んだ方がいいですよ。ギルベルト団長は、我らとは格が違いますから」


「腰を下ろして休めという事か?」


「はい」


「そうしたら動くのに適した状態を保てなくなる。かえって疲れを感じてしまうんだ。だから、こうして休む方が私にはいい。とはいえ気遣いはとても嬉しい。ありがとう」


「い、いや。自分は、ただ‥‥‥‥」


「すまない。ゆっくり話したいのはやまやまだが、それはまたの機会に。今は口を開いて体力の消耗を招くのは避けたい」


 一度タオルを顔から離し、騎士に頭を下げてから再びタオルを顔に乗せた。その後は上を向いたまま口を開く様子はなかったので、騎士は仲間のいる方へ戻って行った。


「おい。何であの女にタオルなんか渡してやったんだ」


「……俺、この前のマドラル戦で、あの人と戦う所だったんだ」


「はあ?だったら余計、腹が立ってんじゃないのか」


「あの人さ、俺を斬れる状態の時に、陛下の姿を見つけて剣を下ろしたんだ。その時にすげー小さい声だったんだけど、これで、これ以上斬らなくて済むって言ってたのが聞こえた。さっきのでも分かったと思うけど、俺を斬るのなんか一瞬で出来るのに。それ聞いたら後ろから斬りかかるなんてマネは出来なくなった」


「偽善だろ。散々殺っておいて。やってやりゃ良かったんだ」


「俺たちだってあの人の部下を斬ったよ。殺らなきゃ殺られるから。あの人だって同じだ。向こうから仕掛けてきた戦だったけど、援護要請を受けて来たんだろ?国の事情なんだから仕方ないじゃないか。それに」


「なんだよ」


「陛下とあの人、すげー楽しそうに戦っていたんだ。殺し合いじゃなくて力比べしてるみたいに。あの場にいた奴らは見ただろ?あんな戦い方をする人が、ロニーが言うみたいな殺人狂なはずがない」


 そんな事は言われるまでもなかった。

 堂々たる立ち居振る舞い。昨日の騒ぎの際に発した言葉。その全てが騎士としての誇りに満ちている。そんな彼女がいたずらに己の力を誇示し、無駄な殺戮をして喜ぶ殺人狂であるはずがない。ロニーの言葉は言いがかりに過ぎない。なのにシルヴィアは言い訳をしなかった。格が違うのだ。ただ仲間を殺された悔しさと哀しさから、それを認めたくなくて、彼女を非難する事で鬱憤を晴らしていた自分たちとは。分かっている。分かっているのだが……


「‥‥‥‥せめて、もう少し時間が経ってから来れば良かったものを」


 この副団長の言葉が皆の心情を物語っていた。まだ記憶も鮮明なひと月前の事。それほど簡単に割り切れるものではない。

 十五分ほど経ち、シルヴィアは顔からタオルを取ると丁寧にたたみ、腰をかけていた窓べりに置いた。そうして訓練場の中央に進み出て大きく息を吸い、良く通る声で「お願いします」と言った。

 こちらも精神統一をするように目を閉じ腕を組んで立っていたギルベルトは、シルヴィアの声で目を開け、隣で立っているエーレンフリートにひとこと言った。


「行って参ります」


「ああ。楽しんでこい」


 そのエーレンフリートの言葉に送られ、ギルベルトもシルヴィアの前に進み出る。二人が向かい合うと同時に、場内は異様な緊張感に包まれ、百人超もの人がいるとは思えないほど静まり返った。

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