3
一階にある管理人の住居に向かった。ドアの前にはパジャマ姿の中年の女性が立っていた。たぶん、この人の奥さんだろう。
「また人殺しだって?」オレの顔を見るなり、うんざりした声で聞いてきた。事情をかいつまんで話した。
「コンビニに行ってくるって言ったわりには帰ってくるのが遅いから、外に出てみたらパトカーや救急車があるから、また事件だとは思ったわよ。それもまた204号室なんでしょう。ほんとに呪われてるね、あそこは」
管理人の奥さんの話を適当に受け流しながら部屋に入る。暖房が効いていたせいか部屋に入って横になると、急に眠気が襲ってきた。とりあえず今は眠ることにした。
何時間くらい眠っただろうか、目が覚めて時計を見ると、すでに昼近かった。管理人の奥さんが作ってくれた食事をして、自分の遺体が安置されている病院に行くことにした。とくにこれといった目的があったわけじゃないけど、もう一度、自分の遺体を見ておきたかった。
アパートで管理人のものと思われる自転車に乗る。繁華街を抜けて十五分ほど走ったところに病院があった。周囲には畑が広がる、のどかな地域だ。受付で来意を告げると、家族の方でないからと断られたが、アパートの管理人だと言うと、しぶしぶながら許可してくれた。
病院の職員に先導されて廊下を奥まで進む。突き当たりにあるエレベーターに乗って地下二階に降りる。地下の廊下は白い壁が剥がれていて肌寒く、なんだか薄気味悪かった。霊安室と書かれたドアの前に止まる。病院職員が鍵を開けて中に入る。オレもあとに続く。
部屋に入ると線香の匂いがしているのに気づいた。室内は殺風景で、棺のようなものがいくつかストレッチャーに乗せられていた。職員はそのうちの一基に近づいていく。
再び自分の遺体と対面した。眺めていると、様々な感情が湧いてきた。悲しいような情けないような、そして悔しい気持ち。いったい誰がオレを殺したのか。オレはある可能性について考えていた。その考えは精神にダメージを与えるものだったため、今まで抑圧していたのだ。遺体を見たことで、その考えがオレを支配した。
オレはあいみに殺されたのではないか?
死んだからなのか、記憶が一部あいまいになっているが、きのう、あいみが部屋に遊びに来たことは覚えている。ささいなことがきっかけで喧嘩をした。喧嘩をするのはしょっちゅうだったが、きのうのあいみの怒りっぷりは半端じゃなかった。あいみは部屋を飛び出していった。そこまでは覚えている。次に覚えているのは幽霊になって床に倒れている自分を見たときだ。あのとき部屋には誰もいなかった。オレが管理人に憑依して外から部屋に入ろうとしたら、ドアには鍵がかかっていた。鍵はテーブルの小物入れに入っていたはずだ。オレはきのう、あいみに合鍵を渡した。合鍵はあいみにしか渡していない。管理人の話では、オレが入居する際、ドアの鍵は新しくしたそうだ。だから鍵を開けられるのはあいみだけしか…。
「あの、もう時間ですのでよろしいでしょうか」
背後から病院職員の声がして、思考が中断された。
「もういいです」
病院を出るまで、霊安室で浮かんだ考えが頭を離れなかった。外に出てまばゆい日の光に照らされたとき、そうだ、オレを殺した犯人を探そうと決意した。単純に犯人を知りたいという気持ちもあるが、犯人があいみではないと証明したかった。
まずどうしたらいいのか?いったん、アパートに帰るか。オレが駐輪場に向かっていると、急に視界がぼやけてきて気が遠くなるような感じがした。
意識がはっきりしてくると、オレは見たこともないショップの中にいた。正面には、アニメに出てくるようなフィギュアが所狭しと並べられている。店員はオレの姿を見るなり、
「新しいのが入荷しました、おすすめです」と言って、レジカウンター横にあるフィギュアを指さす。それは等身大の女性の人形で、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい露出の多い、水着とも下着ともいえないものを着ていた。そのフィギュアを見たとき、どこかで見たことがあるような気がした。近づいてポップを読んでみると、『人工知能搭載のアンドロイドタイプ!』と書いてあった。オレがそのフィギュアに夢中になっていると、入口から客が一人入ってきた。その客はまっすぐにオレの隣りに来ると、そのフィギュアを一瞥してレジに向かった。
「すいません、予約していた…」
視界が歪み、目の前が暗くなった。再び明るくなったかと思うと、そこは病院の駐輪場だった。オレは頭を振り、目をこする。さっきの病院だ、間違いない。今のショップの映像は何だったのだろう。オレの記憶にはない。そういえば、この管理人に憑依したときも結婚式の映像が浮かんだ。あれは管理人の記憶なのか。憑依すると、その人の記憶の一部がオレの中に入ってくるのかもしれない。オレは病院のガラスに映る自分の姿を眺めた。そこには管理人の姿があった。他の人に憑依したというわけではなさそうだ。オレの記憶が混乱してるのだろうか。
憑依といえば、この管理人のおっさんから離脱するにはどうしたらいいのだろう。目が覚めてから何度か離脱しようと頑張ってみたが、どうしてもできなかった。自分の事件を調べるには小暮という刑事に憑依したいのだが、そのためにはまず、この人から離脱しないといけない。オレはいったん、この管理人の家に帰ることにした。何か調べるものがあるかもしれない。