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 意識がはっきりしてくると、視界には、さっきまでとは違った光景が映った。どこか屋内で、綺麗に正装した男女の姿が見える。正面にはウェディングドレス姿の女性がマイクを持って立っている。どこかの結婚式のようだ。

「それでは続いて新婦のルナさんから、ご家族に向けてご挨拶があります」

「お父さん、お母さん、今まで私を育ててくれてありがとう。今日から私は大洋さんと幸せな家庭を築いていきます…」


 急に視界がぼやけてくる。目をぱちぱちさせていると、再びアパートの廊下が網膜に映る。景色が霞んでいるので目をこする。目をこする?あれ?オレって幽霊じゃなかったっけ。目をこすれるっておかしくないか。視線を下に向けてみる。体があるぞ。でもへんだ。オレの体じゃない。もしかして?周りを見渡すが、管理人のおっさんはどこにもいない。オレは小走りに自分の部屋のドアに向かう。

 ドアノブに手をかけて回すがドアは開かない。当然だ。鍵がかかっているんだから。今、走って来たとき、コートのポケットからジャラジャラという音がした。手を入れてみると、金属的な感触があった。取り出してみると、鍵束だった。204号室の鍵を探して鍵穴に差し込む。カチャリと音がした。ドアを開けて中に入り、玄関に置いてある鏡の前に立つ。

 あー。そこには今、廊下で会った管理人の姿があった。やっぱりオレはこのおっさんに憑依しちまったらしい。あの結婚式場の映像は、この管理人の記憶なのだろうか。少なくともオレの記憶じゃない。それよりも早く警察と救急車を呼ばなくちゃ。

 部屋に入ってテーブルに置いてあるスマホを手に取る。110番と119番に電話する。

 先に来たのは警察だった。たぶん、近所の交番から駆けつけて来たのだろう。二十代後半くらいの長身で細身の警察官で、部屋の状況を確認するなり応援を呼んだ。その十分後に救急車が到着してアパートの前に止まった。続いてパトカーが到着する。辺りは物々しい雰囲気になってしまった。深夜だというのに、アパートの前には野次馬たちが集まってきていた。

 パトカーから警察官が降りてきた。年齢は四十代、小柄でぽっちゃりとした体格をしていて、その歩き方にはどことなく愛嬌を感じさせるが、眼差しは鋭く、神経質そうに周囲に視線を向けている。その警察官が204号室に入ってきて、

「音無!」と叫ぶ。

 交番から来た警察官が返事する。パトカーから降りてきた刑事らしい男は、オレの姿を見ると一礼してから、床に横たわっているオレの死体に視線を移す。

「どういう状況だ?」

 音無が状況を説明する。

「そうか、じゃあ鑑識を入れるか」と言って、隣りにいた部下に指示を出す。もう一度、死体をちらと眺めてからオレの方に向き直る。

「ええと、あなたが第一発見者の剛力さんですね。わたくし県警の小暮と言います」警察手帳を出してオレに見せる。

「は、はい」第一発見者と言われて戸惑ったが、間違ってはいない。

「二、三お聞きしたいことがあるんですが、ここじゃなんですから車の中で」

 小暮警部はオレを手招きして廊下に向かう。階段を降りながら、この管理人が疑われないように気をつけて話さなくちゃと思った。

 パトカーには他に二人、警察官が乗っていた。彼らは証言を記録するためにパソコンを開いている。

「では剛力さん、死体を発見した経緯について話していただけますか」

 オレは心の中で、自分の身に起きたことを話しても信じてくれないだろうと思った。他人の身体に憑依したなど誰も信じるはずがない。この管理人にとって不自然にならないようにしないといけない。

「わたしはここの管理人なんですが、今から一時間くらい前だったと思います。わたしがアパートの見回りで廊下を歩いていると、204号室から変な物音がしたんです。それに続いて男性の悲鳴が聞こえました。びっくりして、その場に立ち止まって聞き耳を立てたんですけど、それ以外に音はしませんでした。いちおう確認しておこうと思ってドアをノックしたんですが反応がありませんでした。部屋の住人が大きな音で映画でも観ているのかもしれないと思って、その時は見回りを続けました。一通り見て回ってから、一階の自分の部屋に戻って玄関で靴を脱いでいると、どこかのドアが勢いよく開いて閉じる音、それから階段を駆け下りる音がしました。わたしはさっきの204号室を思い出しました。もしかしたら、あそこから誰かが出ていったのかもしれない。靴を履きなおして表に出てみましたが、誰もいません。すぐに鍵束を手にして急いで204号室に向かいました。ノックしても応答がないので、やむを得ず鍵を開けて中に入りました。入ってすぐに床に人が倒れているのを見つけたんです」もちろんこれはすべて嘘だ。

 小暮警部はオレの話を頭の中で吟味しているようだ。やがて、

「アパートの見回りっていうのは、いつもこんな夜中にしているんですか?」

「え?はい、そうです。刑事さんはご存じかどうか分かりませんが、うちのアパートはちょっとしたことで有名なんです。わたしが言うのもおかしな話なんですが、ここはいわゆる事故物件なんです。マスコミなんかでも取り上げられて、全国からへんな連中が面白半分に入居したがるんです。204号室の方もそういう人だったと思います。たまにそういう入居者がトラブルを起こしますんで、昼夜二回、見回りをしてるんです」こんな答えで納得してくれるだろうか。

「ふーん、事故物件ねえ。幽霊とか出たりするんですか?」

「わたしは見たことないですけど、家内は何度か見てますよ」幽霊に対してする質問かよ。

「わたしそういうの苦手なんですよ。ホラー映画とかゲームなんかやると、トイレにもいけなくなっちゃいましてね。それはそうと、剛力さんが物音を聞いたのは今から一時間前ということですと、きのうの十一時半くらいですか」

「だいたいそのくらいです」

「どういう物音だったか、もう少し詳しく分かりませんか?」

 詳しくって言っても、実際に聞いてないからなあ。とりあえず、

「何かが倒れるような音でしょうかね」

「その後に悲鳴がしたんですね。その声は間違いなく男性の声でしたか?」

「はい」

「見回りしている時、誰かに会ったり、不審な人物を見かけたりしませんでしたか?」

「誰にも会いませんでした」

「部屋に入って、他になにか気づいたことはありませんか?」

「そういえば、窓際の椅子に人形が置いてあるのに気づきました。部屋に入ったときには、人がいるのかと思いました」

「ああ、あの人形、ラブドールってやつですね。よく出来てますもんね。被害者はあんなので自分を慰めてたんでしょうね」

 その後は世間話めいてきた。約三十分ほどで聞き込みから解放された。

 アパートの前に立って、さてどうしようかと考えた。このまま自分の遺体が運ばれた病院に行きたかったが、アパートの管理人なのにそこまで熱心になるのも、へんな疑いを持たれるかもしれない。この人のためにも今はやめておこう。

 さっき思いついたんだけど、他の人にも憑依できるんだろうか。実は何回か、このおっさんから離脱しようとしてるんだが、上手くいかない。なにかコツがあるんだろうか。憑依するときはあんなに簡単だったのに。なにかで調べることはできないかな。この人の家にパソコンとかスマホがあるだろう。とりあえず家に行ってみるか。


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