『晩餐会』2
衝撃で剣を落とし、ロニーは腹部を抱えてうずくまる。その隙にシルヴィアが剣を取り上げ、ギルベルトのいる方へ向かって差し出した。
「ファルケンマイヤー伯」
名を呼ばれ、ギルベルトはようやくシルヴィア達の元へ行けた。同時にエーレンフリートとレイナルドも動き出す。
ギルベルトは剣を受け取ると、うずくまるロニーに突きつけた。
「丸腰の相手に、ましてや陛下の客人に斬りかかるなど、騎士の名折れだ。覚悟は出来ているな?」
「‥‥‥俺は‥‥‥間違った事を‥‥‥‥しちゃ‥‥‥‥いません」
「まだ言うか」
「ファルケンマイヤー伯爵!」
ロニーに向け剣を振り下ろそうとするギルベルトの手を、シルヴィアが止めた。細い腕に似合わぬ、恐ろしい力で。
「止められるな。これは我が騎士団の名誉の問題ゆえ」
「エーレンフリート陛下が設けられた宴席を血で穢すのも問題でしょう。受けて立った私にも責任はあります。ここは私に任せて頂けませんか?」
「ああ、いいぜ。お前に任せた」
「陛下!」
「ギルベルト。お前らしくもない。まずは落ち着けよ」
エーレンフリートに言われ、ギルベルトは大きく息を吐き出し、一礼した。それを見届けてからシルヴィアはロニーに視線を戻す。
「貴殿が言われた事は正しい。私は血にまみれた殺人狂なのだろう。いずれ天の裁きが下るとしても、言い訳をするつもりなどない。だが、この命を貴殿に委ねるわけにはいかない。何故なら私の命は我が王、そして民に捧げるものだからだ。王の許しなく死ぬ事は、私の騎士としての矜持にかけて出来ない」
「…キレイ‥‥‥‥ごとを‥‥‥‥」
「綺麗事だと申されるなら、それでもいい。ただ一つ貴殿に問いたい。このような場で剣を抜き、挙句、罪のない列席者が怪我を負う事にでもなれば、どうするつもりだったのだ?」
「知る……か。俺達……騎士に守られて‥‥‥‥自分たちは安全な場所で‥‥‥パーティーなどに……うつつを抜かして……いる連中など‥‥‥‥」
この発言に、周囲にいた貴族たちが騒ついた。騎士の方はといえば、その通りだとばかりに頷いている。その様子を横目で見やり、シルヴィアは紅い眼に怒気をはらませた。
「貴殿は誰かに強制されて騎士になったのか?違うなら、平和な催しを開ける場所を守っている事を誇りに思えど、押しつけがましく、さも感謝しろと言わんばかりの事を言うな。私に怒りをぶつけたければ、いくらでもぶつければいい。が、自らが守るべき人達を貶めるような事は、エーレンフリート陛下とファルケンマイヤー伯が築かれた騎士団の誇りを傷つけるも同然と知れ。それが出来ないのであれば、騎士などやめてしまえ!」
シルヴィアの怒声が会場に響き渡る。紅い瞳が、まるでロニーを焼き尽くそうとしているように見えて、騎士たちは戦慄を覚えた。
残念ながら覚悟が違うと、エーレンフリートとギルベルトは思った。そして騎士としての誇り高さがとても美しいと。彼女の美しさは外見のみにあらず。いかなる場合も揺るがない心が、クリストフに対する忠誠心、民を守る決意の強さが、その全てを込められたような紅の瞳が、鮮烈な印象を与える。
戦うべき人ではない。なのに戦う姿が美しい。それはとても哀しい事だとギルベルトは思った。
(彼女はここで私から学ぶと言ったが、学ぶのは我々の方かもしれないな)
内乱があり、騎士仲間同士で戦って失くしたものは多く、それ故に先のような発言が出たのだろう。それは心情として理解できないでもないが、口に出して言う事ではない。内乱を越えて強くなるならともかく、慢心してどうするのか。シルヴィアを見ていると余計にそう思う。
ロニーはシルヴィアに叱咤された事が腹立たしいらしく、「なんでお前などに説教されなくてはならない」とでも言いたげな表情で彼女を見上げている。貴族たちも先のロニーの発言に不満を抱き、騒ついたままだ。
このままでは埒があかないと、ギルベルトが騎士達に退席を命じようとした、その機先を制して、シルヴィアが訓練用の剣をレイナルドに手渡してから皆の方を向いて深々と頭を下げた。
「私が来た事により不快な思いをされている方々には申し訳ないと思っています。結果、この場の騒ぎを招いて列席の方々にもご迷惑をかけてしまいました。エーレンフリート陛下にも。申し訳ございません」
「いや。ケガ人が出なくて何よりだ」
シルヴィアの方を見て軽く笑う。その時見た彼女が何か言いたげに見えて、それを何となく察したエーレンフリートはこんな事を言い出した。
「いい機会だからこの際言っておく。皆、聞け。俺は先の内乱で父の考えに反対した連中を殺した。他所の国の事情に振り回されるのが嫌だったからだ。マドラル戦でのアルヴァナの立場みたいにな。けど、それに固執したばかりに、閉鎖的になってしまったのは否めない。俺達王族のせいだ。だから今回アルヴァナの国王に、不可侵条約を結ぶことで国交を樹立してみないかと誘いを受けた時、乗ってみようと思った。実際に話したが、向こうの国王も領土拡大は狙ってないようだし、条約の項目を見てもお互いの国に過干渉はしないとあった。有効期限は俺かアルヴァナ国王のどちらかが死ぬまで。こいつ(シルヴィア)は、うちの城に正式に迎え入れた客人としては、ほぼ百年ぶりの人間になる。小規模ではあっても久々に国交を結んだ国の、大事な客人だ。その客人を歓迎する席で不祥事を起こしたんだ。ロニー、分かっているよな?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい」
ロニーは深く頭を垂れた。内心不満はあっても、敬愛する国王に逆らえるはずもない。黙って処分を告げる言葉を待つしかなかった。
それに対し、シルヴィアは再び何か言いたげな顔をしたが、他国の王が決めた処分内容に口を出すわけにもいかず、息をのんで見守った。
「ロニー。三日間は自室で謹慎しろ。その後、訓練場のトイレ掃除一カ月」
「‥‥‥‥は?」
「返事!」
「は、はい!分かりました!申し訳ございませんでした!」
思いのほか軽すぎる処分にロニー本人と騎士団の面々はホッとし、ギルベルトは呆れ、貴族たちは少し不満そうだ。しかし国王の言葉は絶対だ。その場にいたノイエンドルフの人間は全員頭を下げた。
が、エーレンフリートの話はまだ続いていた。
「それと明日からの訓練、当初の予定ではギルベルトは三月指導員から離れる予定だったが、実技においては客人と共に訓練場で行う事とする。内容はギルベルトに任せる。反論は許さん」
これにはギルベルト、他の騎士たち共に驚いて絶句した。騎士たちの反発は目に見えているのに、あえてシルヴィアと一緒に訓練させるという。彼女の姿勢を見させて根性を叩き直そうとの意図は分かるが、シルヴィアに精神的負担をかけてしまう事にはならないか?そう思ってギルベルトが視線を送ると、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。




