『異変』
ひと騒動起きた晩餐会だったが、ロニーを退席させた事でひとまず落ち着いた。とはいえ貴族と騎士たちは視線も合わせなかったが。
かわりに貴族たちはシルヴィアに好感を抱いたらしく、代わる代わる彼女に声をかけにきた。シルヴィアにはギルベルトとレイナルドが、騎士たちにはエーレンフリートが常に一緒にいた為、その後はもめ事も混乱も起きず、無事に会は終了した。
会場を出た後、ギルベルトは約束通り女性を待たせてある部屋をレイナルドに示し、自らは騒動についてシルヴィアに謝罪しようと思っていたが、彼女の姿が見えなかった為、あちこち探し回る事になる。
その頃、当のシルヴィアは庭にいた。雪の降る中、ドレス姿では少々寒かったが、酒が入って火照った体にはむしろ気持ちがいい。
まだ積もる程ではないにせよ、雪の降る夜は充分にモノトーンの世界と呼べる。そんな景色の中で鮮やかな色を放つ紅い花の咲いている場所へと足を向けた。アルヴァナにはない花が、異国に来た事を実感させる。
(陛下‥‥‥‥)
心細くないと言えば嘘になる。が、ここの騎士たちの反発に関してはシルヴィアも予想していた事で、かけらほどのショックもなかった。軽蔑もしていない。エーレンフリートのような王に仕える騎士のこと、きっと明日からの訓練で分かってもらえると思うから。
「おい。風邪ひくぞ。何やってんだ」
声を掛けられて振り向くと、エーレンフリートが肩にかかる雪を払いながら近付いてきていた。
「エーレンフリート陛下」
「ギルベルトがお前を探していたもんでね。なんとなくここにいる気がして来てみた。その花、よっぽど気に入ったんだな」
「はい。とてもキレイです。雪の中で咲く花は私にとって珍しいので、余計に」
「少し摘んで部屋に持っていくか?」
「お気持ちだけ頂いておきます。摘んでしおれていく様を見るより、ここに咲いているのを見に来る方がいいですから」
「ふ~ん。やっぱお前って女なんだな」
「そうですか?男性でも花を好きな方はいますし、女だからという事はないでしょう」
「いや、そういう事ではなく……まあいいか。それより、もう中に入るぞ。ほら」
まだしゃがんでいたシルヴィアに手を差し出すと、すぐに手を重ねてきた。その手の平の、剣を握る部分はマメだらけで硬くなっている。全体的な感触はとても女らしいとは言えないが、指が細く、手が薄く小さいあたりに性別の違いを感じる。
「‥‥‥‥あっ」
「おっと!」
ずっとしゃがんでいた事と、酒が入っている為、立ち上がると同時に少しよろめいた。とっさに支えたエーレンフリートはシルヴィアを見下ろしてドキッとした。
そもそもが美しい顔立ちに胸元の開いたドレス、細い腰などから、シルヴィアが女性である事を急激に理解してしまったのだ。
「すみません。ありがとうございます」
「え?……あ、ああ。いや‥‥‥‥」
ギルベルトがシルヴィアを「美しい」と言っていた意味が改めてよく分かる。最初の出会いが戦場で、そこでの姿が印象的すぎた為、エーレンフリートなど今日まで女性と認識していなかったくらいなので、ギャップが激しくて戸惑う。
「エーレンフリート陛下?」
シルヴィアに名を呼ばれ、彼女を見つめてしまっていた事に気付いたエーレンフリートは視線をそらした。ここが外で良かった。寒さのお陰で我に返る事が出来た。これが部屋の中だったら、うっかりキスくらいしてしまっていたかもしれない。
「エーレンフリート様!シルヴィア殿!」
ギルベルトの声が聞こえてきたのは、エーレンフリートがシルヴィアの頭と肩に軽く積もった雪を払ってやり、城の中に戻ろうと動き出した時だった。もう少し早ければ先刻の姿を見られていたところだ。
「お二人とも雪の降る中、そのような薄着で外にいては風邪を召されます。何をやっていらしたのですか」
「すみません。少し酔い覚ましに外へ出たついでに花を見ていました。エーレンフリート陛下は、私を探しに来て下さったのです」
「私が止めなければ、勧められるままに酒を飲んでいただろう。無茶をされる」
呆れ顔をしつつも上着を脱いでシルヴィアに掛けてやると、襟元を合わせ、ありがとうございますと笑顔で見上げてきた。その顔を見てギルベルトもドキッとする。戦士としての勇ましい姿。普段の女性としての可憐な姿。どちらが本来の彼女なのだろうかと思う。それほどに今の姿に戦場での姿は重ならない。
「どうかしましたか?」
「あ、ああ。いや。とにかくお二人とも、早く中に入って湯にでも浸かって体を温めて下さい」
「一緒にか?」
「……え?ノイエンドルフでは、男女共に風呂に入るものなのですか?」
大真面目に聞く。そういう反応がくるとは思っていなかったので、エーレンフリートもギルベルトも戸惑う。これで「そうだ」と答えたら、うっかり本当に入りかねない。下手に冗談も言えないなと、二人とも苦笑した。
「あの、もしかして私はからかわれたのですか?」
「すまない。エーレンフリート様はすぐにこういった冗談を言われるのだ」
「俺だけのせいかよ」
「私は一緒にどうぞとは言っておりません」
「きったねぇ」
「エーレンフリート様。お言葉が下品です。女性の前なのですから控えて下さい」
「るっせえ。今さらだろ」
二人のやり取りにシルヴィアがクスッと笑う。まるで自分とレイナルドのやり取りを見ているようだ。
笑われた二人の方はといえば、クリストフとレイナルドがシルヴィアを可愛がる気持ちが、よく分かった気がした。過保護になるのも。ギルベルトは過去の事情から過保護になっているものと理解していたのだが、それだけではないのだなと。普段の彼女は、ただの真面目で純粋で、花を愛する心を持った優しい娘だ。騎士としての彼女を知らなければ、守ってやりたいと思っていたかもしれない。
城の中に戻ると、ビアンカが半泣きの顔で出迎えた。どうしたのかと尋ねると……
「あの……シルヴィア様が騎士団の方々にひどい事をされたと聞いたので……晩餐会が終わってからずっとお姿を探していたのですが、見当たらなくて……もしかすると傷ついて雪の中出て行かれたのかと‥‥‥」
「私を心配してくれたのか?」
コクンと頷く。そうして下を向いたはずみに涙がこぼれた。安心したのか、次から次へと涙が溢れてきて服の袖で拭い始めたもので、シルヴィアがそっとハンカチを差し出した。
「心配をかけてすまなかった。少し酔ったもので、外の空気に当たりに出ていたんだ」
「本当……ですか?」
「ああ。私は何もひどい事をされたとは思っていない。自国でも似たような事があった。少し懐かしかったほどだ。だから大丈夫。だが、ありがとう」
渡されたハンカチで涙を拭くビアンカの頭を、シルヴィアがそっと撫でた。本当にクルクルとイメージが変わる。今度は姉のようだ、などと感心している場合ではない。非常に微笑ましい光景だが、冷えた体を温めないと本当に風邪を引いてしまうかもしれない。ギルベルトはシルヴィアとビアンカの肩にポンと手を乗せ
「ビアンカ。お二人に温かい飲み物を用意して差し上げてくれるか?」
と言った。
ビアンカは「はい!」と笑顔で返事をしたが、シルヴィアは肩に手を置かれた瞬間、本当に一瞬だけビクッと体を硬直させた。そのあまりに過敏な反応に驚き、思わず手を離して彼女を見下ろすと、顔を強張らせていた。
「‥‥‥‥失礼」
「いいえ。こちらこそ失礼しました」
つい先刻の動揺などなかったかのように、微笑んで頭を下げる。
ビアンカはシルヴィアの異変に気付かなかったが、二人の様子に何かがあったのだと察し、それを寒さの為に震えているのだと判断した。
「大変!すぐにお茶を用意します!どちらへお持ちすればいいですか?」
ビアンカに聞かれ、シルヴィアの様子は気になったが、とりあえずギルベルトの私室に運ぶように告げた。
その後、遠慮するビアンカも交えて四人でお茶を飲んだ。前にも男ばかりの中でシルヴィア一人が女性という形で話したが、前のようにクリストフが一緒にいるわけではないので、同じ女性であるビアンカが傍にいた方が、いくらか安心出来るだろうと思った為だ。それ程に、先刻のシルヴィアは過剰な反応を示していた。
談笑している間、シルヴィアは変わった様子もなく笑顔で話していたし、無理をしている風にも見えなかった。先刻のあれは勘違いだったのかと思うほど。しかし女性二人が退室した後、部屋に残ったエーレンフリートがこんな事を言ってきた。
「あいつ、お前に服を掛けてもらったり、俺が雪を払ってやっても何ともない風だったのに、さっきのあれは何だったんだ?」
「私は触れてはいけない場所に触れた覚えはありませんが」
「そんな事は分かってる。ただ騎士団の団長なんかやっていて、普段から男と接する機会も多いのに、肩に手を置かれたくらいであれほど驚くのが解せないって思ってな。処女だからか?にしてもな」
「女性の性経験など詮索するものではありません」
「別に興味本位で言ってるわけじゃないぜ。ただ気になったんだ。あいつが不意に体に触れられるのを極度に恐れる性質とかなら、明日からの訓練でもし誰かに知られたら、そういう部分に付け込んで嫌がらせをする奴が出ないとも限らないと思ってな」
「では、やはり訓練は別にした方がよいのではありませんか。そもそも何故、一緒に行う事にしたのですか?」
「あいつがそう願ったように思えたからだ。元々があいつ、実力で騎士団長の座を勝ち取った奴だろ。うちの騎士団に対しても力を示したいんじゃないかとね。力でねじ伏せるんじゃなく、認めてもらうために」
「なるほど」
エーレンフリートの言葉は説得力があったし、あの時のシルヴィアの嬉しそうな顔をみると、恐らくその見解は正しいのだろうと思う。国交を結ぶ事を思えば、騎士団の合同訓練など行う可能性も、この先あるかもしれない。その為にはアルヴァナの騎士団とノイエンドルフの騎士団の間に遺恨があってはならない。シルヴィアは両国の、そして両騎士団の橋渡し的な役割を一身に背負っているのだと思えば、明日からの訓練は重要な意味を持ってくるのは事実だ。
が、何といっても彼女はまだ年若い女性。異国でたった一人、多くの者たちの憎しみと向き合うのは辛いはずだ。しかも気配に敏感でろくに寝られないとしたら、三ヶ月の間に心身共にボロボロになってしまう。それが分かっていたからレイナルドもギルベルトに彼女の事情を話してくれたのだろうが。
(肩に手を掛けただけで硬直されるようでは、先は長いな)
今の段階で出来るのは、せいぜい部下たちが下らぬ行動を起こさぬよう見張るくらい。または実技の訓練を短くし、戦略・戦術論について教える時間を長くするか。
ギルベルトも、そしてエーレンフリートも、差別しているつもりはなかったものの、『シルヴィアは女だから』との意識に捉われていた。しかしその認識は間違いであったとすぐに知る。レイナルドの「うちの団長をナメるな」の言葉の意味も、単なる彼女可愛さゆえの過信でも、ノイエンドルフの騎士を甘く見ていた為でもなく、紛う方なき事実を語ったのだという事も。




